第1話 南風、雷脈、そして彼女
春まだ浅い北の港町。
白い帆影が水平線に現れた瞬間、空気がかすかに震えた。
——雷脈だ。縄文の血が、それに応える。
港町カナヤは、潮の匂いと冬の残り香に包まれていた。
日高見国・雷脈兵団副官タケヒコは、桟橋の杭に指先を置き、風を読む。
微かな金属臭、肌を撫でる静電のざわめき——
(来る……雷脈波長が変わった)
白帆の大船がゆっくりと入港してくる。
帆桁の鈴が鳴った瞬間、桟橋の板に刻まれた媒介核が淡く光り、港の雷脈網が来訪者を検知した。
「嫌な震え方ですね」
背後からアマユキの声。白銀の髪を一束だけ結い、背には雷脈大剣。
特別戦士隊の彼女は、タケヒコの相棒であり幼馴染でもあった。
「出雲じゃない。南方の……祭祀系だな」
タケヒコが目を細める。
甲板中央に立つ女がいた。
長い黒髪は南の陽光のように艶やか、琥珀の瞳は挑むようにまっすぐ。
淡紅の外衣が海風をはらむたび、足首の銀鈴がちり、と鳴った。
(……綺麗、だけど——強い。雷脈を舞で制御してる?)
女は桟橋に軽やかに降り、笑った。
「サクヤ。南方祭祀氏族の使者よ」
「日高見の若き軍才、タケヒコ——噂は南まで届いているわ」
港娘の小声が飛ぶ。
「また美人さんに……」「副官さまってやっぱりモテる」
新兵まで頬を赤くしている。タケヒコは苦笑し、アマユキは鼻を鳴らした。
「用件は二つ。取引と——警告」
サクヤが短杖で石畳を軽く鳴らす。
刹那、タケヒコの腕輪コアが微光を返し、二人の間に共鳴が走った。
胸の奥で、誰かの感情がかすかに触れる。
驚き、警戒、そして——安堵。
(南方式の雷脈通信か。情報転送が滑らかだ)
空気が再び緊張する。
防波堤の外、灰色の小舟が三——いや四。帆印は出雲。
タケヒコは踵を返し、低く命じた。
「第一列、雷撃系装填。第二列、雷磁障壁を展開」
腕輪コアが鳴き、桟橋のレール刻印に青白い光が走る。
アマユキはすでに大剣を抜き、刃に電磁刃をまとわせていた。
「いつでもいけますよ、副官」
サクヤが微笑む。
「初対面で、もう連携できそうね?」
「息が合うかは、戦場で確かめろ」
波が高まり、戦いの予兆が港を包んだ——。
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この物語では「雷脈」という能力が重要な鍵になります。
当時の世界で“縄文人”という呼び名は存在しませんが、作品上では北方系・南方系・一部ユダヤ系を含む「雷脈感受性に優れた人々」を便宜的にそう呼びます。
第1話ではタケヒコ・アマユキ・サクヤという三人の関係と、港戦闘の火蓋が切られる瞬間を描きました。