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最後の晩餐

「でも未成年の飲酒は法律で禁止されているだろう?」

 未成年の飲酒について、話を蒸し返したのは葵だった。


「法律とは、秩序を維持するための規範です! 皆さんお忘れになっていませんか? ここは、殺人が許された館ですよ。この館に秩序もクソもないでしょう! どうしても、その法律とやらが気になるのであればこう考えてください。――――バレなければいい、と」


 言っていることがめちゃくちゃだ。

 だが、人生で一度も法律を破ったことのない人間なんて、世の中に一割もいるのだろうか。


「でも、この館を出た後にバレるんじゃ……」

「だから出られないって言ってるだろう!」

 葵の言葉を遮り、アベルは声を荒げながらテーブルを叩いた。

 あまりに大きな音で、体がビクリと反応した。


「何度も言わせるなよ、面倒くさいなぁ。そもそもお前らはここ(鉄の檻)から出られない。――法律? そんなの守ってる奴なんているか? 例えば、道端に唾を吐き捨てたことは? スーパーのレジで多く貰ったお釣りを返さなかったことは? 薬局で処方された薬を他人に渡したことは? 使わない野球バットを車に置きっぱなしにいていたことは? SNSでデマを拡散したことは?」


 皆、ギクリとしたことをごまかすように背筋を伸ばしたり、目が泳いだり落ち着きのない様子だった。


「一つでも身に覚えがあれば、それは既に法を犯している」

 いらつきを抑えつつアベルは話を続けた。

「皆、バレなければいい。誰にも見られなければ大丈夫だ。例え見られたとしても、チクらないでくれよ? そう言って他人まで共犯にする。軽犯罪なんて知らない人間も多い。世の中そんなもんだろう? お前らはそんな人間だろう? そうだよ! バレなければいいんだよ! こんな山奥に立つ館に警察なんて、お前らが呼ばない限り来ない。そして、お前らは警察を呼べない――違うか?」


 何故、アベルは私達が警察を呼べないと考えているのだろう。何故、誰も警察を呼ばないのだろう。スマホからたった三桁の数字を打ち、「助けてください」この一言を伝えるくらい、何ら難しい事ではないはずなのに。

 既にこの館で法は破られ、殺人が起きたというのに。


 淀んだ空気の中、一人の男が椅子から立ち上がり、アベルへ向かってずかずかと歩き出した。

 彼は北原優作、アベルに暴言を吐き、自己紹介の場でも特に話をすることなく婚約した彼女に尻拭いまでさせた、傲慢な態度の男だ。


 「ふざけんなよクソガキ! さっきからわけわかんねえこと言いやがって! 大人をなめてんじゃねーぞ!」


 外見は内面と比例するというけれど、その通りだ。と彼を見て証明された。人は見た目で判断してはいけない、という言葉を疑ってしまうほど。今見ている光景はまさにその逆ではないか。

 金と茶の混ざった汚い頭髪を揺らしながら、顔を真っ赤にして癇癪を起す優作を、白けた目で見ている未成年達。

泣いても怒ってもどうにもならないことくらい九歳の子供でも理解できる状況で、優作は頭痛がするほど雑音のような声を出している。


 鬼の形相で向かってくる優作に、物怖じせずアベルは余裕すら見せて彼を凝視した。相変わらず生気の失った目で。

 大人と子供の対格差は明らかなのに、まるでアベルの後ろに守護神がついているかの如く、小さい背中は大きく見えた。


「優作さん、何故そんなに怒っているのですか?」

「これが怒らずにいられるかって! 死ぬだの、ここから出られないだの、適当なこと抜かすんじゃねぇ! ガキに何ができるってんだよ!」

「ガキをなめてもらっちゃ困りますよ」

「このっ、クソガキが! 殴るぞ!」

「どうぞ、殴ってください。言ったでしょ? 殺してもいいんですよ?」


 大人が子供を殴るのは流石にまずい、と大人たちは慌てて止めに入ろうと立ち上がった。

 優作は右手の拳を固く握りしめ、左手でアベルの胸ぐらを掴もうとしたその時――。

 目にも止まらぬ速さで、優作の左手は弾かれた。


(今、何が起きたの?)


「そこまでです。優作様、拳を下ろしてください」

「は?」

「優作様、席にお戻りください」

「ふざけんなよ。クソ爺い……」


 優作がアベルの胸ぐらを掴もうとした瞬間、アベルの世話係である牧村が何処からか現れ、何処からか竹刀を出し、目にも止まらぬ速さで優作の左手を弾いたのだ。

 その竹刀は今、優作の喉へ向けられている。


 お互い凝視したまま数秒が立ち、やがて失っていた我を取り戻したように優作は「チッ」と大きく舌打ちを吐き捨てて、自分の席に戻るとだらしなく座った。

 茹でたタコのよう真っ赤に染まった顔は、童話に出てくる角の生えた赤鬼そのものだった。


 全員の視線を集めた優作は「見てんじゃねぇ」と鬼の角は引っ込まないまま、誰彼構わず睨み続けた。

 流石に後味が悪いだろうと、情けをかけそうになった反面、自業自得だと私は心の中で嘲笑ってしまった。


「白けてしまいましたね~。優作さんどうしてくれるんですか? まぁ、見ての通り僕を殴ろうとしたら、牧村が黙っていませんよ。 こう見えて牧村は剣道七段の持ち主なんですよ! 優作さんのように返り討ちにならないように気を付けてくださいね! 勿論ダメというわけではありませんよ? 僕も刺激が欲しいので! もし僕を殺せたら賞賛と賞金を差し上げたいくらいです! とても勇敢でしたよ? 優作さん」


 なんて悍ましい少年だろうか。

 図体のデカい大人が殴りかかろうとしているにもかかわらず、眉一つ動かさない。怯えるどころか寧ろ相手を挑発するアベル。

 そのアベルを守る牧村。

 敵(優作)と戦うのはアベルではなく牧村だというのに、もっと来いといわんばかりに刺激を求め、あえて挑発するなんて子供のすることではない。人を駒とでも思っているのか。


 私はふと、思い出した。


『――僕を殺すもよし。……殺せるものならね?』


 できるものならやってみろ、自信満々に胸を張ってにやりと笑みを見せたアベルの顔が脳裏に張り付く。

 

 アベルの守護神、牧村。

 剣道七段の持ち主がどれほど強いか、素人の私でも知っている。

 彼がアベルの側にいる以上、私達はアベルを殺すなんて不可能だということが、ここへ来てたった数時間で証明された。


「さぁ、夕食を食べましょう! まずは乾杯から。皆さんグラスを手に取って!」


 私達は葡萄酒の入ったグラスを手に持ちまばらに宙へ上げた。躊躇していた優作も少し遅れて同じ動作をした。


「ずっとこの日を待っていたんです~! とてもめでたいですね~! これから何が始まるのか、とても楽しみにしていますよ! 思わず胸が躍ってしまいそうだ! ――では! 皆さん、『ようこそ! 天国へ! カンパーイ!』」


 地獄の門は開き、舞台が幕を開けたかの如く、体を蝕む病気が感染していくかの如く、一三個の赤に染まったワイングラスが何度もぶつかる音が館に響き渡った。


 それが後に、悍ましい後遺症を残すとも知らずに。




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