第十八話 BLACK HAWK DOWN
グレッグたちが駆け出していくのを眺めていた棗は、椅子から立ち上がるとシガリロを咥えたまま大きく身体を伸ばし、骨をバキバキと鳴らした。
「さてと。滞在の許可も貰えたことだし、どこかに野営地でも作らせてもらうとすっかねぇ」
集会場を後にし周囲を見渡すと、森に近い外縁部で土煙が上がっているのが見えた。
棗の視力は一・八。アフリカの狩猟民族のような超人的な眼え持っているわけではないが、乱戦が始まっていることくらいは判別できる。
「ん? 意外に地味だな。もっとこう、魔法の爆発とか落雷がドカドカ落ちるのかと思ってたんだが。……暇だし、ちょっと見に行ってみようぜ」
「は? 危なくない?」
「そんな近くまでは寄らねぇよ。怖けりゃ汐路はここで待ってな」
「……一人で残される方が怖いわよ。ついていくわよ」
ゾロゾロと移動を始めた一行に、不安げな顔をした農民姿の開拓民が声をかけてきた。
「あんたたち、あっちにはオークがいるんだぞ! 危険だ、グレッグさんたちの邪魔をしちゃいけない!」
「見てぇだな。だが、どうも苦戦してるっぽいわ。こりゃ手を貸してやった方がいいんじゃねぇか? さっき着いたばかりで愛着もクソもねぇが、アタシらの拠点を構えるにゃ最適な場所だからな。……華音、マコ。手を貸しに行くぞ」
「あんたたち、新規の護衛かい!?」
「いんや、ただの通りすがりの旅人だよ」
棗が駆け出し、華音とマコがそれに続く。
村の防衛線では、グレッグが幅広の両手剣を構え、目の前の巨体を牽制していた。
現在、この村で戦えるのはグレッグのチーム五名と、駆け出しの冒険者が三名。治安維持の兵士が十名ほど。だが兵士は大半が避難誘導や労役者の収監に当たっており、前線でモンスターと対峙できているのは極少数だった。
さらに運の悪いことに、戦術魔法の使い手はたったの一人しかいない。
この世界の魔法は、ひどく不安定で時間のかかる技術だ。
ゲームのように技名を叫べば即座に発動するような代物ではない。精神を統一し、内省へと深く潜り、複雑な術式を構築してようやく発現するシステマチックなもの。戦闘という極限の興奮状態でそれを行える魔導師は、極めて稀な存在なのだ。
そして、今村を襲っているオークは、決して雑魚ではない。
三メートル近い巨体に、鋼のような筋肉。鋭い爪を失った代わりに「物を掴む指」を手に入れたヒグマ――そう表現するのが正しい。彼らが振るう粗末な棍棒は、金属鎧の上からでも人間を容易に再起不能へ追い込む破壊力を持っていた。
そんな強敵が五体。さらに共生関係にあるゴブリンとホブゴブリンの群れが混ざっている。
防衛陣地がじりじりと下げられる中、斥候のラスティが短弓で援護し、この村唯一のマギであるミアが片膝を突き、大地から鋭い土塊の槍を生やしてオークの足を止めていた。
「よぉ。なんだか苦戦してんじゃねぇか。手を貸してやろうか?」
軽薄な声が響き、グレッグは驚愕したが、戦闘中ゆえに振り向くという初歩的なミスは犯さなかった。
「……何しに来た! オークが五匹もいるんだぞ、死にたいのか!」
「いや、オークって言われてもピンとこねぇんだわ。アタシの国にはいねぇからな。……ま、そのデカブツならたぶん楽勝だ。華音、少々めんどくせぇことになるかもしれねぇが、ここが壊滅されるのも困る。大事な情報源だからな。メインウェポンを出すぞ。九ミリは使うな」
棗は「一目で武器とわかる大きさの銃」のみを公開し、隠しやすいハンドガンを温存することに決めた。
「了解!」
華音が即座に「扉」を出現させる。ドアを開けて中に飛び込んだ彼女は、傘立てにあった棗のショットガンを掴んで放り投げ、マコのAXEと、自身のライフルを手に外へ戻った。
「はい、なっちゃん! マコちゃんも!」
「あ、ありがとう……!」
棗はショットガンをキャッチすると、慣れた手つきでアクションを操作し、初弾をチャンバーへ送り込んだ。
「華音、あのデカブツを狙え。ヒグマサイズなら5,56ミリでもなんとかなるはずだが、予備マガジンがねぇ。一マガジン分撃ち尽くしたらアタシと交代だ。マコはあのチビどもを掃除しろ。.410のバードショットでも十分だ。シェルを全部使い切るつもりでぶっ放せ!」
華音は即座にタクティカルスリングの長さを調整し、銃を引き寄せるとグレッグたちに鋭く叫んだ。
「後退してください! 私たちが引き受けます!」
コッキングレバーを引き、初弾を装填。セレクターを「セーフ」から「セミ」へと弾く。華音はオークの太い胸板に狙いを定め、吸い付くような動作で五連射を叩き込んだ。
55グレインのフルメタル・ジャケット弾が、1290ジュールを超えるエネルギーを伴って肉体に吸い込まれていく。
だが、人間より遥かに分厚い筋肉と重厚な胸骨を持つオークに対し、対人用の小口径弾は決定力に欠けた。体内に潜り込んだ弾頭は「タンブリング(横回転)」を起こして内臓をかき回すが、その多くは強固な骨格に阻まれる。
「やばっ……五発じゃ止まらない!? なっちゃん、やっぱり.308(7.62ミリ)とかの狩猟用ライフルじゃないとキツいよ!」
華音は毒づきながらも、狙いを胸部から頭部へと切り替えた。さらに三発。 本来、厚い頭蓋骨は弾丸を跳ね返しやすいため、軍隊や狩猟では確実に心臓を狙う「ハートショット」が鉄則だ。だが、音速を超えて飛来する金属塊の衝撃は、たとえ貫通せずとも脳を揺らし、頚椎を砕く。
運良く眼窩から滑り込んだ一発が、オークの頭蓋内で跳ね、脳幹をズタズタに破壊した。三メートルの巨体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「華音、気にせず撃ちまくれ! 最悪アタシが10ミリを出す!」
直後、アメリカ人なら誰もが背筋を震わせるような、「ガシャン」というショットガンのポンプアクション音が響いた。棗の放つ一二ゲージのスラグ弾がホブゴブリンの胸部を粉砕し、マコも.410の散弾をバラ撒いてゴブリンの群れを文字通り「掃除」していく。
「ああもう、次はお金貯めて絶対7.62ミリのライフル買うんだから!」
華音は二匹目のオークに銃口を向け、残りの弾丸を腹部、胸部、そして頭部へと容赦なく叩き込んだ。十五発もの連続射撃により銃身は熱を持ち、周囲には濃厚な硝煙が立ち込める。
ドサリ、と二匹目が沈む。残弾は七発。 下手に撃ち込んでヘイトを買うよりは補充が先だと判断し、華音は叫んだ。
「なっちゃん、弾切れ!」
「了解!」
棗は内心、オークの生命力を甘く見ていたことを後悔していた。
彼女は切り札を抜く。一〇ミリ・オート弾――別名「ベア・キラー」を使用するロックアイランド・アーモリーTAC ULTRAをホルスターから引き抜いた。
拳銃弾としては最大級のエネルギーを持つが、それでもライフル弾には及ばない。だが、ここは異世界だ。動物愛護団体もクソもない。棗は三匹目のオークの胸板へ、マガジン内の全弾を一気に叩き込んだ。
棗はすかさず肩に提げていたショットガンに持ち替えた。 膝を突き、悶絶するオークの頭部へ向けスラグ弾をぶち込む。
「……ふぅ。やっぱスラグはジャスティスだな」
ショットガンのチューブマガジンも空になった。だが、棗は無類の散弾銃好きだ。リロードの速さには絶対の自信がある。 彼女はショットガンを裏返しに保持すると、ベルトのシェルポーチから四本の弾薬を指の間に挟んで一気に掴み取った。流れるような動作でチューブへ弾を滑り込ませる。コンバット・リロード。わずか一秒足らずの早業だった。
Black Hawk Down 言わずと知れた名作映画のタイトルです。
モガディシュの戦いのことですね。




