第一章 共鳴
西暦2035年。
太陽系外から飛来した恒星間天体「EX-13彗星」が観測される。
国際銀河科学機構(IGSA)は当初、それをただの氷塊と判断していた。
だが、地球への接近とともにその核が変化を始める。
組成の揺らぎ、波動の変調、そして脳波に似た信号。
それは物質でも、エネルギーでもない。
進化する「意思」ようだった。
IGSAは世界各国の研究機関に観測データを統合、共有し、
その信号が人間の神経電位と共鳴していることを突き止める。
しかし、同時に地球上の特定地点、日本列島西部の未調査古墳群から、
同一波形の共鳴反応が記録された。
古代遺跡と宇宙信号の同期。
その不可解な現象の調査を命じられたのは、
IGSA付属の研究部門、古代存在観測機構(AEON:Ancient Entity Observation Network)だった。
調査員のひとり、柊 (ひいらぎ )は
AEON所属の若き研究官であり、古代意識構造と生体共鳴を専門とする異端の科学者。
封鎖された発掘現場の夜、
柊は異常な夢を見た。
『君の世界を、もう一度見せてくれ。
地球に還るために、僕は形を思い出す。』
夢の中で、星々を背に立つ中性的な青年が現れる。
その瞳は銀河のように深く、
その声は空気の粒を震わせるほど柔らかかった。
青年は微笑み、彗星の光を宿した掌を差し出す。
『僕の名はルエル。
君たちの祖先が始星と呼んだものだ。』
柊は息を呑む。
その姿は、発掘記録に残る古墳の被葬者の復元像と酷似していた。
EX-13彗星は、単なる天体ではなかった。
古代に封じられた意識が宇宙を渡り、
今、地球へと帰還しつつあるのだ。
夢の中の光
白い風が吹いていた。
重力のない空間で、星々がまるで雪のように降ってくる。
真名はその中に立っていた。
音もなく漂う光の海の中で、ひとつの人影が形を成していく。
「……また、会えたね」
その声は、直接鼓膜に届かない。
思考の奥に、優しく触れるように響いた。
「ルエル……?」
光の青年は微笑んだ。
その姿は以前よりも人間に近く、淡い銀髪が重力に逆らって揺れている。
その瞳の奥では、銀河が静かに回転していた。
「僕は“記憶”の器。
彗星の核は、君たちの星の夢を抱えている。」
「……君たちの星?」
「そう。僕たちはここで生まれた。
だが、あの日――この世界は空を忘れた。
君たちが“神話”と呼ぶのは、その記憶の残響なんだ。」
柊の指先がわずかに震える。
触れられる気がして、でも触れられない。
光と影の境目に、言葉では届かない距離がある。
「ルエル……君は彗星の中にいるのか?」
「うん。でも、それはほんの一部。
僕の“核”は、君たちの中にもある。」
彼がそう言った瞬間、光が真名の胸の奥に流れ込んだ。
温かい感覚。心臓の鼓動と重なって、銀色の波が広がる。
『君たちは、もう一度選べる。
地球が、何を“記憶”として残すのか――』
世界が音を失い、光の海が遠ざかっていく。
最後に見たのは、ルエルの微笑だった。
寂しさを隠すような、優しい笑顔。




