館にいるもう一人の人間
スマホのアラームで目を覚ました私は、目をこすりながら体を起こした。
いつも通り服を着替えて、部屋にある洗面台で歯を磨いた後、小さい冷蔵庫からペットボトルのお水を取り出して半分ほど流し込む。
毎朝の日課を終えると、また一日が始まった、と感じる。
朝8時半になると、部屋を出て食堂へ向かう。
今日の朝食はなんだろう、と呑気に考えながら階段を降りた。
ここへ来てから私の朝の日課は変わらない。
けれど、周りは少しずつ変わっていく。それは館内の雰囲気や、雑音など。大きく変わったことは人が減ったということだ。
周りは皆館にいると時間が止まったようだという。
私もその通りだと思う。一日に太陽と月が昇るように、それが繰り返されるたびに時間は順調に進んでいるのだと、安心する。
今まで平凡なつまらない日常は終わりだ、とアベルの館が告げている。それが妙に胸の高鳴りを数年ぶりに感じた。
それは、瑠夏と出会ったことで『楽しい』という胸の高鳴りなのか、あるいは明日は誰が死ぬだろう、という恐怖の鼓動なのか。
そう、この館に来て三人の人間が死んだ。
一人づつ、いらない人間から消去されて行くように、誰がなんの目的で殺したのか、全てが不透明のまま時間が流れて行く。
朝食の席で、優作と舞香以外の人間が揃い座る。
八時半ちょうどにアベルが食堂へ来る。
何事もなかったかのように、目の前に並ぶ朝ごはんを口に運ぶ。
玉ねぎスープを啜る音、ウィンナーとスクランブルエッグの乗ったお皿にフォークでカチカチとぶつかる音、数が減ってもこの時間、この音は変わらず私の耳にはいってくる。
――舞香の訃報を聞いたのは、食堂に集まってすぐのことだった。
まだ朝食は運ばれておらず、まだかまだがと心待ちにしていると、朝食よりも先にアベルが現れて席につき、こう告げた。
「舞香さんが死にました。死因は首吊りです。恐らく自殺でしょう」
言葉の出し方がわからなくなった。
急なことに驚き、それも昨日の夜話したばかりの人間が、自殺をはかるなんて、予想もつかなかった。
「どうして…………」
自然と口から出てしまった言葉に、アベルは私を一瞥すると答えた。
「理由は、本人しかわかりません」
「いつ? どこで?」
葵が食いつくように訊く。
「朝、6時ごろです。舞香さんの部屋の前、2階の廊下の手摺からロープを使って死にました」
「でも、目撃者はいないだろ? この中で、朝舞香さんを見た人は?」
全員誰も見てない、という反応だ。
「第一発見者は、うちの人間です」
「牧村さんですか?」と創が訊いた。
「いいえ」
「そうでしたか……」めぐみは深くため息をついた。
ふと、視線を瑠夏に向けると、手で口を押さえて震えていた。
それもそのはず、瑠夏と私はつい昨日の夜、舞香と話していたのだから、明るく、前向きに、と舞香の背中を押したのはずだったのだ。
それがまさか、自殺するなど思いもしなかった。
朝食を終えて、二階の舞香の部屋へ向かった。
今朝のアベルにいくつかの疑問を抱いた私はあることを確かめにきた。
それは、舞香は本当に死んだのか、という疑問だ。
誰とも目を合わせずに答えるアベル。
何か隠しているような、怪しい、そう思ったのは私だけでないはずだが。
そもそも、招待客の誰も死体を見ていないのに、舞香は死にました。といわれて信じられるはずもない。
とはいえ、死体を見たい、というわけではないが信憑性に欠ける。
それでも、招待客の何人かは信じている様子だったが、私は自分の目で見るまで、信用はできない。
そして最後に、舞香の遺体の目撃者。
これに対して、アベルは「うちの人間です」と答えた。
この館に招待客十人(三人が死亡のため)とアベル、牧村以外の人間がいるとは知らなかった。だがアベルの発言は、この館にそれ以外の人間がいる、ということになる。
今まで疑念を抱いたことがないわけではない。
牧村は常にアベルと行動を共にし、一人でいることはまずない。だとしたら、食事を作っているのは誰か?
館は常に綺麗な状態を保っている。館にある風呂場の浴槽は毎日新しいお湯は変わっている。そして、部屋にある小さい冷蔵庫の水は毎日補充されている。
これらが牧村一人で全て回ることだろうか。
恐らくその誰かが料理をし、飲み物を補充しているのだろう。
その誰かとは、誰か?




