第4話 港に残る影
出雲艦隊は退いた——しかし、それは嵐の前の静けさだった。
港に残されたのは傷ついた兵、焦げた木材、そして見えぬ陰謀の影。
海面には、雷脈砲の余波でできた白い稲妻模様が、まだ薄く残っていた。
タケヒコは桟橋で残存雷脈を確認しながら、兵の撤収を指揮する。
「副官、お怪我は?」
港の防衛隊長ミオリが駆け寄る。
彼女の瞳は真剣だが、その奥にわずかな安堵が混じっていた。
「大丈夫だ」
タケヒコが短く答えると、ミオリはふっと笑みをこぼす。
「……よかった。あなたが無事じゃないと、この港は守れませんから」
わずかに頬を染めたその顔を、アマユキが鋭く横目で睨んだ。
港の一角、サクヤは負傷兵の治療を続けていた。
その手つきは舞のように滑らかで、雷脈による微細な治癒刺激が傷口を早く塞ぐ。
兵の一人が感謝の言葉を告げると、彼女はわずかに笑い、視線を遠くのタケヒコへ送った。
(……やっぱり、北の血。感受性が澄んでる)
昨日の同調の感覚が、まだ胸に残っている。
——その頃、港の裏通り。
倉庫の影で、出雲の密使スクナヒコナが町の男と密談していた。
「この粉を船底に撒け。次に港を訪れた時、船は自ずと沈む」
男は恐る恐る小袋を受け取り、人混みに紛れる。
その影を、灰色の外套をまとった者が見ていた。
雷脈の波長を読むその目は、日高見の者ではない——星の民だ。
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高天院・議場。
半円形の議席が陽光を受けて白く輝く中、北派と南派が向き合っていた。
アラヒコ議長(北派筆頭)が杖で壇を叩く。
「北方防衛こそ国の命脈。南進は背を敵に晒す行為だ」
南派副議長アヤメが、ゆるやかに立ち上がる。
艶やかな黒髪と切れ長の瞳が、議場の空気を一変させる。
「現状維持を安定と呼ぶのは、死を先延ばしにするだけです。
南方交易を開かずして、どう国を養うおつもり?」
議場の外で待機していたタケヒコは、その声を耳にし、ふと窓越しに視線を送る。
中ではアヤメが、まっすぐ彼を見返して微笑んだ。
その一瞬を見逃さなかったサクヤが、横で僅かに眉をひそめる。
(……港だけじゃなく、高天院でも女関係が増えるの?)
隣のアマユキは腕を組み、わざとらしく咳払いをした。
さらに後方のミオリも、議場を見ながらそっと唇を噛んでいた。
議論の熱が高まる中、南派若手議員ツキヨミが密かに回廊を抜けた。
彼の手には、高千穂の祭祀長アマツから届いた封書。
中には「南方統合案」の文字が躍る。
「……老人たちが気づく頃には、もう遅い」
ツキヨミは薄く笑い、封を懐にしまった。
——その動きを、議場上階の影から監視する視線があった。
星の民、そして出雲の密使。雷脈の波長が静かに交錯していた。
今回は戦闘後の静けさの中に、政治的な火種と恋愛の火花を忍ばせました。
タケヒコを巡って、サクヤ・アマユキ・ミオリ・アヤメの四人が
それぞれ違う形で意識し始めています。
次回はツキヨミの策動と、星の民の不穏な接触が動き出します。