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定位置の席で


 110…………。


「いや、必要ないか」


 もう少し様子を窺おう。他に通報する人がいるかもしれない。現に啓介以降、殺人は起きていない。

 何より面倒は嫌いだ。わざわざ私が通報する必要はない。

 

 ただベッドに横たわっているだけなのに、時間は川の水のように止まることなく流れていく。誠のように趣味でもあれば暇を持て余すことはないのかもしれない。


 長いこと考えているうちに十七時四十分を回った。

 この館は時間厳守だ。また遅刻でもしたら、めぐみに嫌味を言われるだけでなく、アベルが激怒するかもしれない。

 それを見てみたいと思う悪戯心は振り払い、少し早いけれど食堂へ向かった。


 既に夕食の席に座っていたのは瑠夏とその父親の謙だ。

 瑠夏は私と一緒にアベルに怒られたせいもあり、早めに行動したのだろう。

 父親も隣に座り、親子二人で笑い合いながら話をしていた。

 

 それにしても、瑠夏は十五歳で思春期真っ只中のはずなのに、父親と一緒の部屋を使うのは嫌ではないのだろうか。

 私なら部屋を分けてくれ、と訴えるところだがそうでないところを見ると、父子家庭ということもあり仲のいい親子なのだろう。


「お! やっぱり早く来たね!」

「また怒られたくないからね」

 私は謙に軽く会釈をした。

「だよね〜! 次は笑い堪えられるかわからないもん」

「やめなよ」


 私は今朝と同じ席の椅子を引いて座った。

 いつもの場所に。アベルの隣の席に。


 仲良くなった瑠夏の隣に座りたい気持ちはあるが、何故か別の椅子に座ってはいけない気がする。

 理由は皆、最初に座った席が定位置のように、磁石でもあるかのように引き寄せられ、座るからだ。


 他の椅子に座ったら、どうなるのだろう。誰かに嫌味でも言われるのか、アベルに怒られるのか、試しにやってみようか。

 いや、余計なことはしないでおこう。


 もし、同じことを思っている人が居るのなら、その人がやればいい。


 ――そうするように誘導してみようか。

 それもいい。

 ほんの出来心だ。

 他の人間がどんな反応するのか、アベルは何というのか、皆が最初の席に執着する理由は何か。

 気になるのはそれだけなのだ。


 暫くして、葵が食堂に現れた。

 丁度いいと思った。彼なら何の疑いもなく他の席に座ってくれるはずだと。

 

 私はすぐさま一つ横の席、瑠夏の隣に座った。元々この席は葵の席で、それを奪う形で座った。

 そして葵が「お!」と声を出した時、私は他の席を指で示した。

 左から二番目席を指差し「そこ空いてるよ」といった。

 すると葵は「おっけい」といって席に向かう。

 葵が座ろうとしている席は、元々優作の席だ。

 

 私と瑠夏が仲いいことは草むしりの時にわかったはず。だから、私が瑠夏の隣に座っても葵は何の疑いも持たないだろう。

 そして、彼は能天気な人間なので、自分の席がとられたことに苛立ちもしない。


 葵が優作の席に座り、誰の視線を向けられていないことを確認して、私は自分の席へ戻った。

 何事もなかったかのように、定位置に座る。


 食堂にチラホラと招待客が集まって来た。

 皆自分の席が定位置のように当たり前に座る。


 そして最後に現れたのが舞香と優作だ。

 いつも通り左端に座る舞香は、思案顔(しあんがお)で葵と優作を交互に見た。

 優作は葵の元まで行き「おい」といった。

 

「はい?」

「はい? じゃねーよ」

 葵が座る椅子に、優作は蹴りを入れた。

「どけよ」

「え? でも……」

 

 優作の行動に静まる招待客。誰も口を挟んで葵を助けようとする者は居らず、二人から目を逸らす。

 勿論、私も見て見ぬふりをした。

 

 葵の視線には気付いていた。

「美紀さんがここに空いてるよ」といった、と言いたいのだろう。彼は馬鹿でお人好しだから言わないだろう、と判断した私は、葵と目を合わせずに無視をした。

 

「何事ですか?」とタイミングよく現れたのがアベルだ。

 現在時刻は丁度十八時、お決まりの登場時間だ。


「いや、あの……」

「こいつが、勝手に俺の席に座ってるんだよ」

「あ〜なるほど」

 アベル声の強弱をつけずに目を細めた。


「いや、除けますから! すみませんでした!」


 葵はそそくさに席を立ち、自分の席に戻り私の隣に座った。いつも通りの定位置だ。

 何度も私を一瞥する葵は面白かった。

 私がそこに座るよう促した、と正直に言えばいいものを彼は何故か私の名前を出さなかった。

 ただの馬鹿なのか、人がいいのか、やはり葵は使える――。


 苛立ちを見せながら座る優作を気にも留めずアベルがいう。


「一応言っておきますが、席に指定はありませんよ。好きな席に座ってください! ただ、面倒くさいので揉め事は起こさないでいただきたい。ああ、また時間が過ぎてしまいましたね。夕食にましょう」


 一悶着ありはしたが、その後は何事もなく夕食を終えて食堂を後にして、草むしりでかいた汗を流し入浴を終えた頃、時間は九時を回っていた。

 私は部屋へ戻りベッドに腰を掛けた。

 

「疲れた……」

 漏れるように放った一言だった。


 特に暑い中草むしりをしたのが一番体力を奪われた気がする。

 でも、私自身収穫できるものもあった。

 瑠夏という友ができた。葵も、友達と呼べるのかわからないけれど、昨日より仲良くなれた気がする。

 この館で一番危険なのは一人でいることだと思う。

 一人ではないことは心強いし、いざという時味方になってくれるだろう、という安心感がある。


 これから更に仲良くなれるだろうか。

 もっと他の人とも話をしてみることも大切なのかもしれない。普段ならそんな面倒なことしないけれど、少しは葵や瑠夏に倣って自分から話しかけることもしてみよう。


(明日も何事もなく、無事でいられるといいな)



 

 忘れてはいけない。

 ここは殺人の許された館だということを。


 そして翌日、事件は起こった。恐れていたことが現実となる――。

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