館のルール
「この館でのルールは三つです! 一つ目『食事は三食、朝、昼、晩生きている全員で顔を合わせて食べること』二つ目『この館で行われるイベントには必ず生きている全員が参加すること』三つ目、これはかなり重要です!『二階に上がる階段の正面にある部屋に、生きている人は入らないこと』以上です! この三つ必ず守ってくださいね!」
死んだ人間には用はないといわんばかりに、全てが生きている人間に向けてのルールだ。私たちを縛るここでの法律。
(イベント? 生死の境でそんなくだらないことをする必要があるのか?)
「それ以外は全て許されます。盗難もよし、強姦もご自由に。もちろん、殺人もよし。そして――僕を殺すもよし。……殺せるものならね?」
できるものならやってみろ、僕のことは誰も殺せないだろう、とでも言いたげにアベルは胸を張ってにやりと笑みを見せた。
その自信はどこか湧いて出てくるものなのか、疑問を抱く間もなく。
「じゃあ、不倫は?」
アベルに尋ねたのは、私と同い年くらいの青年だった。
グレーのパーカーに青いジーンズという出で立ちで、栗毛色の頭。見た目は普通の青年であるが。突拍子もない質問に、この場にいる全員の視線を集めた。
「ふ、不倫? ……それはまぁ、家庭の問題だからな……。君は確か……」
「菅葵です」
「そうそう! 菅葵くんでしたね! 君は男だから、求めるなら人妻か? それとも、男だったりするのか……?」
「いいえ! 僕は普通に女性が好きです」
「ああ、よかった。まあ不倫も犯罪だしな……ばれなければいいと思います!」
アベルは小さく安堵の息を吐いて、胸を張って答えた。
「バレなければ……わかりました! ありがとうございます」
菅葵はひとり言を吐くように復唱した。
(なんなの、この会話……)
菅葵……名前も容姿も普通の好青年なのに、こんな馬鹿な質問をするなんて。それも大人数の場で恥じらいもなく。ただの馬鹿なのか、空気が読めないのか、それとも場を和ませるためか。
流石のアベルも少し戸惑った様子を見せたが、実際、家庭問題となるとややこしい。拗れると社会的に面倒なことになる。それこそ殺人を呼び起こすことに繋がるかもしれない。だが、この緊迫とした生死の境目で、まず不倫などしようと思わないだろう。まともであれば、の話だが。
「では、そろそろお部屋へ案内します! 皆さんこちらへどうぞ!」
二階に上がると、すぐ目の前に二枚の扉が佇んでいた。
ここは、ルール三つ目の生きている人間は入ってはいけないという『アベルの部屋』だ。
案内の際、「皆さん、ここは立入禁止ですからね!」と再度笑顔でくぎを打たれた。
入ってみろ、と挑発するかのように、まさか主を殺せるわけがないだろうと、二枚の大きい扉が王を守る護衛兵のごとく堂々と佇んでいる。
招待客用に用意された部屋は、アベルの部屋を正面に長い廊下があり、廊下は二つに分かれている。右に四部屋、左にも同じく四部屋。招待客の部屋数は全部で八つ。
部屋へと続く長い廊下は、大人三人が並んで歩けるほど余裕があり、茶色にコーティングされた木製の手摺から一階を見下ろせるようになっている。
「部屋の広さは全て同じですが、右の部屋はベッドや椅子を二つ用意していますので、家族連れや夫婦、カップルの方々はそちらを選んでください。おひとりさまは左へどうぞ~! 好きな部屋を選んでくださいね~! あ、そういえば国見啓介さんが死んだので、部屋が一つ余ってしまいますね~。好きなように使ってください!」
(好きな部屋をと言われても、私は選ぶのが苦手なのに……)
と悩んでいると、
「美紀さんはここがいいでしょう」
初めてアベルが私に、私だけに話しかけてきた。
アベルは一つの部屋を指で示した。
左の廊下の手前の部屋、つまりアベルの隣の部屋を、私が宿泊する部屋として選んだ。
「ありがとう、決めてくれて」
私は少し怒りながら言った。それに対してアベルは余裕な笑みを向けてきた。仮面が張り付いた顔、幼い少年のくせに、大人びた表情をする。それがとても気味が悪い。
その後、特に問題もなく全員宿泊する部屋が決まり、私たちはそれぞれ部屋の前に並ぶと、アベルは口を開いた。
「皆さん部屋が決まりましたね! ここが皆さんの安らぎの場所になるよう心から祈っております。では、夕飯は十八時に一階の食堂で夕飯を共にしましょう! 一つ目のルール、『生きている全員で顔を合わせて食べること』 遅れないようにしてくださいね! それまでごゆっくりどうぞ」
皆が各々の選んだ部屋へと入っていく。私は部屋に入る直前、アベルに再び会話を試みた。
気味が悪いと思ってしまったことは心に秘めて、当たり障りのないように尋ねた。
「ねぇ、どうして私の部屋を選んでくれたの?」
「だって、美紀さんは選ぶのが苦手でしょ?」
ぎょっとした。
やはり気味が悪いと思った。
まるで私を知っているかのように、あるいは私が一瞬の悩んでいたのを見て、その表情から読み取ったのか。
彼にはその能力があるのかもしれない。だとしたら、すべて見透かされているようで、悍ましい。
「…………ええ。…………どうして国見啓介を殺したの?」