罪人であり後継者
「お父さんは、天国にはいけないと思う」
私が何故か、と問うと、杏奈は語りはじめた。
「お母さんの前の彼氏を殺したから」
驚いたことに創も人を殺した経験、前科がついていたのだ。恐らく、それを知る恵みも杏奈も今ここにいるということは、黙認したということ、罪人、そして共犯者。
「お父さんも彼女がいたんだけどね。お母さんに彼氏ができるのは気に入らなかったみたい」
なんと言葉をかけたらいいものか。
「そして、お母さんの新しい彼氏は葵さん」
やはり、そうだったか。
やはり、杏奈も気づいていたのだ。いや、私よりもとっくに二人の関係に気付いていたのかもしれない。
回想すれば、思い当たる節はいくつかあった。
初日、アベルのどんな犯罪でも許される、という言葉に「不倫は?」と訊いていた。
考えられる可能性は、二人は既に出会っていたか、あるいは葵の方から一目惚れでもしたか。
食堂でも葵のクソほどつまらない冗談に、唯一反応を見せたのは恵ただ一人だった。
まるで共鳴でもしているかのようだった。気色が悪い。
が、先程のロミオとジュリエットのような二人を見るまで気づかなかった。
気付かぬうちに熱い視線でも送り合っていたのだろう。
私は思わず、苦笑してしまう。
こんな所に見落としがあったなんて。不覚だ――。
同時に杏奈に対してやはりこの子は聡明で賢い、と思った。
人の表情や感情の変化に過敏というか。
近くにいるほど変化に気づきやすいというが、逆もまた然りともいえる。恵も杏奈に対して隠す気はなかったのだろう。この歳で親の恋愛事情に巻き込まれるとは、不幸もいいところだ。
「私は、お父さんもお母さんもお互い幸せならいいと思っていたの。でもあんなことになるなんて……」
「あんなことって?」
「あの日は――――」
談話室の扉を開ける音が聞こえた。
デジャブだ。同時に拍手の音は聞こえなかったが、アベルが入ってきたのだろうと、察した。
「杏奈ちゃん。あなたはお母さんの元へ行ってください」
「わかった」
杏奈は私を一瞥すると、扉へ向かい部屋を後にした。
「また、大事なところで止めてしまいましたか?」
「ええ、本当にタイミングがいいこと」
「それはうれしい」
「褒めてないけど」
間を置いて、アベルが話を続けた。
「びっくりしましたか? ここが犯罪者だらけだと訊いて」
「いや、なんとなく、予想はしていた」
「でしょうね。貴方なら」
「…………私に、何を求めてるの?」
「別に何も」
「そう、なら自由にさせてもらう」
そう告げて、部屋を出ようとすると。
「杏奈ちゃんに近づかないでいただきたい」
アベルが私に向けていった。
「何故?」
「彼女は僕の後継者だからです」
後継者? 何故杏奈が、何の理由で。
「まさかとは思うけど、実は兄妹とか?」
「そんな感じです」
曖昧な返答に、苦笑する。
彼は何がいいたい? 何がしたい?
「俄然、興味が湧いた」
ああ、次のターゲットは私かもしれない。
何故なら、私はアベルを挑発してしまったからだ。
「わかった」と一言、言えばいいものを、アベルと対面すると冒険心のような興味や関心を隠しきれない。
何故、彼に対してこんな感情になるのだろう――。




