この館で殺人は起きないかもしれない
アベルのいう館のイベントとは、草むしりだった。
年老いた牧田に無理をさせないため、そして、まだ子供のアベルにこの拾い敷地の管理は厳しいという理由で、本当にただの草むしりをした。
ただの草むしりに意味があるのか?
私達に草むしりをさせた彼の意図はなんだろう。
九月だというのに、まだ暑い季節の中で体を動かし皆一つのことに切磋琢磨する。
体を動かすことで、交感神経が優位である時間が長くなりポジティブな感情になりやすい。
当然、飽きてこれば招待客同士で会話が弾む。会話が更に弾めば心に溜めていた感情の愚痴もでる。種類ある人間の中で悪口で団結する者もいる。
これは招待客にとってメリットになることで、アベルにとって招待客が団結することはデメリットになる。
私はふと、思った。
アベルは私達を殺さないつもりなのではないか。
アベルは本当に、私たちの死を望んでいるのか。
本当に、私達が死ぬ未来は訪れるのだろうか。
けれどここは、殺人が許された館。
手紙に綴られた、罪を消してくれる館。
忘れてはならないということを、この後私達は再び知らされることになった。
十二時、一時間の昼食を挟ん後、また館の庭へ戻り草むしりを再開して、午後十五時に草むしりを終えた。
気温三一度の中、日光に当たり続けて、およそ四時間に及ぶ草むしりをした私達は若干熱中症気味だ。
頭は熱いままで、顔は茹でタコのように赤く、立ちくらみもする程だった。
この蒸し暑い中、草むしりに対して誰もやりたくない、やめよう、とアベルに訴えないのは、イベントが義務のように感じるからか、私のように楽しいと感じてしまったからなのかはわからない。
皆の様子を窺うと、ほとんどの人が楽しそうに話しながら草むしりをしていた。創は時治と、舞香は杏奈と、菊はめぐみと。年齢はバラバラでも趣味や仕事で話が弾むこともあるものだ。
そして、一人で黙々と作業をしていた誠と優作。
恐らく誠は一人が好きなタイプの人間なのだろう。彼のような日の当たらない陰を好む人には、葵のような太陽が時々顔をだしてあげると喜ぶのかもしれない。
私なら、そういう人には無理に話しかけず自分からは関与しない。そっとしておくのが相手のためになる気がするからだ。
一方、優作は雑に草をむしる。むしった草を乱暴に袋に詰める。その繰り返しで、誰とも話そうとしない。
その光景を見て、周りの人も彼に近寄ろうともしない。
例外に舞香だけは時々彼の元へ駆け寄るも、優作は首を横に振り、あっちに行けと促しているようにも見える。
元々一匹狼なのか、気分が優れないのか。いずれにせよ、どこかイラついて見える彼に話しかける者は居なかった。
アベルは夕食までの三時間自由時間を設け、私達は各自部屋に戻った。
特にすることもない私はベッドに横になり、スマホの電源をつけた。
誰からも連絡はない。家族も友達も私なんかに興味がない。父に旅行へ行くと伝えたら、誰と行くのか、とも聞かず、いってらっしゃいの一言だけで送り出された。
学校の先生にもご家族と行くのかと言われたので、違うという必要は感じなかったため、はいと答え、楽しんでこいと言われた。
実際楽しめる場所ではなかったけれど、最後まで生き延びればいい。目的を達成すれば万々歳だ。
生き延びるためにできる行動を――――。
スマホの電話を開いてボタンを押す。
110……………。