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死んでください

「それは残念でしたね」

「そうですね。とても悲しい終わり方です。美紀さん、私達はどうしたらいいでしょう。あいつを殺しても、この気持ちが晴れることはありませんでした。最後に見た百合は無惨なものでした。私達は百合を救えなかった。そんな私達はどうしたらいいのでしょう」

「そこまで罪を自覚しているのに、何故私に訊くんですか?」


 時治の罪――それは千葉翔吾を殺したことではない。愛娘、百合を救えなかった罪。綺麗な花のような百合を守れなかった罪。


「美紀さんなら、私たちの背中を後押ししてくれる気がしてね」


 そこまでいうのなら、もう解放してあげよう。

 

「簡単です。死んでください」

 二人は目をパチクリした、ついでに口も開いていた。

「もう全て解放されたいでしょ? 罪を忘れて楽になりたいでしょ? なら、死を選んでください」


 私の目をじっと見つめて、二人は微笑んだ。その笑みは安堵したように思えた。


「私達にとって百合が殺されたあの家は地獄も同然だった。ここへ来てよかった。ここは天国だ――。アベルさんに伝えてくれませんか? 殺そうとして御免なさい、と」

「ええ、伝えておきます」

「ありがとう。美紀さん」

 


 それにしても、三八になっても美しい女とは、まあ、出産しない女は老けない、というし。 

 ところで、百合と政治家のバカ息子はどこで出会ったのだろう。菊に見せてもらった百合の写真は確かに綺麗な女性だった。だが、清純な女性ではなく、何処となく瑠夏に似ているきがした。見るからに夜の商売をしていそうな濃い化粧と、胸元の開いた服。


 人には表の顔と裏の顔がある。

 私も親の前ではいい子を演じなければならない時がある。それは子供にとって義務である。正直とても疲れる。家族の前ですら、仮面を被るのだから。

 それとは別の顔を、本当の自分を表せる場所をずっと欲してきた。単なる憶測だが、先に千葉をたぶらかしたのはメロンのような胸を持つ百合なのかもしれない。

 斉藤夫妻が育てたのは、本当に花か。あるいは夜の蝶か。



 翌朝、斉藤夫妻が食堂に来ることはなかった。


 食堂にに集まったアベルと牧村、そして招待客。

 人数が少ないことを確認して、牧村は斉藤夫妻の部屋へ向かった。私はその後を付いて行った。


 ギーと古びた音のする扉を開けて、息を呑む。

 二人用の部屋は瑠夏の部屋と何ら変わりはない。白いテーブルに、十冊ほど並べられた白い本棚。

 誰かに荒らされた痕跡もなく、何ら変わりのない部屋。昨日見た部屋のままだ。


 けれど、牧村が息を呑んだ理由。それは白いベッドに仰向けに眠る二人の老夫婦。

 散らばる大量の睡眠薬、青白い二つの顔。

 ベッドのシーツは整えられたままだが、その上にあるのは死体だ。


(布団に入って暖まればよかったのに)


 瞬時に状況を把握した。

 ああ、逝ったのか――。天国へ、百合の元へ旅立ったんだ。


 斉藤夫妻は昨日、死の決断を私に促した。すでに心の奥底で決まっていたであろう決断だが、誰かに背中を押して欲しかったのだろう。私達は間違っていない、と言って欲しかったのだろう。私はそれを汲み取った。

 そして、その後夫妻は本当に実行した。


 死体に触れた牧村によると、既に死亡してから何時間も経っているらしい。死後硬直しているとのこと。


 死亡推定時刻まではわからないが、何故か牧村はこういうことに詳しい時がある。

 恐らく昨日の夜薬の過剰摂取をして、亡くなったのだろうと憶測をしていた。


(まあ、誰かに殺されるよりよかったんじゃないかな)


 斉藤夫妻は罪に苦しんでいた。

 息子を殺した犯罪者とはいえ、それまで穏やかで平凡な暮らしをしていた夫婦がまた娘のために復讐をしても、心が晴れることはなかった。


 罪を償う方法は二つある。

 死を持って償うこと。もう一つを勧めなかった理由は、そっちの方がずっと辛いから、だ。

 ――――生きること。

 生きて償う。毎朝、毎晩、思い出す苦痛。何をしていても、ふと浮かぶ愛娘の顔。これは生き地獄のようなものだ。

 

 夫妻にとって生きるということは既に死んでいるようなもの同然。それなら、二人で死んで天国で百合と再会させてあげよう。その道を導いてあげよう、と背中を押した。

 


 その道にはガーベラや百合の花が咲いているはず。

 幸せでしょう?

 だって、解放されたんだもの。これが斉藤菊、時治の望みを叶えてあげた私は満ち足りた気分を味わった。


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