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館のイベント

「ねぇ! 時間やばくない? またババアに嫌味言われるよ〜」


 瑠夏の言うババア、とは恐らくめぐみのことで、今朝寝坊した私がめぐみに嫌味を言われていたことを覚えていたのだろう。


「今何時?」

「スマホ部屋にあるからわかんない!」


 瑠夏と私は急いで湯船から上がり、服を着て髪も乾かさずに脱衣所を後にした。



 案の定、ホカホカの私達がフロアに着いたのは十時を過ぎていて、めぐみは大きな目をギロリとこちらへ向けた。

 アベルは腕を組みながら私達二人を――いや、私と瑠夏を怒った。


 怒られている最中(さなか)私は瑠夏をチラリと一瞥すると、少し遅らせて瑠夏は私を一瞥した。

 その様子がなんとも可笑しくて、つい口元が緩んだ。

 まるで廊下に立たされている二人の生徒が、小さな先生に怒られているかのように。

 生徒は私と瑠夏、そして小さい先生はアベルだ。

 変な関係性だけれど、悪くないと思った。


 私はここ()へ来て、初めての友達を持った。



 アベルの説教を終えた私達は招待客と合流し、庭へ促された。

 館に来てたった一日しか経っていないのに、外にに出るのは久しい感覚だ。

 昼でも薄暗く、灯りの灯る館の中で過ごしたからかもしれない。

 館の中に入ると秒針が遅くなるのか、薄暗い室内は時間という感覚を鈍らせる。館の中で過ごす時間はとても長く感じる。


(やっぱり綺麗な庭ね……)


 私は深く息を吸った。緑の香りは私の体に染み込んでいく。


 イベント――何をするのだろう。

 本当に殺し合いでもさせるつもりか。

 こんなに広い庭の敷地で、映画のように捕まったら負け(死ぬ)という鬼ごっこをさせるつもりか。


「では皆さん! 今日のイベントはっ!」


 私達は音が鳴るほどの唾を飲み込んだ。


「草むしりです!」


 呆然とした。

 恐怖に対する心構えと、音が出る程の唾を飲み込み構えたというのに。

 待ち構えていたイベントは単純なものだった。


「草むしり?」葵が復唱する。

「はい! この通り広い敷地ですし、子供の僕と年寄りの牧村だけでは、冬が来てしまいます。なので皆さんに綺麗に整えてもらおうとおもいまして!」


 この綺麗な芝生のどこを整えるというのか。既に管理されているといっても過言ではないが、確かに、少しばかり伸びすぎた雑草は目につく。気になるか、気にならないかは人それぞれだが。


「私達、招待客よね? こんなことまでさせられるの?」

「ご不満が?」


 恵は昨日の夕食時の出来事で、完全にアベルに恐怖を覚えたのか、それ以上の反論はしなかった。


「では! 始めてください!」


 私達は一人ずつ軍手渡された。

 そしてアベルはパチンと両手を叩いて、草むしりを開始した。

 勿論、草むしりは招待客のみ。アベルは動かず、その様子を傍観しているだけだ。


「これじゃ、まるで奴隷ね」

「ですよね、好きなことを好きなだけって言ってたくせに」


 小さく吐いた独り言を、許可なく拾ったのは葵だった。

 葵は唯一同い年の男の子だが、私のことを年上だと思っている。そして最初の注意が効いたのか相変わらず敬語を使ってくる。


「まさかとか思いますけど、六日間全部草むしりなをてことないですよね? こんな広い敷地の草むしりなんて一日じゃ終わりませんよ」

「どうだろう。全部の草を無くすわけじゃないし、少し整えるくらいなら今日で終わると思うけど」


「ハァ」と深い息を吐くと、葵は黙々と草むしりを続けた。


 それを模倣して私も黙々と手を動かした。

 無我夢中で草むしりを続けていると、背後で「キャッ」と悲鳴が聞こえた。


「あ、ごめんなさい」


 私が咄嗟に出た謝罪を跳ね返すかのように、大きな目でギロリと睨んできたのはめぐみだった。

 めぐみは四つん這いに転げていた。


 私は館のフロアで物乞いをするかのように、アベルに膝をついて謝っていた姿が脳裏に()ぎる。


 私を睨み「フンッ」とそっぽを向いて草むしりを続ける彼女に、あなたにはその体制が似合いますよ、と心で思ってしまったのは秘めておこう。


(私が後ろにいるのに、移動しないんだ……)


 何故だかわからないけれど、私はめぐみに嫌われているらしい。

 知らない間に彼女の嫌ことをしてしまったのだろうか。

 いくら考えても身に覚えがないので、反省のしょうがなかった。めぐみとの間にできてしまったわだかまりはいつか解けるだろう。そう思っていた。


(気まずい。他へ行こう)


 ふと目に止まった瑠夏の元へ行くことにした。

 もしかしたら、仲良くしてくれたのは二人の時だけで、もう用無しだと思われるかもしれない。

 何故来たの? と言われるかもしれない。

 経験上、友達とは二人の時は話してくれるが、大人数になると目を逸らし無視される事が多かった。


 少し怖いかも。

 でも陽気な彼女なら。

 いや、瑠夏なら――――。


「瑠夏」

「ん?」


 やってしまった。

 心の中と会話が混ざり、会って間もない人を呼び捨てしてしまった。


「ごめ――」

「美紀、そこのハサミとってくれない? 雑草って意外と丈夫でさ、中々抜けないんだよ。だからずるして切ってやろうと思って」

「あ、うん」


 私は芝生にの上に置いてあるハサミを拾い、瑠夏に渡した。


 私は今、どんな顔をしているのだろう。口元が狐を描いているのではないか、目を輝かせているのではないか。

 初対面の相手やどうでもいい相手に対して、愛想良く演じることは得意だ。

 だが、始めてできた『友達』に対してどう接するのが正解なのか、この手に関しては奥手だった。


 そして私が瑠夏、と呼んだことを特に気にする素振りもせず、当たり前のように私を美紀、と呼んでくれたことが素直に嬉しかった。


「美紀! 手止まってるよ! 早く手伝ってよ」

「うん」

「てかさー? 激おこアベルの顔みた? 笑い堪えるの大変だったよ。顔は笑ってるのに、言葉には棘しかないの!」

「うん。左目がピクピクしてたよね」

「アハハ! そうそう! まじウケた。可愛い子供って感じ。また怒らせるのもありかもと思っちゃった」

「それはやめた方が……」


「何遊んでるんですか〜? こっちは真面目にやっているのに、端の方まで笑い声が聞こえてましたよ」


 私と瑠夏に近づいてきた葵は正門の方を指で示した。

 ここから正門までの距離は遠いのに、聞こえていたということは私達の笑い声はとても大きかったということだ。

 アベルにまで悪口が聞こえてないことを願った。


「それにしても、九月なのになんでこんな暑いんですかね?」

「九月なんてまだ夏でしょ〜」

「瑠夏ちゃん知らないの? 暦の上では秋は八月からなんだよ」

「は? こよみのうえ? 何それ意味わかんない」

「はぁ。君ってお父さんお医者さんなんだよね?」

「そうだけど〜」

「君さ〜、常識とかマナーお父さんから学んだ方がいいよ」

「は〜? 何様? お父さんは必要なことだけ学べばいいって言ってたもん」

「必要なことって?」


 瑠夏は少し考えて、自信満々そうに上目遣いでいった。

「ん〜色気とか?」


「フフッ」

「ねぇ! 笑わないでよ美紀〜!」

「美紀さんも色気について学ぶことあるんですか? 女性ってそうなのかな〜」

「まさか。瑠夏と一緒にしないでよ」

「ちょっと! どういう意味よ〜」


 年も近いせいか、瑠夏も葵も話しやすい。

 この館に来て、冗談を言い、笑い合える日が来るなんて思っていなかった。

 不覚にも『楽しい』と感じてしまった。

 この感情がずっと続いたら、人生は楽しいだろうな。

 この館で初めて会った招待客達とは、偶然か必然か、何かの巡り合わせによって集められ出会った。


 二人との出会いが、この館でなければよかったのに。

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