第十六話 RECON BY FIRE
昼の「お楽しみタイム」に時間を使いすぎた。その遅れを取り戻すかのように、新装備を整えた棗たちは再び湖のほとりを足早に歩いていた。
「なっちゃん、そろそろ休憩しない? もう二時間は歩いてるよ。マコちゃんもキツそうだし」
「だ、だいじょうぶ。さ、最近は……なっちゃんの、おかげで……た、体力も……ついてきてるから」
: マコちゃん何気にガッツあるよな。ホンマに豆腐メンタルか?
: 比較対象が棗やぞ。そら弱く見えるわ。
: おっぱい大きいし、守ってあげたくなる系だし、ガチ恋しそう。
: なお異世界在住。凶暴な恋人あり。
: 本人も躊躇なくゴブリンにぶっ放す模様。
「てめーら、マコや華音が美人だからってガチ恋しても無駄だぞ? マコは極度の男性恐怖症だし、華音はアタシの『テク』にメロメロだ。もちろん、マコもな」
: まぁ、棗の射撃スキルは凄いとは思う。ボブパパにしごかれただけあるな。
: 棗の言う「テク」ってのは、絶対そっちの意味じゃねぇ気がするぞ。こいつのことだし。
: 棗なら両方の意味に取れるのが怖い。
「……もちろん両方に決まってんだろ。アタシは射撃に関しちゃ野生の勘頼みな部分もあるが、ガキの頃から『練習』を重ねてきたからな。それなりのもんだと自負してるぜ」
: やっぱり夜のテクも含んでいやがったか……。
: ほう。たとえばどんなテクがあるんすかね、棗教官。ぜひ新兵にもご指導を……。
「ばーか。セックステクなんざ、一番大事なのは愛情だよ愛情。相手をちゃんと見てりゃ、どうして欲しいか、ドコがいいのかなんて自然に分かるだろ。テクがねぇなんて言われる奴は、相手を道具にしてオナニーしてるだけにすぎねぇってこった」
そんな棗の言葉に、汐路が「うっ……」と声を漏らす。
「どうした、汐路。クソでも漏れそうか?」
「違うわよ! ……ただ、やっぱそうなのかなぁって。元カレ、あんまり相性良くなかったしさ。今回だって『守ってやる』とか言いながら、いざとなったら私を突き飛ばして一人で逃げ出すような奴だし」
「ま、そいつは汐路の見る目がなかったってことだ。いっそ汐路も、こっちの世界で『いい女』を探してみたらどうだ?」
「なんで私までレズにしようとしてるのよ。私はノーマル!」
「もし帰れたら、最高にいい男を紹介してやってもいいぜ。ボブとか、少佐とかな」
: ボブはパパだって分かるけど、少佐って誰?
: 棗たちがトレーニングしてた土地の管理者だよ。退役軍人の集まりのリーダー的なじいさん。
: 棗を孫のように溺愛してて、隙あらば自分の孫を紹介してくる。
: 棗に何か手出ししたら、あの爺さんに山に埋められるって言われてるくらいの過保護ぶり。
: ワイもあんな格好いい爺さんになりたいわ。
: 愛妻家なのもいいよな。亡くなった奥さんの写真を肌身離さず飾ってて。
: あのエピソードはガチで泣きそうになった。「スープの回」か。
「棗のお父さんとおじいさんって……。私、まだ二十三歳なんですけど!?」
「ボブは今、いくつだったかな……確か五十二だ。――おっと、止まれ。華音、あれが見えるか?」
「うん? なになに、何かあった?」
棗が指差す方向に顔を向けた三人だったが、汐路は首を傾げ、マコは目を細め、華音は瞳を小刻みに動かして焦点を合わせていた。
「あ、なっちゃん。よく見つけたね。煙がいくつか見える。山火事か、人が住んでるか……それとも火を吐くモンスターかな?」
「ええっ? どこどこ? 煙なんて全然見えないんだけど」
「わ、わた、私も……み、見えた。汐路ちゃん、あ……あそこ」
マコが指を差して教えるが、「普通」の汐路にはどうしても見つけられなかった。
: 見えるわけないだろww
: そもそも配信の画質じゃ限界がある。
「立ち上る煙の数は五本。あの高さまで拡散せずに真っ直ぐ昇ってる……どう見ても火事やモンスターじゃねぇな。煙突のある窯や炉の煙だろ」
「向かう? 今日中に着けそうかな。日没まであと三時間ってところだけど」
「ギリギリだな。華音、セーフハウスにハンドガン以外を仕舞うぞ。ここからは駆け足だ。多少の足音は覚悟の上で行く。マコは行けそうか? キツいなら暗いがセーフハウスで休憩しててもいいぞ」
「だ、大丈夫……っ」
セーフハウスへ、買ったばかりのライフルを名残惜しそうに仕舞う華音。その様子を見て、棗はクスリと笑いながらショットガンを玄関の傘立てに立てかけた。
「そんな顔すんな。すぐに使う時が来るだろ」
身軽になった一行は、煙を目指して駆け出した。日が落ち始め、辺りが朱に染まる頃、彼女たちはようやくその付近へと辿り着いた。
「はぁ、はぁ……っ、あちぃ。汗かいたぜ」
意外にも、息を切らしているのは棗だけだった。バックパックの中身を整理したとはいえ、彼女の装備には重量のあるミリスコや大型のマチェットが含まれている。一人だけ負荷が段違いなのだ。
「……なぁ華音。あれ、この世界のスタンダードな村ってわけじゃねぇよな? いくらなんでも粗末すぎる」
棗たちの視線の先には、頼りない木の柵に囲まれた集落があった。木造の建物は数軒しかなく、大半が「ゲル」と呼ばれる移動式のテントのような住居だ。
「規模や設備を見る限り……たぶん、今ここで開拓を始めたばかりの『開拓村』じゃないかな。それに、文明レベルもかなり低そう。見て、あれ。鎧を着て槍を持ってる。騎士かな?」
「チェーンソーじゃなく斧で木を切り倒してる時点で、お察しの文明レベルだな。……つーか魔法のある世界なんだろ? 今のところそれっぽいのが見当たらねぇな」
彼女たちは身を潜め、整地作業に励む男女を観察する。
「な、なっちゃん。そ、それよりも……こ、言葉は通じるのかな?」
異世界アニメの「翻訳魔法」というお約束を知らない棗は、「通じるわけねぇだろ」と即答した。
「ワンチャン、英語なら……。いや、地球のどの言語も通じねぇと考えたほうが無難だ。そもそも、言葉で意思疎通をはかる生命体じゃない可能性すらある。肌の色を変えたり、匂いを発したり、テレパシーだったりな」
「テレパシー以外は随分とコミュニケーションに手間がかかりそうだね。まぁ、そういう進化をしてる可能性も否定はできないけど」
「ま、とりあえず近づいてみるか。汐路は華音やマコの後ろにいろ。友好的に対応するつもりだが、いつでも銃を抜けるようにしておけ。……最後にマガジンチェックとチャンバー確認だ」
棗は手慣れた動作で予備のマガジンを確認し、ホルスターから抜いた銃のスライドをわずかに引いて、薬室に弾が送り込まれているかを確認した。
「華音、マコ。アタシの1911は予備を含めても一七発。九ミリを使うお前らのワンマガジン分くらいしかねぇ。いざとなったら、華音は戦闘より『セーフハウスの扉を出す』のを優先しろ。相手の人数が多ければ中に逃げ込んで籠城だ。明日まで待って体制を整える」
「了解」 「う、うん」
: なんで棗は最初から争う前提なんだよww
: 異世界だし、いきなり現地民と仲良くなれるなんてアニメだけだろ。
: 人間タイプの生命体がいるだけで儲けものだわ。
: はよエルフを発見してくれ。
「エルフが居てもお前らにどうこうできるわけじゃねぇだろ。……マコ、配信は一旦終わりだ。変な目玉を浮かべてたら、間違いなく怪しまれる」
棗はカメラ越しに、リスナーへ最後の言葉を投げた。
「明日以降、配信がなかった時は『全滅した』と思ってくれ。配信能力を持つマコが消えたなら、守っていたアタシも、弾薬供給が途切れた華音も、戦闘力ゼロの汐路も、全員くたばってるってことだ」
: 遺言みたいなこと言うなよ!
: 楽しみにしてるんだから、死ぬなよ!
「んじゃ……ちょっと現地人に、ファーストコンタクトしてくるわ
RECON BY FIRE
敵が存在する可能性のある場所に発砲し、その反応から敵の存在と位置を確認する戦術
火力偵察とも言います。




