第ニ話 No Safe Zone
「なんか用か? わりぃがアタシらはビアンだから男とはやらねぇし、一緒に行動もしねぇぞ。どう見てもサバイバルする格好じゃねぇあんたらは、お荷物にしかならなそうだ」
銃を手に入れ、支度を終えた棗はバックパックを背負い直して立ち上がった。その手には、二万七千円のポンプアクション・ショットガンが冷たい金属の光を放っている。
「さっきから言いたい放題だな……!」 男の一人が声を荒らげるが、棗は鼻で笑った。
「テキサスじゃこのくらいハッキリ言うのが普通だぜ。……まぁなんだ、アタシの目が節穴だってんなら笑ってろ。だが、テントもシュラフもねぇあんたらが、モンスターの居る森でどうやって夜を越すつもりだ? 協力ってのは、互いに補い合えるから成り立つんだ。装備もねぇ、技術もねぇ、あるのは性欲だけ。そんな奴らに補ってもらうもんなんざ、こっちにゃ一つもねぇよ」
棗の言葉は刃物のように鋭く、群衆のプライドを切り裂く。 棗たちとの距離はおおよそ五メートル。飛びかかれば届く距離だが、銃を手にした女の瞳に微塵の迷いもないことを察してか、男たちは金縛りにあったように動けない。
「なっちゃん、そろそろ……。この人たち、なっちゃんが本気で撃ちそうだってことに、まだ気づいてないみたいだし」
華音が呆れたように言いながら、ホルスターからXDを抜き放った。 胸元に銃を引き寄せ、肘を張る――近接戦闘術、C.A.R.(セントラル・アクシス・リロック)スタンス。 映画のワンシーンのようなその構えは、彼女が単なる「お嬢様」ではないことを雄弁に物語っていた。
「なっちゃん、私がこの人たちを警戒しておくから進もう」
湖の外周を移動するには、キャンパーたちに背を向けて歩かなければならない。棗は注意深く指示を飛ばした。
「だな。あんたら、アタシらと同じ方向に進むなら二〇メートルは距離を開けろ。近寄りすぎたら容赦なく撃つ。参考までに言うが、ハンドガンの有効射程は五〇メートル。届くだけなら百メートルだって飛ぶ。近距離用と言われるショットガンでも、五〇メートル先を仕留めるのは余裕だ。死にたくねぇならアタシらに構うな。マコは湖側、アタシは森側を警戒する。華音、お前は後方のキャンパーどもだ。ソイツらも異能を貰ってるはずだ。怪しい動きをしたら警告なしで撃て」
「了解。……そういうわけだから、撃たれたくなかったら変な真似しないでね? すでに警告はしたから。撃たれても文句は無しだよ」
三人はいずれも七十五リットルの大型バックパックを背負い、足元はミリタリーグレードのタクティカルブーツ。機能性に富んだタクティカルパンツとジャケット、射撃用のグローブ。 特に棗の装備は凄まじく、ベルトのポーチにはメディカルキットやフラッシュライト、さらには熊よけスプレーまで完備されている。ブッシュクラフト(本格野営)を目的としていた彼女たちの装備は、この異世界において唯一無二の生命線だった。
華音が後方を警戒しながら一時間ほど歩き、一般人グループを十分な距離に引き離したところで、一行は一度休憩を取ることにした。
「華音、一度荷物を整理しようぜ。すぐに使わねぇシュラフとかは、お前の『セーフハウス』に放り込んでおけ」
「そうだね。私のとマコちゃんのバッグは、シュラフや調理器具、食料がメインだもんね」
「ああ。アタシらが周囲を警戒しとく。華音は扉を呼び出して、荷物を仕分けてからしまってこい。マコ、お前は水とカロリーバーだけは手元に残しておけよ」
棗はショットガンを肩に担ぎ、キャンパーたちが来る方向を睨みながら岩に腰掛けた。
華音が扉を出現させ、自分とマコのバックパックを抱えて中へと消えていく。
扉の先は、現代日本のワンルームだった。玄関で靴を脱いだ華音は、胸ポケットからタクティカルライトを抜き、暗闇を照らす。バスルームとトイレの中まで念入りに確認した。
「やっぱトイレットペーパーとかは無いよねぇ」
台所を抜け、部屋の中央でLEDランタンを灯す。ジッパーを開け、当面の探索に不要な道具類をテキパキと並べていく。
(……異世界か。なっちゃんには悪いけど、私は歓迎かな)
華音は、巨大な「久瀬グループ」会長の孫娘として、窮屈な人生を送ってきた。棗との関係は親族に忌み嫌われ、溺愛してくる祖父からは、棗を社会的に、あるいは物理的に排除しようとする動きを何度も感じ取っていた。 財力と権力が法を歪める世界。それを知っているからこそ、華音は棗を選んだ。 棗は口が悪く、モラルも欠如している。だが、表向きは善人を装いながら裏でゲロ以下の行為を働く親族に比べれば、欲望を隠さない棗の方がよほど清潔に思えた。
何より、棗は自分たちに対してだけは嘘をつかないし、本気で守ろうとしてくれる。 ……まあ、三人揃って度し難い「性欲の塊」であることは否定できないのだが。
(さしあたって、ここなら誰の目も気にせず、なっちゃんたちといられるんだし)
華音は満足げに、空になったバックパックを手に取った。 玄関の棚にランタンを置き、再び異世界の森へと繋がる扉を開けて戻っていった。




