第十七話 Assume Hostile
17話 Assume Hostile
開拓村の外周を歩きながら、グレッグは開拓民に声をかけて回っていた。
数日に一度、ひどい時には一日に何度も、ゴブリンの襲撃があるからだ。
相棒を務める若いラスティは孤児で、グレッグが不憫に思って手ほどきをしたところ、ずいぶんと彼に懐き、身軽な斥候として、見回りや索敵をうまくこなしている。
「グレッグ。あれ、見て」
「ん? なんだ、ゴブリンか?」
グレッグは背負った幅広の両手剣に手を伸ばしかけたが、ラスティが指さした先にいたのは、奇妙な格好をした四人組だった。
先頭を歩く女は、ラスティのようにポーチがいくつもついたベルトや胴当てのようなものを身につけている。残りの三人は、ごく一般的な町民のようにも見えるが、どこか見慣れない異質な装いだ。中には、上着がボロボロに裂けた、ひどく疲弊した様子の娘も混ざっている。
「止まれ。……開拓村に何の用だ? ギルドが寄越した追加の護衛か?」
グレッグが声をかけると四人組は足を止め、先頭の女が両手を挙げて近づいてきた。
「開拓村? ここは今、開拓中なのか。……アタシらはここから二日ほど歩いた場所に拉致されて放り出されたもんで、ここがどこなのかさっぱり知らねぇんだ。着の身着のままで金もねぇ。多少の荷物は持ってるがな」
「女か。……格好からすると傭兵か何かに見えるが、拉致して放置だと? そんな手間のかかる真似を誰がする」
グレッグは警戒を強めた。拉致した人間をわざわざ辺境に放置するなど、道理に合わない。明らかに怪しすぎる。
「グレッグ。傭兵にしては武器を何も持ってないよ。杖もないから魔道士でもなさそう……。どうする? 先頭の女はナイフか何かを持ってるみたいだけど」
「全員が短剣一本で戦う凄腕だなんてあり得ない。特にあのボロボロの服の奴は、ただの素人にしか見えないな。……一応警戒は怠るな。何かあれば先頭の女は俺が抑える」
グレッグはラスティに低く告げ、武器の柄に手をかけたまま棗たちへ歩み寄った。
「おう。見ての通りアタシらは怪しいもんじゃねぇ。……いや、十分怪しいのは自覚してるが、そこはどうでもいい。アタシも――知らねぇ相手は、まず敵だと思え。
その上で話が通じりゃ、儲けもんだ──って考えてるしな。
とりあえずここが開拓村ってことは、物資もあまりねぇのか? アタシらは『魔石』ってのが欲しいんだが、あいにくそれがどんなもんで、どう手に入れるのかすら知らねぇんだ。最悪、そのへんの情報だけでも教えてくれると助かるんだがな」
棗の言葉を聞き、グレッグは彼女たちが傭兵でも探索者でもないことを確信した。
それ以前に、「魔石を知らない」なんて人間が本当に存在するのか。
「魔石を知らない……? そんなもの、そのへんの魔物を狩ればいくらでも手に入るだろうが」
「マジかよ。魔物から獲るのか。どんな見た目なんだ? 宝石みたいなもんか?」
棗の驚きようを見るに、本当に知らないらしい。あまりの世間知らずぶりに、グレッグの毒気が少し抜けた。
「……ラスティ。だいぶ怪しいが、ひとまず集会所へ連れて行こう。ミアたちも見回りから戻ってくる頃だろうしな」
「集会所ね。……歓迎してくれる雰囲気じゃねぇが、まぁいい。あー、あと一つ聞いていいか? ここは何て国で、どこなんだ?」
「お前ら……この国の人間じゃないのか? アルテリアル語を話しているのに」
「それなんだが、アタシは『日本語』っていう母国語でアンタらに話しかけてる。アタシの知る限り、世界一覚えるのがクソ大変な言語だ。だが、アタシらからすれば、アンタがそのクソ難しいマイナー言語をペラペラ話してるように聞こえるんだよ」
「そんな馬鹿なことが……」
「……多分、本当だよ。グレッグ、あの人たちの口の動きと、聞こえてくる音がまるで合ってない」
ラスティに指摘され、グレッグは改めて棗の口元を凝視した。確かに、発音と唇の動きが絶望的にズレている。
「……なるほど。翻訳の魔法か、あるいは呪いの類か。どのみち、俺の手には余る。来い、案内する」
「……で、ここはアルテリアルって国で、日本じゃねぇってことか。拉致されて放置されてる身とはいえ、一応は不法入国になるわけだが、そのへんはどうなんだ? もし『不法入国は即、死刑か奴隷』なんて言われたら、こっちも全力で抵抗しなきゃならねぇんだが」
棗の物騒な言葉に、グレッグは「一体どんな野蛮な土地から来たんだ」と呆れた。
「……他の領地ならいざ知らず、ここアーデンベルグ領ではそんな横暴は許されない。兵士に報告はするが、事情が本当なら罰則もない。だが、生活の保証まではできんぞ。自分たちで仕事を見つけてもらうしかない」
「保護なんて期待してねぇよ。というか、アタシの国は野蛮どころか、あんたらから見りゃ先進国だ。周りが戦争してても小動物が可愛いと盛り上がってるような平和ボケした国だが、アタシは最悪を想定して動く主義なんだよ」
「見かけによらず慎重なんだな」
「見かけによらず、か。……まぁ、湖でサハギンなんてバケモンに遭えば、嫌でも慎重になるぜ。あんなの、日本にはいなかったからな」
一行はグレッグの案内で、急造の「集会所」へと向かった。そこで兵士や村の男たちからいくつかの質問を受けたが、棗たちは隠し事なく答えた。一通りの聴取が終わると、棗は身を乗り出してグレッグに迫った。
「さぁ、こっちは素直に全部答えたぜ。……魔石ってのはなんだ? どうやって手に入れる?」
「魔石か? 魔物を倒せば手に入る。だいたい心臓のあたりに埋まってる」
「うげぇ……解体しなきゃならねぇのか。勘弁してくれよ」
「ここは開拓村だからな。防衛が手薄なぶん、頻繁にゴブリンが襲ってくる。使い道のない『屑魔石』なら、腐るほど転がってるがな」
低ランクの魔物から採れる「屑魔石」は、高価な魔導具の素材には適さない。形が不揃いで魔力量も微々たるもの。熟練の付与術師の貴重な時間を割いてまで加工する価値はない――それがこの世界の常識だった。 だが、放置すれば魔物の餌になり、魔物を強化させてしまうため、厄介なゴミとして渋々回収されているのだ。
「ふーん。じゃあ、その屑魔石ってのを売ってもらいてぇな。あいにく今は金がねぇんだ。しばらくここに滞在させて、働かせてくれねぇか? きっとアタシらは役に立つぜ」
グレッグは鼻を鳴らした。屑魔石はむしろ処分に困る代物だ。金を払ってでも引き取ってほしいくらいのものだ。
「働く、ねぇ。……まさかとは思うが、お前たちそっちの仕事か?」
女ばかりの集団を見て、グレッグの頭をその疑念がよぎる。この娯楽のない村では歓迎されるだろうが、領の規律は厳しい。
「あん? 何を想像してんだ、この節穴。……こっちの胸のでけぇ嫁は料理が得意だ。で、こっちのいい匂いのする嫁は頭がいい。アタシはサバイバルが得意だ。……こっちのボロボロの女は知らん。昨日知り合ったばかりだ。手先は器用そうだがな」
「……嫁? お前、男なのか?」
「目玉をくり抜いて洗ってこい。アタシは女だよ。アタシの故郷じゃ女同士も一般的だ。最近はパリコレだかポリコレだかなんだか知らねぇ連中の声がデカすぎて迷惑してるがな」
「なっちゃん、ポリコレだよ。パリコレはファッションショー」 華音のツッコミを流し、棗は言葉を続ける。
「仕事はくれ。だが先に言っておく。この国じゃ『自分の嫁に手を出そうとした不届き者をぶち殺す』のは犯罪か? アタシは華音とマコに手を出す奴は、迷わず殺す可能性があるぜ」
グレッグは一瞬、言葉を失った。
棗は癖で胸ポケットからシガリロを取り出し、オイルライターで火をつけた。紫煙を美味そうに吐き出した瞬間、グレッグがガタリと立ち上がり、棗の手元を凝視した。
「……お、おい。なんだそれは。魔導具か?」
「あん? コイツか? 焚き火用のライターだよ。中にオイルと火打ち石が入ってる。そんな高いもんじゃねぇが、親父からのプレゼントなんだ。くれてやるわけにはいかねぇぜ」
「高価じゃないだと……? どう見ても金貨数枚はしそうな精緻な造りだぞ。……それと、そんな理由で人を殺せば、当然捕まる。過剰防衛にもほどがある」
金貨と言われても、棗にはピンとこない。
「金貨ねぇ……。コイツは、アタシらの国じゃ一日まともに働けば買える程度の値段だ。屋台の飯二十食分ってところだな」
この世界では、駆け出し探索者の日給は銅貨数枚から銀貨一枚。棗たちの感覚に直せば、日給わずか千円ほどだ。
「……日本というのは、随分と豊かな国なのだな」
「さぁな。外面はいいが政治はゴミ、三流だ。アタシの仕事場の近くなんて、身体を売るために女たちが列を作ってるような国だぜ」
棗がケタケタと笑った瞬間、村中に金属製の不穏な音が鳴り響いた。
「あん? なんだ。飯の時間か?」
「いや、モンスターの襲撃だ! ……すまない、俺は行く!」
グレッグは立ち上がり、ラスティと共に弾かれたように外へ駆け出していった
Assume Hostile
軍事的、安全保障などで敵対していると見なして行動する表現
グレッグだとグロックに似ていて間違えそうですね。
名前つけ失敗しました。




