第十一話 Battlefield Awareness
マコが能力を使い、配信の「眼球」が宙に浮かぶ。それを見た棗と華音が、かつて日本で動画を撮っていた頃のようにカメラの前へ立った。
「あー……ガンフリークシスターズのチャンネルへようこそ。ボスの棗だ」
棗がいつもの気だるげな調子で挨拶し、その隣で華音が元気に手を振る。
「なっちゃんの頼れる相棒兼嫁、華音でーす! で、いつものことだけど、恥ずかしがり屋なマコちゃんは専属カメラマン。そして……昨日から見てる人は知ってると思うけど、ゲストの汐路ちゃん! ゲストっていうか、これから異世界でサバイバルするにあたって、新規メンバーとして加入してもらうことになりました。……さ、汐路ちゃん挨拶!」
急に振られ、異様な眼球を向けられた汐路が慌てふためく。
「あ、ああ、えっと……昨日からお世話になってます。汐路です、よろしくお願いします……」
「汐路ちゃんは他のキャンパーグループにいたんだけど、モンスターに襲われてバラバラになったところを私たちが保護しました。彼女の持つ『チートスキル』が、私たちの能力とヤバいくらい相性良かったんだよねー」
進行を仕切る華音が、パチパチと楽しげに手を叩いた。
「てなわけで、だ。これまでの日本での配信と、これからの配信は少し毛色が変わってくる。……つっても、大幅な路線変更はねぇ。アタシらのチャンネルはあくまで銃とシューティングのチャンネルだ。ただ、今までエアガンで遊んでたのが実銃メインになる。ペーパーターゲットがゴブリンだのオークだののモンスターに変わる。あとは、ちょっとハードな異世界観光記になるってくらいだ」
棗はカメラ(眼球)を指差し、釘を刺すように言葉を継いだ。
「ピアノの演奏がメインなのか、際どいコスプレがメインなのか分からねぇような、そこらのお色気配信みてぇな真似はしねぇぞ。……まぁワンチャン、汐路が際どい水着で腰を振ってくれるかも知れねぇがな」
「するわけないでしょ!」
「そうそう、メインはあくまで銃器! 汐路ちゃんは動く的になってくれるだけだよ?」
「ええっ!? 何を可愛い笑顔で恐ろしいこと言ってるの!? この子、サイコパスか何か?」
「おいおい華音。サイコパスキャラはアタシの持ち味なんだから奪うなよ。……まぁ、茶番はこれくらいでいいか。今日もアタシらは生存圏を探して探索を続けるが、リスナー諸君にいくつか報告があるぜ」
棗は指を一本立てた。 「まずは昨日貰ったスパチャが、既に現金として手元に届いた。マコの不思議スキルのおかげだろうが、即日決済、即日配送だ。だから今日の昼、新たに『銃』を購入するところをライブ配信してやる。……そしてもう一つ」
二本目の指を立てる。 「アタシがこの世界で物資を調達するにゃ日本円が必要なんだが、さっき紹介した新規メンバーの汐路、こいつは『フリマ』の能力を持ってる。つまり、異世界の不可思議トンチキアイテムを、アンタらがいる日本のマーケットに流せるってことだ。楽しみにしてろ。……汐路、アカウント名とかはどうなってんだ? 便乗や騙りが出るかもしれねぇから、今のうちに周知させておけ」
「えっ……アカウントは、恥ずかしいけど『siosio』です。そのまんまですね……」
「だそうだ。汐路以外にも『フリマ』のスキルを持ってる奴がいるかもしれねぇが、アタシらが認めるのはそのアカウントだけだ。それ以外から出てる『自称・異世界の品』は、アタシらとは一切関係ねぇ。騙されてゴミを掴まされても自己責任でよろしく」
そう言い捨てると、棗はいつものように胸ポケットからシガリロを取り出し、紫煙を燻らせ始めた。
「あと何か報告することあったっけ? なっちゃん」
マイペースに煙を吐き出した棗に代わり、進行を任された華音が慌てて確認を入れる。
「んー、ねぇだろ。あったとしても今覚えてねぇなら大した事じゃねぇよ。それより探索の続きだ。……っつっても、このデケェ湖を水源にしてる村がありゃ儲けもん、くらいの感覚で周囲を歩くだけだからな。遮蔽物もねぇし絵面は地味だが、そこは我慢してくれ。……汐路はマコと一緒に、流れてくるコメントでも読み上げて質問に答えとけ。警戒はアタシと華音でやる」
一行が再び歩き始めると、マコと汐路は眼前に浮かぶ半透明なホログラム画面を追い始めた。背後からは華音が二人の安全を見守っている。
「私が何の銃を持ってるか、ですか? ……私はまだ持たせてもらえないんです。危ないから、落ち着いて練習するまではダメだって。銃の知識もゼロですしね」
「ど、どうやって異世界に転送されたか……わ、私にも分かりません。偶然? 運が……わ、悪かったから?」
「一緒に来たメンバーの心配? ……全然。だって、目の前で死んじゃった人もいるし、私の元カレなんて私を突き飛ばして逃げていったのよ? おかげで死にかけたんだから」
汐路が苦々しく過去を吐露すると、先頭を歩いていた棗が肩越しに口を挟んだ。
「へぇ……なかなかクズな野郎じゃねぇか。もし生きて再会することがあったら、アタシが始末してやろうか?」
「いいわよ、別に。恨んでるけど、おかげでこうしてアンタたちのグループに入れたわけだし。……せいぜい、あいつが目の前に現れたら、これ見よがしにコーラ飲んでハンバーガーを頬張って、見せびらかしてあげるわ」
「ぷっ……あははは! おもしれぇ。そん時は腹いっぱい食ってやろうぜ。フライドチキンでもバーガーでも山ほどデリバリーしてな。……あ、支払いはリスナー諸君のスパチャ頼りだがな」
その呟きに呼応するように、「コーラ代」「バーガー代」といった少額のスパチャが画面を流れ始める。マコと汐路が一人ひとりに丁寧にお礼を言っていく。
「そういや昨日の配信、一番投げられてたのはマコだったんだが、着の身着のままでここに来てるアタシらには、全額をマコに貢いでやる余裕はねぇ。……あまり好かれてねぇアタシのメシ代にもなるし、新しい銃はマコじゃなく華音のライフルを優先する。マコは銃を扱えるが、アタシらみたいな攻撃的な性格じゃねぇからな」
: 別に棗のことを嫌ってるわけじゃないぞ?
: そうそう。黙って立ってるだけなら棗も美人だしな。
: 棗派っていうマイノリティもここにいるぞ。
: 棗派はマゾい奴か、生粋の銃オタクだろうな。
: ワイはボブパパ派。
: ボブたちまで入れたら、棗の人気はさらに暴落するんじゃね?
: ゲストの親父に人気で負ける女性配信者、おる?
: 唯一の長所(銃)ですらボブに負けてるからなぁ。
: あと、棗は「絶壁」だしな。
「あん? 乳なんざ射撃の邪魔だろ。それにアタシだってAカップはある。なんなら限りなくBに近いAだ」
: なんだよ『限りなく透明に近いブルー』みたいな言い回しは。
: 無い乳の負け惜しみ乙。
「ま、アタシに乳はねぇが、アタシはマコのデケェのを揉みしだいたり顔を埋めたりできるからな。てめぇらとは特権が違うんだよ。なんなら華音の乳もアタシの所有物だ」
: どこを揉んだり舐めたりしてるんでしょうかねぇ(ゲス顔)
: うらやまけしからん。
「ほらほら、なっちゃんそういう事言わない。エロ売りはしないんでしょ? みんなも下品なのはダメだよ!」
華音がたしなめつつ進んでいたその時、棗が唐突に足を止め、その場に低くしゃがみ込んだ。 直後、華音とマコも磁石に引かれるように沈み込み、歩みを止める。反応が遅れた汐路は、横にいた二人にズボンと腕を掴まれ、無理やり地面へ引き倒された。
: マコちゃん、反応早いな! 棗がしゃがんだ瞬間に合わせてる。
: ハンドサインも声掛けもなかったぞ。
: 流石に汐路は無理か。一般人の反応。
:マコちゃんは棗と同じ方見てたから棗と同じもみたんじゃね?
「ん……当たり。わ、私は前を見てたから……」
「私はなっちゃんが立ち止まった瞬間、その背中の動きに集中してたから。……それだけだよ」
「え、ちょっと……アンタたち何なの!? こわいんだけど……本当に一般人? どこかの特殊部隊か何かじゃないの?」
: それが普通の女の子の反応だよな。
: でも特殊部隊を舐めすぎ。棗たちはあくまで「射撃場の天才」であって、現役のプロはもっと化け物だぞ。
: 特殊部隊どころか、普通の現役軍人の方が基礎体力が違うしな。棗たちはあくまで「シューター」だ。
: まぁ、これからは毎日実戦まみれになるんだろうけどな。
: 比較はどうでもいい、何を見つけたんだ?
「……マコ。ありゃなんだ? 河童か?」
「は、半魚人……かな。ファ、ファンタジーの用語で言えば……サ、サハギン?」
「アレが友好的だと思うか? ……リスナーにも見えるようにしてやれ」
マコが眼球の高度を上げ、湖のほとりを映し出した。そこには木製の槍や銛のようなものを携え、群れをなして歩く魚人――サハギンの姿があった。
: 見た目的に一〇〇%敵対モンスだろ。
: 銛を持ってるってことは一定の知能はあるな。
: もしアレがこの世界の人類種だったらどうする? 街が全部水中とか。
「あー……その発想はなかったな。アレがこの世界の人類種だとしたら、アタシらは村に入れねぇな。溺死しちまう。……とりあえず、10ヤードまで接近を試みるか」
: なぜヤードww
: 棗はアメリカ育ちのシューターだから、距離感覚がヤーポン法なんだよ。
:10ヤードってどのくらい?
: 九メートルちょい。至近距離だな。
: アメリカ人、なんで気温を華氏で表すんだ……。
: 日本だって「畳」とか「坪」とか「寸」とか使うだろ。一合(一八〇ミリリットル)とかさ。
「アタシも正直、華氏表示は意味わかんねぇと思ってるよ。ヤードやポンドは射撃場じゃ標準だがな。……さて、第一村人(?)になるかもしれねぇ半魚人野郎に挨拶でも行ってみるか。華音、マコ。いつでも抜けるようにしておけよ」
「了解」 「う、うん……っ」
Battlefield Awareness
戦場における友軍、敵軍、地形、および環境の情報をリアルタイムで収集・統合し、正確に把握する能力




