生きるための自己紹介
「はじめまして。神原美紀です!」
できるだけ明るく、愛想のいい葵のように、笑え。
「この館には、誕生日のお祝いで招待されました。気軽に話しかけてください! 短い間ですが、よろしくお願いします!」
「へぇ~誕生日! 何歳なの?」
私の紹介を終えると、葵が反応した。
「十七歳です!」
「おっ! 年近いと思ったんだ~! 仲良くしよう!」
何だコイツ、心の中で煙たがってしまったことは秘めておこう。
「嬉しい! けど、私は葵くんの一つ上の先輩ですから、タメ口はやめてね!」
案外聞き分けはいいらしく、葵は小さく「すいません」というと、しょんぼりした様子で目線を下に下げた。
――私は二つ嘘をついた。
まず、この館へ招かれた理由は誕生日のお祝いではない。
もう一つ、私は十七歳ではない。
嘘をついた理由も二つある。
一つ目は男たちの視線だ。
癖のない長い黒髪に、すらりとした細い体格。そして、ふくよかな胸を持つ私は、先程からチラチラとこちらを見る大人の男たちに困っていた。
私の容姿は努力の結晶ではない、自然の摂理で出来上がった美女だ。
館という閉鎖された空間で、私が無口で気弱だと知れば、野獣たちが許可なく襲い掛かってくるかもしれない。
学校でも女は寄ってこないのに、男はわんさと寄ってくる。故に恨まれることも少なくはない。厄介ごとに巻き込まれるのは、懲り懲りなのだ。
だからわざと葵のように明るく振舞うことで、どこにでもいる普通の女子高生だと証明してみせた。
葵のタメ口は別に気に留めてはいないが、『私は貴方よりも年上だ。タメ口は辞めろ』と言うことで意思表示し、気弱ではない、しっかりと断れる人間だと示した。
実際のところ私と葵は同い年で、ここへ招かれた理由も同じだ。彼には申し訳ないが利用させてもらった。
私の自己紹介は終わり、次に隣に座る人が挨拶をする番だが、私の隣は空席だ。つまりここはアベルの席。
現在十八時を過ぎても、アベルは夕食の席に着いていない。
「じゃあ、次は私ですね」
幼い容姿から想像のつかないほど聡明に話し始めたのは、真っ赤なワンピースを着た女の子だった。
「織田杏奈です。九歳です。ピアノコンクールで金賞を受賞し、ここへ招かれました。皆さん、よろしくお願いします」
淡々と、礼儀正しい挨拶をこなす幼女はたった九歳とは思えなかった。
フロアで国見啓介が殺された時も表情一つ変えず、ただその光景を凝視していた。
杏奈の表情からは何も読み取れない。ただの恐いもの知らずなのか、あるいは自分の感情を殺し何事にも無関心なのか。
赤とは、情熱や愛を示す色。
この小さな女の子に真っ赤なワンピースは似つかわしくない。この子は何者だろうと、不気味にさえ思う杏奈を警戒することにした。
「杏奈の母、織田めぐみです。私は娘のピアノコンクールで金賞へ導いた親として、館へ招待されました。素晴らしい母だとアベルさんが手紙に書いてくださって……隣にいるのは夫も同じくして招待されたのです。よろしくお願いします」
「杏奈の父、織田創です。ここへ招かれた理由は妻が言った通りです。私は不動産業を営んでおります。ここで出会ったのも何かのご縁ですし、物件探しなら是非私にお声がけください」
織田めぐみは、フロアでアベルの前に膝をついて命乞いをしていた女性だ。隣にはめぐみのその姿を見下すかのように見ていた織田創が座っている。
夫妻の年齢は恐らく四十前半位だろう。
織田家族の身なりを見るに、かなり裕福そうだ。
めぐみは参観日に行くかのようなベージュのジャケットにスカートのセットアップを着こなし、有名ブランドのブローチやネックレスを身に着けている。
創も同じくブランド物のスーツを着た出で立ちで、光が当たるたびに思わず目を細めてしまう金色の腕時計を付けている。
(なるほど。プライドの高そうな毒親か)
この二人の子供なら、杏奈の感情を殺したような無関心さにも納得がいく。
自分の意見が言えない子供、いったところで聞く耳を持たない親、そんなところか。まぁ、単なる憶測にすぎないか。
真っ赤なワンピースも杏奈自身が好んで着たわけではなく、着せ替え人形のごとくめぐみが選び、着せたのかもしれない。
そして、自己紹介は続いた。
「ぼ、僕は間口誠です。ええと、十五歳で――」
「え? 誠くん老け顔だね~年上かと思ったよ!」
「あ、はい。よく言われます」
私は怪訝して一瞥すると、葵はハッとした顔をした後すぐに目をそらした。
(また水を差すようなことを……)
黙って聞いていればいいものを、何故こうもじっとしていられないのか、謎だ。陽気なうえに馬鹿とは救いようがないな。多種多様と言われれば、それまでだが。
「館にはネット小説で賞を頂いて、そのお祝いで招かれました」
「へぇ! すごーい! ネット小説ってライトノベル?」
「は、はい」
「タイトルは~? 検索してみよっと」
瑠夏はズボンのポケットからスマホを取り出した。
「それは……内緒です」
「え~? 何で~?」
「小説って、じ、自分の頭の中を除かれている感覚なので、あまりリアルな人には教えたくありません」
「ええ! 残念。まぁでも、誠くんのリアルになれるなら我慢するか~」
誠は咳払いをして、瑠夏に遮られた自己紹介を続けた。
「僕はあまり話すことが得意ではないんですけど、話しかけてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
彼は館のフロアで「明日、地球が滅亡するとしたら何がしたいですか?」というアベルの問いに、「絵を描いていたい」と答えていた。
絵を描きながら、小説も書き、さらには賞を受賞するとは、多趣味なうえに実力者だ。ここへ呼ばれるに一番ふさわしい人間なのかもしれない。
見た目は葵とは真逆で、話し方も相まってか、如何にも陰気な雰囲気がある。
運動を好んでするようにも見えないし、友達が多そうにも見えない。
私と同類か?
いや、違う。漂う雰囲気は私のほうが人間っぽい。だが、似た匂いのする誠には少し興味が湧いた。
招待客の自己紹介も終盤に近付いてきた。
最後は、きょろきょろとぎこちなく目玉を動かし、怯えた様子の老夫婦だ。
それもそのはず、ここは殺人が許された館で、実際に殺人は起きたのだから。
怯える、これは最も人間らしい正常な感情だ。寧ろ、怯えもせず、淡々と自己紹介をしている私達のほうが異常ともいえる。
不思議なことに、人生で死期が近い人ほど殺人に怯え、死期が遠い人ほど落ち着いている。
若さゆえの生き抜く自信の表れか、あるいは現実逃避か。
「斎藤キクです。私は七一歳です。ここには夫の還暦祝いでお招きいただきました。こんな年寄りを祝っていただけるなんておこがましいですが、きっと人生最後の旅行なので有難く思います。よろしくお願いします」
「斎藤時司です。皆さん、よろしくお願いします」
震えながらも、ゆったりといた口調で話す老夫婦は、穏やかで和やかな印象。
年の差がある老夫婦は、花が咲いたように笑うキク、すべてを包む青い空のような時司。二人からはまるで穏やかな春のような、温かさを感じる。
小さい子供から、老夫婦まで招かれた館――一体、何の目的で?
死と隣り合わせの館。殺人が許された館。
何故、私達が招かれたのか。
『お前の罪を知っている』
招待状の最後の一文に綴られた一文。
もし、この一文が招待客十二人全員の手紙に書かれているとしたら。
―――――お前の罪、この言葉が誰の声でもない音で、何度も脳裏を反芻する。
罪――――。
館に招かれた人たちの共通点。
私の頭には、ある文字が浮かんだ。
――――犯罪者?