それぞれの絵
いや、全員の考えてることが手に取るようにわかる。これはまさに衝撃の一枚。
これは……何というか……。
瑠夏のキャンバスには、瑠夏の描いた絵は――――。
――父さんを描きなさい。
――向日葵を描きなさい。
――消防車を描きなさい。
幼稚園の頃、よく先生にいわれて描いていたが、幼子の描く絵は、どれも実物とは似ても似つかないものが多かった筈だ。クラスに唯一絵の天才と言われた子はいたが、人か、人じゃないかやっとの思いで区別できる程度のものばかり。
それでも殆ど、人なのか、妖怪なのか見分けつかないものや、向日葵なのか、黄色の塊なのか、消防車なのか、赤い巨大ミミズなのか見分けがつかないものを描くのは、幼子だから許される許容範囲だ。
だが、瑠夏がキャンバスに描いたのは、まさにそれだ。
要は、下手くそなのだ。
「じゃーん! お母さんを描きました〜!」
全員が呆然とする中、流石のアベルも同じ反応をした。
目が点になったアベルは間を置いて、やっと一言吐き出した。
「………………うん! 素晴らしい! 実に綺麗なお方だ!」
(嘘つけっ)
既にその世に存在しない母を描いたのは、何か思い入れがあるからなのだろう。もしかしたら、会いたいという感情から描いたのかもしれない。
『美しいものを描く』という課題に母を選び描いた瑠夏に、少し心が痛む。
「瑠夏さんのお母さんは美しかったんですね!」
「うーん、実はあまり覚えてないんだよね〜でも、パパがいうには、私と激似だったって! だから、絶対美人じゃん? この絵みたいに!」
(さて、どこからツッコミを入れようか)
まあ、瑠夏と似ているなら美人で間違いない。もし生きていたらこの館に呼ばれていたのだろうか。
なら、一度瑠夏と似た美人を見てみたいものだ。
性格まで似ているなら、馬鹿だがとても愛らしく、罪深い美女なのだろう、と想像した。
「もし、お母さんが生きていたらなら、この館には招待されなかったかもしれませんね」
アベルの意味深な一言にハッとするも、こちらが問いかける隙も与えずに次へ進めた。
「では続いて、謙さん!」
謙は片手でキャンバスを持ち、私達に向けた。
「私は……瑠美を描きました。娘と被ってしまいましたね」
瑠美とは謙の嫁、瑠夏の母だろう。
謙には絵の才能があった。
今日これまで見た絵の中で、一番立体的で美しいと賞賛する絵だった。思わず拍手を送りたくなるほどに。本当に瑠夏そっくりな。いや、ほとんど瑠夏だ。
二人が並べばどちらか見分けがつかないのでは、と疑念を抱くほどに、似ている。
やはり親子というべきか。
だが、あまりに似過ぎているため、不思議に思う。
現在十五歳の瑠夏、瑠夏の母は不老とでもいうのか、若く綺麗な状態のまま描かれている。
「失礼ですが、瑠美さんはいつ亡くなったんですか?」
しまった。失礼すぎたか。
だが、追求心の方が勝る。
「確か、三二歳です」
「若くして瑠夏を産んだんですね」
「ええ、まあ、そうですね。それが何か?」
「その絵は、いつの瑠美さんですか?」
「…………」
だんまりとする謙に、ああ、やはりな。と納得した。
気色が悪い。娘を性的な目で見るだけでなく、不貞行為を働き、娘が性行為をした相手に怒りを覚え、殺人まで犯す。
「瑠美を描いた」
――嘘だ。
謙の持ってキャンバスに描かれた美女は瑠夏だ。
それほどまで娘を愛しているのか。心底虫唾が走る。
「さて! 瑠美さんが本当に美人なのは大変理解しました! では続いて! 葵さんどうぞ!」
アベルは謙が描いたの瑠美を特に触れることなく、葵に絵を見せるよう促した。
葵が見せたキャンバスには、ただの青が描かれていた。それは海とも空ともいえる、キャンバス一面を青一色で埋め尽くされただけの絵だ。
葵という名なだけあってか、そのイメージから作り出されたような爽やかな青。
(ただ……この一色を塗るのに顔を顰め考え込んでいたのか?)
「俺が描いたのは、空です」
「何故、空を描いたのですか?」
「単純に青が好きなんです。青いものなら何でも、空も海も。これは、ついさっき友達と見た空です」
「ほお。ついさっき、ですか」
「はい、でもなんだか、ここで見る空はいつもより少し淀んで見えました。だから青に少しだけ白を足したんです。さっき見た空と僕の描いた青が、できるだけ似せられるように」
ついさっき見た空、ということは私と瑠夏、3人で館の外に行った時のことか。
確かに、雲ひとつない晴天で、美しいといえるものだった。
だが、葵の目にはそう映っていたのか。私にはついさっきみた空も、葵の描いた青も、爽やかで美しい。とても私には描けない青だと思った。
「僕には、どちらの青も美しいものに見えますよ」




