思いもよらない事実
夕食後、私の部屋に瑠夏を呼び出した。
皆の前で父親の殺人を公表された後、どことなく上の空で、今にも消えてしまいそうな彼女を、私は励ましてあげたいという気持ちでいる。
そして、私は彼女に確認しなければならないことがあるのだ。
「へぇ〜美紀の部屋って広く感じるね! 一人部屋だからかな? でも私の部屋と家具は一緒みたい。ほら、並んでる本も一緒」
本棚を指差す瑠夏は、目玉をキョロキョロ動かして落ち着がないでいる様子だ。
何をそんなに興味津々と見ているのか。
自分も似たような部屋に寝泊まりしているのに、物珍しいと隅から隅まで、まるで宝探しをしているみたいだ。
「そんなに見ても何も出てこないよ」
「ん〜、なんか怪しいもの出てこないかな〜と思って」
そういうと瑠夏は私の座るベッドの横に手をつき、顔を近づけてきた。
これって、ドラマでよく見るシーンだ。
キスでもされるのかと、勘違いするほど近い距離まで来ると、瑠夏は横にある小さいチェストの引き出しを開けた。
「ほら、ここにロープがなくなってたりしないかなって」
「…………」
瑠夏は引き出しの中を一瞥すると、緊張感が解けたようにニヤリと笑った。
「あるね?」
「当たり前でしょ。何を期待してるんだか」
「いや、だってアベルがここにいる全員殺人犯だっていうから! 創さんを殺した犯人がまだわからないじゃん!」
「私だっていいたいの?」
「そうじゃないけど……怖くて。美紀だったらどうしようって」
いつも通りに見える、いや、いつも通りを装っている瑠夏は不安げな表情を浮かべた。
「私じゃないよ。確かに創さんはロープで首を絞められたんだとおもう。けど、証拠のロープは創さんの部屋にはなかった。だから、部屋からロープがなくなってたら犯人てことにはならないでしょ」
「そっか、ダメだ〜。私、推理とか苦手だし」
「大丈夫よ。それは皆わかってる」
「ちょっと! それどういう意味?!」
普段通りに戻り、冗談を言えるほど笑顔を取り戻した瑠夏に、私は胸を撫で下ろした。
「ねえ、美紀。聞きたいことがあるんだよね?」
そう聞いてくるのは、案外察しがいい子だ。
「うん」
「舞香さんのこと? パパのこと?」
「うん、できるだけ話して」
瑠夏は私の隣に座ると、全て話してくれた。
舞香と三人で話した後、瑠夏は部屋に戻り眠りにつこうとした。深夜二時頃、部屋の扉がノックされ、出ると舞香がいた。
どうしても瑠夏のいいかけた、「でも優作さんは……」の後が気になり、眠れないという舞香に瑠夏は全てを話した。
私や瑠夏に対していやらしい目を向けていたこと。それを他でもない誠ですら気づいていたこと。そして、瑠夏の優作は体の関係を持ったこと。全てを話した。
「え、まって。いつ? どこで……したの?」
「うーん、話せば長くなるんだけど。ここにきて二日目の夜だったかな? 空いてる部屋」
空いてる部屋……とは恐らく、創が死体で見つかった部屋。元は国見啓介の部屋のことだろう。
「無理矢理ってことだよね?」
「別に無理矢理じゃないよ。ただ、溜まっていそうだったから。可哀想じゃん?」
瑠夏は平然とした顔でいう。
「そう……だったんだ」
そうか、彼女は悪いと思っていないんだ。婚約者がいる相手を寝取ったという行為について、悪いことをしたと理解していないんだ。
寧ろ清々しいともいえる。
「でも、なんで舞香さんにに話したの?」
「あんな男、別れた方がいいじゃん。だって舞香さんがいるのに、私とセックスしたいって言ってきたんだよ?」
「でも、断ればよかったんじゃ……」
「断っても、他の人にいうじゃん! その方が被害広がるよ!」
婚約者がいる相手との不倫は――犯罪にあたる。
まあ、それもそうか。なら瑠夏の行動は正当化されるのか?
男の欲望を自分で解放させた。他に被害を出さないため、クズ男と不貞行為をして、その事実を婚約者本人に話した。それは、正しい行動だったのだろうか。
ここにいると、どうにも判断が鈍る。
何が正しくて、何が間違っているのか、訳がわからなくなる。
「結果的に、私が助けたってこと!」
結果的に、二人、いや、お腹の子を含め三人の命を奪った、ということだ。
「お父さんのことは?」
「ああ、あれね。食堂ではあんな反応したけど、知ってたよ」
「え?」
何を、だ? 謙が瑠夏のことを娘以上の感情を抱いていることか。あるいは、謙が優作を殺したことか。
「パパは私を愛しているの。私はパパからたくさんの愛情を貰ってる。だから、優作とセックスしたって聞いて、激怒してさ! 部屋にほら、ナイフあるじゃん? それもって血だらけで帰ってきたから、あーやっちゃったなーって思ってたんだ」
信じられない数々の事実を笑いながら話す瑠夏に、私は驚きのあまり、呆然とした。全力で軽蔑した瞬間だった。
「いや……そんなこと、私に言っちゃっていいの……?」
「だって、友達じゃん! それにここは『犯罪が許された館』だよ!」
だからといって、こんな易易と他人に笑顔で言える話ではないはずだ。
彼女はただ明るくて、優しくて、誰とでも分け隔てなく接することができる人間だった。普通の十五歳の女の子だった。
普段の様子からは想像もつかなかったが、ひょっとしたら、優作以上に危険で、アベルと同類の人間なのかもしれない。
「パパからの愛情ってなに?」と、私が訊くと瑠夏はニヤリと笑っていった。
「本当は、パパに秘密って言われているんだけど……美紀にだけ教えてあげる」
ひとつひとつの言葉にハートマークが付いているように思えるのは、何故だろうか。
「私、パパとセックスしてる」
なるほど。そういうことか。
蛙の子は蛙とでも言おう。瑠夏の表情を見るに、それが嫌だとも、気持ち悪いとも思っていないのだろう。
寧ろ、それが愛だと解釈してしまっている。
それなら、無関係の私が止める話でもない。
「そっか、わかった。色々理解した」
「もう終わり〜? もっと語りたいのに」
「ここ最近、毎日人が死んで……時間が起きてるじゃん。精神的にかなり疲れてるの。もう寝よう」
それも事実だが、瑠夏の話に胸焼けしたと、言える訳がない。正直吐きそうだ、ということも。
「わかったよ〜。でも楽しかった! 美紀と秘密の話たくさんできたから! まあ、アベルも知ってそうだけどね」
瑠夏は最後に「パパのことは秘密ね!」と言葉を残して部屋を後にした。
嵐のような時間だった。
平和ボケしていた私は、瑠夏という台風に巻き込まれ、強い雨風にあたったような感覚だ。
そうか、私の知らない間に色々なことが起きていたんだ。
私が今宿泊しているのは、死と隣り合わせの、がんじがらめな『殺人が許された館』。
せっかくここへ来て友達ができたというのに、まさか父と不貞行為をする女と、不倫する男、だったとは、思いもよらなかった。
人生そんなものか。
まあ、それを除いて、普通に話す分には友達としていられるんだけど。
現在、私の周りには殺人犯が息を潜めずにいるということをこれまで以上に警戒していかなければならない。
「大丈夫、大丈夫」
と独り言を吐き出したものの、一向に不安は抑えられず、この感情をどう殺せばいいのだろう。
試しに、聖書の一説でも読み上げてみようか。
神も仏も信じていない、この私が読み上げたところで、目に見えぬ存在は何も守ってくれない。アベルのように守護神が付いているわけでもあるまいし。
「大丈夫。私は最後まで生き延びることができる。その自信が私にはある――」




