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何者


「正直、私が館に呼ばれた理由気にならない?」


 気にならないといえば嘘になる。この館に呼ばれた人は皆殺人者だとアベルが証言もあり、現実に殺人が起きる館だと理解した今となっては、過去のことにさほど興味はない。が、友人である瑠夏の過去の話は耳に入れておくのも悪くないかもしれない。


「お母さんを殺したのは、私なの」

 

 もう驚きすらしない瑠夏の爆弾発言にも、毎日のように館内で殺人が起きる環境にも慣れ、正直感覚が麻痺している。

 意外だなと思ったのは、瑠夏の母――瑠美を殺したのは、てっきり謙だと思っていたからだ。

 医療実験をしている時、自分の愛する女性を――など考えてもおかしくないほどの狂人だからだ。よくよくは同じ遺伝子を持つ瑠夏にも興味を示すのではないか、とさえ予想してしまったが。


「そっか。辛かったね」

 

 私はわざと哀れみの言葉をかけた。

 何故なら血のつながった母を殺したい、と思うほどの何かがあったのではないか、殺さなければいけない事情があったのではないか、と考えたからだ。

 その哀れみをひっくり返すように、瑠夏は不思議そうな顔をした。


「どうして?」

「何か、事情があったんでしょう?」

「事情……事情か〜。そうだね〜パパとの関係がバレたからかな」


 瑠夏の母、瑠美は知っていたのか……いや、知ってしまったのほうが正しいかもしれない。


「怒られた? まあ、そもそも瑠夏が怒られるわけないか。瑠夏よりも怒る相手が他に居るはずだし」

「いや? 怒られてないよ。ただ泣いてた。ずっと泣いてたよ」


 さぞ、辛かっただろう。旦那と娘が不貞行為をしているだなんて。愛する旦那と自分の腹を痛めて産んだ子供が、そんなことをしているだなんて。

 死んでしまいたくなるだろうな。

 けれど、何故瑠夏は殺したのだろう。父との関係をバレたからといって、殺すまでに至るだろうか。


「瑠夏は、お母さんのこと嫌いだったの?」

「ううん、大好きだったよ」


 母を殺したという事実を、私に話すことですっきりしたのか穏やかな笑みを浮かべた。

 けれど、これ以上は踏み入ってはいけない。瑠夏の母の話はこれで終わりだと、瑠夏の顔が告げている気がした。


「そっか。この世からお父さんなんて消えればいいのにね」

「え? 何かあったの?」


 意外な反応だった。父のことをこの上なく愛する瑠夏なら、父のことを庇い、怒ると思っていた。


「私の父はね、私に興味がないんだ。家に帰るといつもいないし、ご飯も作ってくれない。くれるのはお金だけ。だから嫌いなんだお父さんのこと」

「そっか〜お父さん冷たいね」

「瑠夏はお父さん好き?」

「うん」

「羨ましい。私は隙さえあれば殺したいと思うよ」


 瑠夏はハッとした顔をして、何か考え込むように顎に指を置いた。


「美紀のお父さんもここへ招待されてたらよかったのに。そうしたら私が殺してあげたのに」


 そう言って微笑む瑠夏は、一瞬今朝の葵と重なって見えた。

(なんだろう……この違和感)



 国見が部屋をノックして、朝食が運ばれてきた。

 予定よりも大分遅い朝食を、瑠夏と二人で頂いた。

 この館の中で、唯一心乱れることなく摂れる朝食だった。普通は皆で摂る食事が一番美味しい、と聞くが私はそう思わなかった。一人だろうと二人だろうと十三人だろうとご飯の味は変わらない。

 館での一つ目のルール『生きている全員で食事をすること』は、今日初めて破られた。



 今朝の事件によって葵との関係に亀裂が入ってしまった。それでも葵とは六日間一緒に過ごした友人に変わりはない。あの後のことが気掛かりで、国見に聞いたが「あいつは落ち着いているよ」と一言だけ教えてくれた。


 まぁ、逆だろうね。

 それは国見の顔が物語っていた。二人がどんな関係性かは知らないが、ただの館のコックと一人の招待客というわけではないだろう。


 以前から葵の口から何度か国見の名前が出ていたし、今朝葵が誠を殺した時も、駆けつけてきた国見は「葵、お前何やってるんだよ。遂にイカれたか?」といった。それに対して葵は「ハッ。元々ここにいる全員イカれた連中でしょ」と返した。

 たった二度や三度会っただけの人間が、年齢差もある中で下の名前を呼び、タメ口を聞くだろうか。

 二人はなんらかのの形で知り合いだった、そしてアベル側の人間、つまりグルってことだ。

 今更どうでもいい話だが、手のひらで転がされていたのではと思うと、面白くない。笑えてしまうほどに腹が立つ。

 

 

 朝食を終えて、瑠夏は部屋を出る時「明日が楽しみだね」といった。

 私はそれに対して「うん、最終日だからね」と返した。

 すると、瑠夏は「美紀、死なないでね。明日は私が待ちに待った日だから。いいものを見せてあげる」。そう言って自分の部屋へ戻っていった。


 胸がざわついた。嫌な予感がする。

 余計なことをしないといいのだけれど。明日乗り切れば本当にここを出られるのだろうか。

 私は最後まで生き延びれるのだろうか。



 十一時半頃、再び部屋の扉がノックされた。瑠夏が来たのかと部屋を開けると、気まずそうに国見が扉の前に立っていた。

 

「どうしたんですか?」

「いや、昼食なんだが〜アベルが部屋で食べろと」

「そうですか、わかりました」


 肉うどんとおにぎり、大根の漬物が乗ったおぼんを受け取り、テーブルへ置いた。

 そのまま去るだろうと思っていた国見は、扉の前でまだ何か言いたそうな顔をしているが、無視して閉めようとした。


「なあ、あんた、何者なんだ?」



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