罪を犯すことは、人助け
朝、目が覚めていつも通り支度をして、食堂へ向かう。
現在八時二十分。
食堂に人が揃い始めた頃、瑠夏とも普通に挨拶を交わして席に着く。
八時三十分ちょうどにアベルが食堂に来て、全員が揃ったところで朝食を食べ始める。
私はトマトの入ったサラダを口に運び、見慣れた顔ぶれを見渡した。こう見ると大分人が減った。
計、四人の死。
ここでの環境が大きく変わったわけではない。ただ人が減っただけ。たった数日一緒に過ごした人間が死んだだけだ。
これまで関わりのなかった人達が、今後も無関係であろう人達が、また去っていっただけだというのに、どこか淋しさを感じる。
杏奈や恵は、創が死んで気を落としているかと思ったが、案外そうでもないのか、黙々と朝食を食べている。
ミネストローネを上品にスプーンで口に運ぶめぐみも、お肉を頬張り両頬を膨らます杏奈も普段通り見えるが、そう振る舞っているのか、既に過去のことだと捉えているのか。
「皆さん、ここでの暮らしは満足できていますか?」
突然アベルが口を開いた。
「まあ、それなりに」
と答えたのは葵だった。
対して、誠はこういった。
「満足って……毎日人が死んでいるのに、満足できるはずがないですよ」
連続する事件に驚きと不安、そして恐怖の連鎖。
ここへ来てから常に精神的ストレスは続いている。だが、好きなことを好きなだけ、というのはできているのではないか。寧ろ誠のような多趣味な人間は、家事や勉強を気にせずに自由な時間を使えるのは滅多にないことだろう。
「好きなことを好きなだけできていませんか?」
「それは……まあ、できてます」
「なら良かった! 誰かが死ぬ、自分が死ぬ、誰が犯人だ。そんなこと重要じゃありません。ここでは好きなことを好きなだけしてほしいのです! それが、ここでの当たり前なのです!」
誠は時間があれば、部屋で絵を描いているらしい。
杏奈は朝夜関係なく、談話室で本を読んでいることが多い。
瑠夏の父、謙はずっと部屋で医療に関する勉強をしているか、散歩といって部屋を開けることも多いという。それが、好きなことかは別として、死ぬまでの間という限られた時間でもやり続けるということは、それが好きなことなのだろう。
斉藤夫妻は、館の庭で日向ぼっこや散歩をして、花を見つけては微笑み合っている光景を良く見る。
めぐみは何をしているの知らないが、私たちの目を盗んで葵といちゃついているのかもしれない。
葵は――、葵の好きなことってなんだろう? 不倫なのか?
葵とは会えば話すし、私の中で友達……という認識だが。
実際のところは彼について何も知らない。彼が何が好きなのか、彼に家族はいるのか。よく考えれば、なぜ一人でここへ来たのか。
無駄に正義感があるようにも思えるが、何故ここへ呼ばれたのか。
そして繋がるのが、誰を殺したのか――。
「皆さん今日の午後、空いていますか?」
皆周りを反応を窺いながら、小さく頷いた。
「誠さんの趣味を皆で体験してみませんか? 久しぶりにイベントにしましょう!」
誠の趣味とは、絵のことか。
私は絵が得意ではないのだけれど、皆がやるというものを一人だけやらないわけにもいかず、イベントといわれれば生きている全員強制的にやらなければいけないのがここでのルール。
「では! 昼食後、一時に談話室に集合してください!」
朝食を終えて席を立とうとした時、瑠夏が話しかけてきた。
「ねえ、昼まで暇じゃない?」
「うーん、まあ時間はあるよ」
「外行こうよ!」
「外? いいよ」
「え! いいなー! 俺も一緒にいってもいい?」
と葵が参加することになり、私達は館の扉を開けた。
館の入り口から少し歩いた。
たまには気分転換に、館の外へ出るのもいい。
なんせ、外に出るのは草むしり以来だ。
それに今日は、絶対死にたくないと思ってしまうほど空は青く、快晴だ。
瑠夏は芝生に倒れると葵も真似をした。私もそれに倣い天を仰いだ。
「あ〜気持ちいい〜光合成〜」
「ハハッ、それ植物だけだから」
「いいんだよ! 言葉はあってるんだから」
「あってはないだろう……」
呆れたように苦笑する葵だが、瑠夏と話す時の彼は少し楽しそうに見える。
二人の漫才のような会話に、不思議と私も笑みが溢れる。
父親と不貞行為をする瑠夏と、不倫する葵。
その事実を吹き飛ばしてしまうほど広く、穏やかな青い空。
二人との出会いがここでなかったなら、残酷な事件が起きることなどなければ、私達は友達にすらなれていないかもしれない。
「葵くんの好きなことって何?」
ふと、今朝のことを思い出して訊いた。
「好きなこと? ああ、アベルがいってた『好きなことを好きなだけ』ってやつ?」
「そう」
「確かに! 私も葵のこと全然知らないな〜って、気になってた!」
「うーん、なんだろう。人助け? かな」
今までの行動を覆すほど、言動と似つかわしくない言葉が彼の口から出たことに驚いた。
「人助けか……例えば?」
少し、意地悪な質問だろうか。
「うーん、例えば、人肌恋しい人の側にいてあげる、とか」
「あー! それわかる! それも人助けだよね!」
そうだろう。つい昨日同じような話を瑠夏から聞いたばかりで、その言葉に共感することに驚きはしない。
ただ、それを人助けだと信じて疑わない二人に少し嫌悪感を抱く。
「最近は、助けてっていえない人に手を差し伸べたよ」
「それって、誰?」
「んー? 内緒」
葵は首を傾けて、私を凝視しニヤリと笑った。
最近でよく聞く言葉では、あざといといえるだろう。甘いマスクの彼の顔が好きなめぐみなら、一瞬で、殺しさえできるのではないか。だが、私は気色が悪いと思った。
すると、ギーという音に反応した私達は館へ視線を向けた。扉が開いた音だった。
ここは館の入り口から少し歩いて裏側にある場所。館内だと、食堂の奥、台所といわれる場所の外だ。
まさか、またアベルのご登場か。
最近はことごとくアベルと対面することが多い。監視されているのではないか、と思うほどに。
呆れて、ため息を吐いた。
ところが、扉から出て来たのは意外な、いや、そんな言葉で片付けられることではない。
扉から出て来たのは、想像外を遥かに超える人物だった――――。




