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私の罪

  瑠夏の手握りしめて部屋へ戻った。

 ショッキングな光景を目の当たりにして俯いたままの瑠夏をベッドに座るよう促し、私は小さな部屋の冷蔵庫を開けた。


 先程の状況と、悪魔めいて見えた葵にほんの少しだけ怖気付いた。乾き切った喉を潤すために、ペットボトルの水を取りだし無理やり飲み込んだ。

 喉の渇きがあまり癒えた気がしないのは、逃れようのない現実が目の前にあるからだろうか。

 私は瑠夏に視線を向けた。


「ねえ、瑠夏」

 呼びかけに返事がない。壊れてしまったか。この普通でない環境にいれば、そりゃ精神もおかしくなる。その上おかしくなった父は、あの状況で愛する娘である瑠夏を守ることもせず、死人に化け自分の身を案じでいた役立たずだ。

 私はベッドに腰を据えて、背中に手を当てた。


「ありがとう美紀。もう大丈夫だよ」

「そうは見えないけど」

「うん。実はね?」

 無理矢理笑顔を作ろうとする瑠夏に私は目を細めた。

 笑顔が歪んでいる。もう限界なのだろう。元々心の強い子ではない、優しい子なのだ。

 ただ、世の理を知らないだけの、根は優しくて良い子だ。


「どうしてこうなっちゃったのかな〜。何でアベルは私達にこんなことをさせるんだろう」


 何故か。

 私にもはっきりとした明確な理由はわからない。ただ愚かな人間の殺し合いを面白がっているように思える。

 けれど、これだけの人数を集めて殺し合いをさせたところで何の意味が、何の利益があるのだろう。


 つまらない日常を変えたかったのか、子供が遊ぶゲーム感覚なのだろうか、あるいは別の目的があるのか。

 普通なら疑問に思うはずだ。


「わからない。映画の影響かもね。ほら、あの位の年頃の男の子ってそういうのに憧れるでしょ?」

「それでもやっちゃいけないことだよ」


 何故この子は。


「そうだよね。ダメだよね」


 アベルが悪と思っているのだろう。


「私も死ぬんだ、アベルに殺されるんだ」


 アベルが人を殺したことなんて、ないというのに――。


「大丈夫。アベルは瑠夏を殺さない。私がそうはさせない」


 私が絶対そうはさせない。


「ありがとう、美紀。美紀がいると心強いな〜。本当に生き延びれる気がしてきた!」


 アベルに瑠夏は殺させない。私の為に。


「実は私ね、ここへ来る前は友達が一人もいなかったんだ〜虐められていたこともあるの」


 突然の暴露に驚いた。コミュ力はある方だし、人に対して分け隔てなく接する瑠夏が虐められていたなんて。友達は多い方だと勝手に思い込んでいた。


「そうだったんだ……」

「パパのこと話しちゃってね。周りみーんな引いてたよ〜。その後はひとりぼっち」


 笑いながらいう瑠夏だが、その笑顔は無理をしてるように思える。「パパのこと」というのは、実験のことだろうか、あるいは親子の性的関係のことだろうか。どちらにせよ、独りというのは辛いものだ。それはよくわかる。


「でも館に来て、美紀と出会って、葵と誠くんと話している時楽しかった〜! まあ、もう誠くんは居ないけどね」


「私も同じだよ」

「ん?」

「私も瑠夏と出会うまで、一人も友達がいたことないよ」


 瑠夏は少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく笑った。

 その表情からは哀れみ、同情心、安心感、全てが入り混じっているように思えた。

 こういう時、微笑むのが一番感動するのだろう。だから私も微笑み返した。


「初めて、自分のこと話してくれたね」

「そう……かもね」



 徐々に心もが落ち着いてきて、歪んだ笑みではなく、本心で笑えるようになったことに安堵した。

 安堵したばかりだというのに、瑠夏は重大な何かを発言するような気がした。それは瑠夏の表情が一瞬にして変わったからだ。父との関係を暴露する時、父が人間で実験し人を殺していた時、瑠夏がサラッとやばいことを言う時、決まって、平然と真顔になる。そして、ごく当たり前のように話す。


「美紀に教えるよ。私の罪はね――――」


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