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生きるための自己紹介

 十八時、食堂にはアベル以外の全員が揃っていたが、不穏な空気が漂っていた。

 横に長いテーブルには、既に料理が並べられていた。五種類のパンに、人数分の空のワイングラス。

 バターロールにクロワッサン、ベーグルにバケット、そしてツイストパン。一見、夕食はこれだけかと不満が口を突いて出そうだが、一つの種類が三十個ほどつまれていて結構な量だ。


 パンの中にチーズやウィンナーが入っているわけではない。並べられたパンたちは、この西洋風の館に似合った食事ではあるが、味がするか否かも曖昧なほどにシンプルで、お店に行けば主食として買うものではなく、デザートとして買うようなものたちばかり。

 けれど、バターの甘い香りが漂い、食欲がそそられる。


「あの~、自己紹介しませんか?」


 不穏な空気の中、第一声を発したのは菅葵だった。

「アベルが殺人とか言ってましたけど、一応僕たち祝われに来たんですよね? これがドッキリということもありますし、なんかこうスリル満点宿泊みたいな。んー、難しいな。例えば明日死ぬかもしれなくても、生きるために仲良くなりませんか?」


 菅葵の言葉にいち早く反応を示したのは、フロアでアベルの前で膝をつき、物乞いをするかのように許しを乞うていた母親だった。


「それもそうね。そもそも私達初対面で殺し合うなんてことはないだろうし、だって理由がないもの。私達を殺すのだとしたら、あのアベルって子でしょ? 小さい子供相手にこっちは大人七人。あの子が勝てるわけないわよ」


 彼女の言う大人に私や葵は含まれていないらしい。

 確かにそうだ。私達は初対面で殺し合う理由がない。

 だから、もし私達が何者かによって襲われるとしたら、その何者かとはまずアベルを疑うことになるだろう。

 しかし、何故アベルは私たちを? という疑念。考えられるとしたら、アベルと私達には過去に面識があった。こちらは覚えていないが、何らかの理由でアベルの逆鱗に触れ、勝手に恨まれた可能性がある。

 まぁ、なんとも理不尽な話だがありえないことではない。


 そして、菅葵の『祝われに来た』という言葉から、皆の招待状にも同じような内容が書かれていたことがわかる。

 最後の文章を除いて。


 正方形の長いテーブルに一面だけ並べられた椅子。向かい合わせではなく、私達は横一列に並び座っている。

 自己紹介は左に座る人から始まった。


「では、私から……中村舞香です。ええと、何を言えばいいんだろう。二四歳で……隣の彼、北原優作とは婚約をしています。この館には、婚約祝いで……。よろしくお願いします」


 茶髪でセミロング、白いワンピースを着た小柄な体格。出で立ちは清楚で、控えめで物腰柔らかい印象、可愛らしい女性だ。

 挨拶の最後の笑顔には、人を虜にする魅力がある。男はこれを美女と呼ぶのだろう。


 隣には舞香に不釣り合いな、金と茶が混ざった汚い髪色で長身の男性が座っている。

 人は見た目で判断してはいけないというが、何かに例えるくらいなら許される、というのが私の持論だ。

 彼は見るからに凶暴な野獣のような容姿だ。


 彼は先程、アベルに対して「ふざけんなクソガキ! いいから早くこんなところから出せ!」と暴言を吐いた男。

 優作は「左の同じ」というと腕を組み、だるそうに俯いて傲慢な態度をとった。

 舞香はその態度をカバーするかの様に、「同い年なんです」と苦笑した。


 ※読みやすくするために、自己紹介後は下の名前で書きます。久しぶりに登場するシーンなどはフルネームで書きます。


「東野謙です、三三歳です。私は外科医をしていて、この度は開院祝いで館へ招待していただきました。そして、隣にいるのは娘の瑠夏です。六日という短い間ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


「瑠夏で~す。 十五歳です~! よろしくね~!」


 謙は礼儀正しい挨拶をした。

 紺色のシャツに黒いボトムを着た出で立ちで、医師というだけあってか、堅実な服装に聡明な話し方。真面目な父親という印象だ。

 本当にこの父親と血がつながっているのか? と疑いを覚えるほど、如何にもギャルの娘が隣に座っている。


 瑠夏は肩とへそを出したピンク色のトップスに、黒いショートパンツという若々しいファッション。最近の流行というより、ひと昔前のものに思える。金色の長い髪をくるくると巻き、耳には銀色の大きなピアスを揺らしている。


 これも私の持論だが、話すときに言葉の語尾を伸ばす人間と、私は反りが合わない。


「ええと、菅葵です! 十六歳です! 僕はイケメンなのでこの館に呼ばれたんだと思います! アハハ、冗談です! 高校入学祝でここへ来ました。 仲良くしてください!」


 頭を掻きながらいう彼の冗談に、心の底から笑う者は居なかった。目の下にあるホクロが特徴的な、甘いマスクで整った顔立ちの彼に、優しさで苦笑いを浮かべる女達を見て、顔と愛想がいいのは得をするのだ、と学んだ。


 愛想がいい、か。

 正直彼は馬鹿なのか、空気が読めない馬鹿なのか、それとも安保なのか、今はまだ不明だ。


 そして遂に、自己紹介は私の番へと回ってきた。

 私は葵ほど愛想もないし、根も明るい性格ではない。けれど、ここで普通でないと判断されてしまったら。誰よりも先に消去されるのは避けなければならない。

 第一印象は大事だと、昔誰かに教わった。

 教わったことや独学で学んだことは全て吸収したつもりだ。案外容易なことだった。それ以降私は何者も演じることができるのだ。


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