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磔刑

 館の入り口には二本の木柱がある。柱と柱の間は、大人が両手を広げでも充分届く距離だ。

 普段なら目につく古い茶色の扉が見えない。

 何かによってその扉が隠れているからだ。私達は何を見せられているんだ。

 こんなにも残酷な死をこの時代に、目の前で見ることになるなんて思いもしなかった。


 既視感がある光景、これはどこかで見た。いや、頭が混乱しているせいか、都合のいい言葉ばかり並べるのはやめよう。

 つい昨日、誠の絵で見たもの――女性の磔刑の絵。

 そのものだ。誠の描いた絵と何一つ変わらない現実がすぐ目の前にあるのだ。


「何……これ……」

「キャー!」

 

 私の後ろで悲鳴のあげたのは瑠夏だった。

 瑠夏は腰を抜かし手で口を塞いだまま、何やら声にならない声を上げているが、私には聞き取れなかった。

 耳がキーンとする。具合が悪い。

 虚な目で再度、目の前にあるものを見る。


 ある疑問が浮かぶ。

 目の前にあるのは、死体だ。

 これは誰だ?

 体に凹凸があることから、女性だと見受けるが。今この館にいる女性は私を含む四人。

 瑠夏ではない。杏奈にしては大きすぎる。

 …………めぐみ。めぐみか。ああ、見せしめの刑に処されたのは織田めぐみだ。


 何故、こんなにも近くにある死体が誰なのか判別できなかったのには理由がある。

 手首と足首は二本の柱に釘で打ち付けられて固定されており、腹や胸には無数の切り傷。そして、顔がぐちゃぐちゃなのだ。目は潰れ舌は伸びている。この者が女性から男性かも判別できないほどに真っ赤な血を流し、ぐちゃぐちゃに潰されているからだ。


「おい、なんだよこれ」

「葵くん……」

「まさか……ありえないよな? 嘘だろ?」


 葵は見せしめの刑に処された者が、誰なのかすぐにわかったらしい。

 怪しい。

 私は女性から男性からすらも判別できなかったというのに。何故、この男は駆けつけてすぐにめぐみだと理解したのか?

 

 手を震わせながら死体に触れようとする葵に私は言った。

「葵くん……触らない方がいいよ」


「めぐみさん……」

「…………どうして、わかったの?」

「え?」

「この人がめぐみさんだって、どうして……わかったの?」


 少しの間を置いて、葵は答えた。


「肩に、ほくろが三つあるから」


 ああ、そうか。この二人はそういう関係だった。

 この館に来て、葵とはそこそこ仲良くしているが、そのことを知ったのはごく最近だ。それに葵がめぐみとの関係を自分から話すこともなく、聞き出そうてしてもうまく交わしたり、濁しして話すのが上手い。

 だがら、一瞬間を置いたのだろう。感情を抑えるために、考えるために。


 めぐみが死んだ、ということはこの館での死者はこれで六人目。

 私は、はたと思い出した。取り残された一人の少女を。

 杏奈は――?


 周りを見渡すが、どこにもいない。どこかで隠れて泣いているかもしれない、と二階を見やる。

 ――いない。なら部屋か。


 フロアを離れる際、葵に「どこいくの」と声をかけられたが、無視をしてそのまま二階へ走った。

 杏奈を探さないと。このままでは可哀想だ。あんな幼いたった九歳の子供を放っておけない。創にめぐみまで杏奈を残してこの世を去るなんて、この世はなんて不条理なんだ。


 急いで杏奈の部屋へ向かった。すると小さく空いた扉から目を擦りながら杏奈が出てきた。

「杏奈!」

「あれ、美紀さん?」

 私は息を切らしながら必死に伝えようとした。

「杏奈ちゃん……あのね、お母さんがっ」

「おはようございます」

 私が続きを言えなかったのは、アベルが言葉を被せてきたからだ。

「アベルさん、おはようございます」

「杏奈ちゃん、こちらへ」

 アベルは杏奈に手を差し伸べるが、杏奈は私を一瞥して、アベルに視線を戻した。

 アベルの手を取らないのは、私が息を切らしていることと、言いかけた言葉が気になり、混乱しているのだろう。


「杏奈ちゃん、お母さんがね」

「杏奈ちゃん、こっちに来て」

 杏奈はアベルの低い声に恐れをなし、小走りでアベルの元へいき手を握った。


「美紀さんは食堂へ」

「私は杏奈ちゃんに話があるの」

「なら、僕が代わりに聞きますよ」

「結構。杏奈ちゃん…………お母さんにお別れを言いに行こう」

 杏奈は目を丸くした。あわあわと口を開けて茫然としていた。これで察しただろう。もうこの世にめぐみは、杏奈のお母さんはいない、ということを。


 少し視線を下に向ければ、今杏奈のいる位置から恵の死体を見ることができるということをまだ気づいていない。だが、アベルは気づいているだろう。

 何度も私から目を逸らし、下を見ては杏奈を見るを繰り返すアベルは、杏奈が無惨な姿になっためぐみを見ないよう気を遣っているのだから。


 この館では、殆ど死体とお別れもできずに片付けられる。葬儀も何もしない。花を供えて手を合わせることもしない。その死体が何処に行くのかも知らずに。

 だからこそだ。私は視線を下に向けた。最後くらい、まだ形ある母の姿を見たいだろう。私の視線の先を追うように杏奈も視線を動かしたその時、アベルは杏奈の腕を引っ張り、強引に二階の中央の部屋の中へ連れて行った。


 扉を閉める際、美少年の刺さるような鋭い眼差しに、少し怖気付いた。


「アベルの部屋……なんで……私は入れないのに」


 

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