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第7章:2030年10月25日 金曜日 宮下タカヤ

 現実パート

 

 僕はデスクに向かいながら、深く息をついた。目の前の資料に集中しようとするけれど、どうしても意識が逸れてしまう。

 ユウキ――いや、ユリさんが、しばらくログインできないと告げたあの日から、どこかギルドハウスの空気が変わってしまった気がする。

 

 普段なら、カナの無邪気な笑い声や、ハルのぶっきらぼうな言葉の中にユウキさんの穏やかな声が溶け込んでいる。でも今は、リオがその空白を埋めるように話しているのを見ているだけで、胸の奥がザワザワする。

 

「タカヤ、昼行こうぜ」

 

 悠真さんの声で、思考が途切れる。振り返ると、彼が僕をじっと見つめていた。いつもどおりの落ち着いた表情だけど、どこか僕を気遣うような視線だ。

 

「あ、はい」

 

 慌てて資料をまとめ、彼の後ろをついていく。オフィス近くの定食屋はいつもほど混んでいなくて、僕たちは窓際の静かな席に腰を下ろした。

 

「お前さ、最近元気ないよな」

 

 悠真さんのその一言に、思わず箸を持つ手が止まる。彼は真剣な目で僕を見つめている。

 

「そんなことないですけど……」

 

 ご飯をつつきながら、なんとか言葉を返す。本当は話したいことがある。でも、それをどう切り出せばいいのか分からない。

 

「お前の『そんなことない』は信用ならねえんだよな」

 

 彼が軽く笑うと、少しだけ肩の力が抜けた。

 

「……ちょっとだけ、相談したいことがあって」

 

 意を決して話し始めた。箸を置き、言葉を選びながら慎重に続ける。

 

「たとえば、誰かが他の誰かと仲良くしているのを見ると……なんていうか、気になるというか……」

 

 言葉を口にしながら、僕自身でも何を言っているのか分からなくなってきた。この感情をどう言葉にすればいいのか、答えは見つからない。ただ、あの日以来、胸の中に引っかかっているモヤモヤをどうにかしたくて、悠真さんにぶつけてみることにしたのだ。

 

「ほう?」

 

 悠真さんがニヤリと笑う。その反応に、一気に顔が熱くなるのが分かる。何を期待して話を聞いているんだろう、この人は――そう思うと同時に、自分の言葉がどれだけ曖昧で子供っぽいかに気づいて、余計に恥ずかしくなった。

 

 でも、どうしてもこの話をやめるわけにはいかない気がした。胸の奥に溜まった感情は、ここで吐き出しておかないともっと大きく膨らんでしまいそうだから。

 

「……それが、どう気になるんだ?」

 

 悠真さんの声は、からかうような響きではなかった。ただ純粋に、僕の言葉の先にあるものを探っているような、そんな真剣さが込められていた。

 

 その問いに、僕は言葉を続けるしかなくなった。

 

「……なんか、嫌で……でも、そんなこと思うのっておかしいですよね」

 

 さらっと言うつもりだったけれど、声が少し震えてしまった。

 

 悠真さんは箸を置いて腕を組むと、真剣な顔でこう言った。

 

「そりゃ、お前、好きだからじゃね?」

 

 その一言に、心臓が大きく跳ねた。顔が真っ赤になっているのが、自分でも分かる。

 

「えっ、それは……そんなわけ……」

 

 慌てて否定しようとするが、言葉が出てこない。悠真さんは満足げに笑いながら、「ま、気になるなら考えてみろよ」と軽く僕の肩を叩いた。その軽やかな言葉が妙に重く響いて、胸の中に深く突き刺さった。

 

 食事を終えるまで、僕はずっと心臓の音を感じていた。悠真さんの言葉が頭の中をぐるぐると回る。そして、ユウキ――いや、ユリさんの穏やかな笑顔が浮かんでは消えた。

 

 僕は一体、どうしたいんだろう。

 

 それを自分に問うたまま、答えは見つからないままだった。

 

 

 

 VRパート

 

 ログインした瞬間、ギルドハウスの喧騒が耳に飛び込んできた。広がるのは、活気に満ちた明るい空間。15人のメンバーたちがそれぞれの役割に没頭している。広いスペースは熱気で溢れているはずなのに、僕の中ではどこか物足りない感覚が広がっていた。

 

「タカコさーん!遅いよ!」

 カナが手を振りながら駆け寄ってきた。その無邪気な笑顔を見ると、胸の奥の重みが少しだけ軽くなる気がする。

 

「ごめんごめん」

 軽く返事をしながら周囲を見渡すけれど、やっぱりあの姿はどこにもなかった。

 

「ねえ、タカコさん」

 カナが僕に顔を寄せ、小声で話しかけてくる。

 

「ユウキさん、また来られないんだって」

 

 その言葉に、一瞬だけ心が跳ねた。

「また……?」

 

 カナは眉を少し下げて頷く。

「うん、メッセージ来てたよ。仕事が忙しくて、しばらく顔を出せないって」

 

「そう……仕方ないわね」

 努めて冷静に返したけれど、胸の中で静かにざわつくものを感じた。ユウキがいない間、自分がリーダーとしてしっかりやらなくてはならないのに、その存在の大きさが改めて心に重くのしかかる。

 

「タカコさん、大丈夫?最近、なんか元気ない気がするけど」

 カナの言葉に、僕はすぐに首を振った。

 

「そんなことないわ」

 でも、その言葉が軽すぎて、カナは少しだけ納得いかない顔をしたように見えた。

 

「タカコ、ちょっといいか」

 ハルの低く落ち着いた声が後ろから聞こえてきた。

 

 振り返ると、彼がこちらに近づいてきていた。その表情はいつもどおり冷静だったけれど、どこか深刻な空気が漂っていた。

 

「人数が増えすぎて、倉庫がすっからかんだ。装備も足りないし、資源も不足してる」

 その報告に、僕は頷いて、すぐにギルドの状況を整理し始めた。

 

「分かった。全体の状況を把握するわ」

 僕はギルドハウスの中央に立ち、手を叩いて全員の注意を引いた。

 

「みんな、ちょっと聞いて!ギルド全体の状況を整理したいから、手を止めて集まってくれる?」

 

 ざわついた空気が静まり、メンバーたちが僕の周りに集まってくる。その中にユウキの姿がないことを再び感じ、心がじんわりと重くなった。

 

「まず、倉庫の資源が不足しているみたい。装備も十分じゃない。このままではギルド全体が動きづらくなる」

 できるだけ冷静に説明する。ユウキがいない今、僕がしっかりしなければならない。

 

「リオ、カナ、ハル、それから新しく加入したみんな。まずは倉庫の中身を確認して、何が不足しているかリストアップしてほしい」

 僕が指示を出すと、カナが元気よく手を挙げた。

 

「任せて!」

 その勢いに引き込まれるように、他のメンバーも次々に頷いていく。

 

「それから調達の計画を立てるわ」

 僕はメンバーたちを見渡しながら、次の行動を整理した。

 

 資源の調達地は、広大な草原を抜けた先に広がる鉱山地帯。資源が豊富だが、強力なモンスターも出現する危険な場所だ。ギルドメンバーたちはAチーム(カナ率いるチーム)とBチーム(ハル率いるチーム)に分かれて行動を開始した。

 

「ここ、鉱石がいっぱいあるよ!みんなで掘ろう!」

 カナが先頭に立ち、元気よく指示を飛ばす。彼女の明るさに、Aチームのメンバーも自然と動き出す。

 

 僕はカナの後ろに立ち、周囲を警戒する役に徹していた。途中でモンスターの群れが襲ってきたが、メンバーたちの連携で無事に対処できた。

 

「タカコさん、さすがだね!」

 カナが振り返り、そう言った。その言葉に少しだけ胸が温かくなる。

 

 一方、Bチームからの通信が入る。

「順調だけど、リオがちょっと目立とうとしてるみたいだ」

 ハルの報告に、僕は眉をひそめた。

 

「具体的には?」

「他のメンバーが集めた資源を自分で管理しようとしてる。悪気はなさそうだけどな」

 その言葉に胸がざわつく。リオの行動がギルド全体の雰囲気に影響を与えないか、少しだけ心配になった。

 

 資源調達は無事成功し、ギルドハウスに戻った僕たちは、成果を確認し合いながら喜びを分かち合った。

 

「これで装備も整うし、ギルドハウスの強化もできるね!」

 カナの提案に、メンバーたちの間から笑い声が広がる。

 

「みんな、お疲れ様。これだけの成果があれば、ギルド全体が大きく前進するわ」

 僕は全員に感謝の言葉を伝えた。

 

 その時、リオが僕に近づいてきた。彼女の微笑みはどこか無邪気で、何かを探るような印象を与えた。

 

「タカコさん、本当にリーダーとしてすごいですよね。でも、ユウキさんがいれば、もっと上手くいったのかも」

 

 その一言に胸が冷たくなる感覚が走る。リオの言葉に悪意は感じられなかったけれど、その純粋さがかえって突き刺さる。

 

「ユウキがいない間に、私がしっかりしなきゃいけない。それだけよ」

 努めて冷静に返したが、自分の声が微かに揺れているのが分かった。

 

 リオは笑顔を崩さず、「これからもよろしくお願いしますね」と軽く頭を下げて立ち去った。その後ろ姿を見送りながら、彼女の真意が分からないまま胸のざわつきを抑えようと深呼吸した。

 

「大丈夫。僕はやれる」

 自分にそう言い聞かせながら、ギルドの未来のために次の計画を練る準備に取り掛かることを決めた。

 

 

 

 ログアウトパート

 

 ヘッドセットを外した瞬間、部屋の静寂が全身に押し寄せてきた。さっきまで耳に響いていたギルドハウスの喧騒や仲間たちの笑い声が嘘のように消え、冷たい現実の空気が肌に触れる。

 

 僕はヘッドセットをそっと机に置き、椅子にもたれかかった。深く息を吸い込む。けれど、胸の中にあるざわつきが収まる気配はない。

 

「ユウキさん……」

 

 思わず名前が口をついて出た。資源調達に奔走する中でも、ギルドハウスで指示を出す時も、ふとした瞬間に彼の姿を探してしまった。それが当たり前だったのに、もう二週間以上、その場所には彼がいない。

 

 会いたい。

 その感情が胸の奥から湧き上がる。いつも、隣で支えてくれていたユウキさん。僕が迷った時、自然に手を差し伸べてくれる存在。彼がいないだけで、こんなにも自分が弱くなるなんて――。

 

「僕……ユウキさんのことが……」

 

 そこまで呟いたところで、慌てて口を閉じた。急に顔が熱くなる。胸のざわつきが、ますます大きくなるのが分かった。

 

「でも、僕は男だし……」

 

 呟いた言葉が空しく部屋に響く。現実の自分を思い出すたび、この感情が間違いだと思いたくなる。けれど、否定しようとしても、その思いは胸の奥から消えてくれない。

 

 ベッドに腰を下ろし、顔を両手で覆った。

 

 悠真さんの言葉がまた頭の中をよぎる。

 

「好きだからじゃね?」

 

 その一言が、僕の心を鋭く突き刺していた。そんなはずはない。否定しようとするたび、その感情の輪郭が、かえってはっきりと浮かび上がる気がする。

 

「僕は、どうすればいいんだ……」

 

 呟いた声が静かな部屋に吸い込まれていく。冷たい空気の中で、僕の心だけが熱を帯びていた。

 

 夜は更けていく。僕は部屋の天井をぼんやりと見つめながら、自分の気持ちを必死に押し込めていた。でも、それがどれだけ無意味かも分かっている。

 

「次に会った時……僕は、何を言えばいいんだろう」

 

 胸のざわめきと一緒に、新しい問いが浮かぶ。答えは見えない。それでも、どこかでユウキさんに再会できる日を思い描いてしまう自分がいる。

 

 静寂の中で、僕はまた小さく息を吐いた。

 この感情と向き合うには、まだ時間がかかりそうだ――。

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