一連の黒幕
牧村と私が食堂に戻る際、無言でいることに気まずいと思った私は「朝食はなんですか?」と訊いた。
すると牧村は「今、そんなことが気になりますか」と怪訝な顔をした。
「私、何か間違えましたか?」
と訊き返すと、「いいえ。どうか貴方はそのままでいてください」と言われた。
(何だか、嫌われてるな)
昼食を終えて談話室へ向かう。扉を小さく開けると、何やら噂話が聞こえてきた。三人の男女の入り混じる声。
コソコソと小声で話しているのは、瑠夏と葵そして誠だ。
「何の話?」
何となく盗み聞きしていたことに後ろめたさを感じ、わざと勢いよく扉を開けた。
「あー美紀!」
「ちょうどいいところに」
私は椅子に座るよう促された。
「この館で何度も起きた事件のことで話していたんです」
あぁ、また犯人探しか、と呆れてあくびが出そうだ。
「黒幕がいるんだよ」と葵はいう。
ハッとした。
(黒幕? どういうこと?)
「誰かが館内の事件を動かしているってことだよ」
「そんなことあるわけないでしょ? 舞香や斉藤夫妻に至っては自殺だよ〜? そんな頭のキレる人間いるわけない」
一瞬、脳裏に思い浮かんだのはアベルだった。
「そんなこと誰から聞いたの?」
「これは、なんと国見啓介さんからの噂なんだよ」
ということは、アベルと繋がっている可能性がある。国見啓介個人の意見ではなく、アベルが話していたことか?
国見啓介の名前を出した途端、大きく目を見開く誠を無視して、瑠夏が口を開いた。
「てか、なんで国見啓介と仲良くなってるの〜?」
「まあ、成り行きで?」
「本当人懐っこい性格だわ〜」
「待ってくださいよ! 国見さん生きてるんですか?」
「ああ、言い忘れた。生きてるよ〜」
ぎこちなく目玉を動かし戸惑う誠に、瑠夏が平然と答える。
「マジですか。凄いな」
何故か感心する誠をまた無視して私は口を開いた。
「話を戻そう。その黒幕って誰?」
「それがわからないんだよ」
葵は首を横にふった。
黒幕――館内で起きた事件を全て動かせる人間。人の行動や心理を操れる人間。
(アベルしか浮かばない)
すると、誠は顎に指を当て小声でいう。
「大変言いづらいのですが、謙さんは? お医者さんですし、頭もいいでしょう?」
「あー、パパ? 最近頭おかしいから無理だよ。しかも人に興味ないし、あるのは体だけ」
「人の死ぬ瞬間を見たいという癖があったりしませんか?」
「ないね。多分とっくの昔に飽きてると思うよ。医者ってそういうの見慣れるものでしょ?」
瑠夏の反応を見るに、謙でないことは間違いない。
最近頭がおかしいというのは、以前聞いていた話だ。私は瑠夏と一番仲良くしているが、親である謙とは一度も会話を交わしたことがない。謙は本当に人に興味なさそうだ。
組織を操るというより、一人で楽しむことが重要、だから個人院を開業したのではないか、と勝手に考えていたが。
「なら、恵さんはどうですか?」
「いやー。ないね。あの人も他人に興味ないよ。自分さえ良ければいい人だから」と誠は苦笑してみせた。
(まあ、そうだろうな)
恵はそういう人だ。
人を動かす、そんなことに興味はない。自分が幸せで、自分が大好きな人間だから。
娘である杏奈でさえ、ブランド物のアクセサリーに見えてしまう時がある。
それに、創が亡くなって以降、恵も頭がおかしくなってしまったようで、隙があれば部屋に葵を呼んでいるらしい。
その間、杏奈は本の部屋へ避難するようになったときく。
母親とは、なんてか弱い生き物なんだ。
「あとは……」
「杏奈?」
「…………」
「いやいやいや」
「ないでしょう? 子供だよ?」
葵はそういうが。
子供だからとあなどれない。それはこの館にきてアベルという十二歳の少年を見ているからだ。
賢く聡明且つ、洗脳能力、全てにおいて大人顔負けである。
杏奈は子供らしい一面もあるが、何故か彼女からアベルと同じ匂いがする。あるいは同類だと見ている。不覚にも私が彼女に対して馬鹿な質問をしてしまうほどに、だ。
だが、子供らしからぬ言動と行動をする杏奈も、まだ純粋な心を捨てたわけではないと思う。それは創の死体を見たとき、今にも泣き出しそうな表情を私は見ていたからだ。アベルほど腐った人間ではない。二人の違いはそこにある。人の死への悲しみ深さ。
だが、黒幕の可能性はないとは断言できない。
もし黒幕ではないとしても、庇ってやる義理はないが。
「待ってよ〜、この中にいるっていうの?」
つい鼻を鳴らしてしまう話だ。
話に出た三人の黒幕説を否定したら、最終的に残るのは今この談話室にいる私たち四人の内、誰かが館の全ての事件の引き金を引いた黒幕、ということになる。
――――誰が黒幕だ?
いつも読んでいただきありがとうございます。
ネトコン13参加作品です。
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