第十話 combat Load
セーフハウスを出た一行は、棗が汐路に「接敵時の対応」を叩き込んでから、森の中を隊列を組んで歩いていた。
先頭はポイントマンの棗。その後ろにマコ、汐路と続き、最後尾を華音が務める。 モンスターの襲撃は前方からとは限らない。そのため、棗に次ぐ戦闘技術を持つ華音が後方を、射撃経験はあるが非力なマコが中央で汐路を護衛する、理にかなった布陣だ。
「マコ、日本時間で十時になったら配信を開始しようぜ。そんでもって、昼くらいになったら『お楽しみタイム』で一気にスパチャを稼ぐぞ」
「お、お楽しみタイムって……? ま、まさか、えっちな配信でも……す、するの?」
「んなわけねぇだろ。なんで自己承認欲求の塊のバカ女みてぇな真似をしなきゃならん。アタシらのチャンネルのメインディッシュっつったら、シューティングか実銃紹介に決まってんだろ。せっかくだ、昨日のスパチャを使って『新しい銃』を手に入れるところを生中継してやるんだよ」
棗は獲物を狙う肉食獣のような笑みを浮かべた。
「あっ、そういうことかぁ! なっちゃん、あったまいいー!」
華音が弾んだ声を上げると、置いてけぼりの汐路が疑問を口にする。
「どういうこと? 」
「多分、スパチャの報告と同時に『次の銃の候補』をリスナーに相談するんだよ。そうすれば、自分が投げ銭をしたら好きな銃をリクエストできるかも、って思わせられるでしょ?」
「……まぁ、いくら積まれようが、余裕がねぇ時にウベルティのブラックパウダーだの、ケルテックのイロモノだのを選ぶ気はねぇけどな。もちろん、デザートイーグルだのトカレフだのも却下だ」
銃の知識が皆無な汐路だったが、『デザートイーグル』という名前には聞き覚えがあった。アニメやゲームでは「最強の拳銃」としてよく登場する花形だ。
「え? デザートイーグルって凄い銃なんじゃないの? ハンドガンの中では最強だって聞いたことあるけど」
「ああ? ……いつの話だよ。デザートイーグルなんて信頼性が皆無だ。いくら威力があっても、肝心な時にジャムる銃なんて、この世界じゃ鉄クズ以下のゴミだぜ」
「ジャム……?」
「排莢不良や給弾不良のことだ。トリガーを引いたら確実に弾が出る。これが銃に求められる絶対条件だぞ。……弾の品質や銃との相性があるから『百パーセント』は無理だが、アタシが百年前の設計である『1911(ガバメント)』を好む理由はそこにある。天才ジョン・ブローニングが設計した1911やハイパワーは、設計こそ古いが信頼性が桁違いなんだ」
棗は一息つくと、周囲への警戒を緩めずに言葉を継いだ。
「もちろん、1911もいろんなメーカーが作ってるから粗悪品はあるがな。華音が欲しがってるベレッタM9も、制式採用から四十年近く経つ古参だが、それだけ熟成されてるってことだ。逆に、最近米軍に採用されたM17やM18なんかは、真偽はともかく暴発事故の報告が絶えねぇ。アタシはSIGのP226シリーズは好きだが、最新のP320系列は今のところ信用してねぇし、使う気もねぇな」
「よくわからないけど……古い方が信頼できるってこと?」
「古けりゃ良いってもんじゃねぇが、古くても今なお現役で愛されてる銃には、相応の理由がある。あとは構造がシンプルだってのも安心材料だな。セミオートよりリボルバーの方が確実性が高いし、故障も起きにくい。……護身ってのは、ギャンブルじゃねぇんだからよ」
棗は根っからのガンフリークだ。コレクションとしてなら多種多様な銃を揃えたい。だが、実際に命を預ける『ツール』としてキャリーするのは、極限まで信頼性を高めた一握りの名銃だけだ。 彼女にとって、愛でるための「玩具」と、生き残るための「道具」は、完全に別物だった。
マコが欲しがっているウベルティの『モデル3(スコフィールド)』は、中折れ式のリボルバーだ。南北戦争時代に設計された古式ゆかしい銃であり、現代で実用的かと問われれば疑問が残る。 構造上、中折れ部分は強度が低く、強力な弾薬を常用するには脆いという欠点があるからだ。それでも棗が購入を反対しないのは、マコを最前線の戦闘要員とは見なしていないからだった。
もし、戦闘の主力である華音が「コルト・ネイビーあたりのパーカッション・リボルバーをメインにしたい」などと言い出せば、棗は全力で却下しただろう。もちろん、資金に余裕があって「趣味のコレクション」として買うのなら、笑顔で許可するのだが。
「なっちゃんは『道具は道具』って割り切るタイプだもんね。一定額を超えるような過剰なカスタムガンには手を出さないでしょ?」
「なっ……なっちゃんは、お……お金があっても……『ピットバイパー』とかは、買わなそうです」
「買うわけねぇだろ。ハンドガン一丁に七千ドルも出せるか。七倍の金を出す価値はねぇ。多分、ボブだって同じことを言うぞ。――つーか、汐路だ。そのうちトレーニングさせて銃を持たせるが、何が良いと思う? アタシとしては、セミオートならこのまま華音のXDをスライドさせて、華音がP365なりM9なり好きなのを新調すりゃいいと思ってるんだが」
「それでいいんじゃない? 汐路ちゃんは銃にこだわりもないでしょ。ツールとして割り切って使うなら、その方が話が早いし」
「わ、私は……リ、リボルバーが良いと思う。……あ、扱い、心配」
マコは、棗や華音のような「器用な人間」には気づきにくいセミオートの欠点を理解していた。二人は何でもこなせてしまうが、マコは自らを凡人だと自覚している。
吃音症でメンタルも弱いが、それゆえに慎重だ。
日本の裏社会などでリボルバーが重宝されるのには理由がある。 リボルバーは弾倉に弾を入れたまま放置しても、バネの劣化という概念がほぼない。十年放置していても、トリガーを引けば確実に発火するだろう。 対してセミオートは、数ヶ月マガジンに弾をフル装填したまま放置すれば、バネがヘタって給弾不良を起こすリスクがつきまとう。常にメンテナンスを欠かさない繊細さが必要なのだ。銃への興味が薄い汐路にそれができるかと言えば、怪しいところだった。
何より、実戦で作動不良を起こした際、素人はパニックに陥り、予期せぬ危険な行動を取りがちだ。
「セ、セ……セミは、メンテとか……ジャ、ジャムが怖い」
マコの短い説明だけで、棗と華音はすぐにその真意を汲み取った。
「ああ、そうだな。汐路にゃリボルバーの方が安全か。……まぁ今すぐって話じゃねぇ。アタシらの装備が一通り揃って、まともな仮拠点を確保してからだ」
まずはガスガンで徹底的に安全動作を叩き込み、それから実銃を撃たせ、最後に携行を許可する。それが棗の考える教育プランだった。
「なっちゃん、それで『お楽しみタイム』では何挺くらい買うつもりなの?」
刹那的に生きる棗が、百三十万という貴重なリソースを一気に使い果たしてしまわないか、華音は少し不安だった。だが、意外にも棗は冷静に優先順位を立てていた。
「金額によるが……まずは五・五六ミリか七・六二ミリの『ライフル』が一つ欲しい。アタシらの最大のアドバンテージは威力じゃねぇ、『距離』だからな。相手の攻撃が届かないアウトレンジから先手を打つ。それを成立させるにはライフルが必須だ」
「そ、そうなると……か、華音ちゃんの……メインかな? なっ……なっちゃんは、ショットガンが好きだし」
「まぁ、そうなる。マコは護身がメインだし、汐路はまだ論外だ。……華音のライフルの金額次第で、アタシのサブウェポンのハンドガンまで買えるか、あるいはマコのおもちゃまで手が回るかが決まる。……ホントはな、スパチャのほとんどはマコの『乳揺れ』のおかげだったから、マコに好きなもんを買ってやりてぇんだが」
「わ、私より……なっちゃんに使ったほうが良い。……あ、あまり得意じゃないし」
「……『ダニエル・ディフェンス』のAR―15って、ありかな?」
華音が挙げたのは、高額だが極めて高品質なライフルの名前だった。棗はそれをあっさりと許可する。
「無難ちゃ無難だな。まともなライフルは二千ドルは下らねぇ。ド素人のアタシらが四百から五百ヤード先の的に当てるにゃ、それなりの精度が必要だからな」
「二千ドル!? 二千ドルって……三十万くらいでしょ? 大丈夫なの、そんなに使っちゃって」
汐路が驚いて声を上げる。
「ゲームじゃねぇんだ、死んだらコンティニューってわけにはいかねぇんだぜ。死んじまったら金がいくらあっても無駄だ。装備に金をかけるのは生き残るための投資だよ。……まぁ、二千ドルのライフルに光学サイトを乗せりゃ三千ドル(約四十五万円)近くなる。あとはアタシのハンドガンを買って終了ってところか。……ま、この相談は配信でする。運がよけりゃ追加のスパチャも期待できるだろ。なんなら汐路、もっと際どい格好で媚びてくれてもいいんだぜ? アタシらはそんな真似しねぇけどな」
「……私だって嫌よ。それに私は、アンタたちほど美人じゃないしね」
Combat Load
兵士が戦闘において携帯する必須装備(武器、弾薬、水、食料、個人用装備)の総称




