友達とは
私が尋ねると、アベルはにやりと笑って「それはお楽しみで!」と上手くかわされた。
「では、十時にフロアに集合してください!」
朝食を終え食堂を後にして、一度部屋へ戻りスマホの時計を見る。
「もう九時十五分か……、お風呂に入らなきゃ」
昨夜はとても疲れていたため、入浴をせずにすぐ眠ってしまった。
「なんだか体も気持ち悪い気がするし」
フロアに集まるのは午前十時。入浴から服を着て集合まで四五分もあれば充分だ。
よく、女性は準備に時間をかける、と言われているが。私は元々髪の毛がストレートだし、化粧をするタイプでもない。アベルから楽な服装でと指定もあったので服を選ぶ必要もない。
アベルから説明があった一階の階段の左側に扉があり、開けると赤と青の暖簾が掛けられていた。
青の暖簾には男、赤の暖簾には女と崩れた字で書かれたおり、銭湯に行けばよく見るものではあるが、この館には似つかわしくないと思った。
暖簾をくぐりぬけると脱衣所があり、体重計やドライヤー、服などを入れる籠が六人分用意されていた。
入浴後の着替えを籠に入れると、ひとつの籠が目に留まった。ピンクや赤の絵の具が混ざったようなカラフルなバスタオルが入っている。それを見て先客がいるのだと理解した。
(そうか、お風呂は共同だからお互いの裸を見ることになるのね……嫌だな)
女同士だから、と気にも留めない人もいるだろうが、私は裸を見せ合うことに少し抵抗がある。単純に恥ずかしいと思ってしまう。
母と一緒に入浴したのは物心つく少し前だったと思う。気が付いたら一人で入るようになっていたし、それ以外の誰かと一緒に入浴した記憶がない。
中学校の修学旅行では友人と大浴場には行かず、部屋ついているシャワーで済ませていた。
物心ついてからの私にとって初めてといっても過言ではない、誰かと一緒に入浴する、をこの館で体験することになるとは。
一瞬、戻って違う時間に入ろうかとも迷ったが、そんな時間もないし、何より体が気持ち悪い。それに六日間宿泊するのに、誰かを避け続けることは難しいだろうと考え、私は我慢して入浴することにした。
身に着けていた唯一のアクセサリー、ネックレスを外し、服を脱ぎ、体の鎧を全て外して、お風呂へ向かった。
石でできた浴槽、大人八人は余裕で入れそうな広さだ。お湯の温度が高いせいか湯煙で視界が曇る。その見た目に胸が跳ね上がったが、やはりこの館には似つかわしくないと思った。
足から徐々に体を風呂の中に入れた。湯船に浸かると温かくて、心が癒される。
「はぁ、気持ちいい」
「まじで極楽~これこそ、天国へようこそ! って感じだよね~」
「うん、だね…………ん?」
声のするほうへ目を向けると、渡辺瑠夏がいた。
湯船に溶けてしまいそうな白い肌で、銀色に光るアルファベットのRと彫られたネックレスをチラつかせている。
「うわ、いつの間に?」
「ずっといたけど?」
しまった。湯船に気を取られて、先客がいることをすっかり忘れていた。
「美紀ちゃんだよね? 初めて喋ったね~! あれ?美紀ちゃんて年上だったっけ? でもタメ口でいいよね~? てかさ~私たち本当に死ぬのかな? 自分が死ぬとか全然想像つかないんだけど~」
まぁ、よく喋ること。この子は口から生まれたのか? とつい口を突いて出そうになってしまった。
「そうだね。想像もつかないし、死ぬつもりもないよ」
「やば~超強気じゃん。私も死ぬ気はないけど! まぁでも、クソイケメンとセックスしてから死ぬならありかな~」
早口言葉でも聞いているかのようだった。瑠夏の淡々と話す口調に私は置いてけぼりをくらっている。
無論、彼女の下賤な発言に私は言葉を返さなかった。
「アハハ、美紀ちゃん照れてんの~?」
(照れているのではなく、引いているのだ)
「別に、そういう話が得意ではないだけ」
「へぇ~? 満更でもなさそうだけど?」
「何をっ!」
「でも~チャラい男より、イケオジより、もっと年を取ったアベルなら大歓迎かも! なんつって冗談!」
瑠夏のいうチャラい男というのは恐らく北原優作で、イケオジとは織田創のことなのだろう。
「アベルって何歳なのかな?」
「十二歳らしいよ~」
「やっぱり、まだ子供ね」
「え、まじ? ショタコン?! まぁ、いいんじゃない? ほらアベルも言ってたじゃん! 犯罪はバレなければいいって!」
単純に疑問を口にしただけなのに、瑠夏の中で勝手に話は進み、なぜか私はショタコンになってしまった。
確かにアベルはハーフ顔で、彫刻のように整った顔立ちをしているが、内面はどうか。
あれは異常者だ。天は二物を与えず、整った容姿を授けたが、知能は与えなかったようだ。普通あれを好きにはならないだろう。
「あんなサイコパス野郎誰がっ!」
「でも……アベルがもう少し大人になってからのほうがいいと思う。せめて高校生くらいかな? 体力的にも!」
「何の話してるの! だから違うって! 勝手に話を――」
「美紀ちゃんさ~結構いい体してるよね~。私初めて見た時から目を付けてたんだ~」
一瞬、この子はやばいかもしれないと怪訝な顔をしてしまったが、瑠夏の可愛らしくにやりと笑う顔を見て、冗談だとわかる。
瑠夏の手は、いやらしく蛇のようににょろにょろと私の胸元まで伸びてきた。
「ちょっと!」
「いいじゃん! 減るもんじゃないし! それに友達でしょ?」
「…………友達?」
「うん! だって、一緒にお風呂に入ったし、一緒にご飯も食べたし、部屋は違うけど同じ屋根の下で寝たし! 何なら一緒に寝る? 女子会的な?」
私に友達と呼べる人はいない。
一緒に風呂に入れば友達なのか、一緒にご飯を食べたら友達になれるのか、一緒に寝て女子会をしたら友達という括りに入るのか。
私は友達という関係性がどんなものなのか、いまいちよくわからない。
けれど誰かに、友達だ、とはっきりと言葉で言われたのは初めてかもしれない。
「え、なになに? 泣いてんの?」
頬を滴る何か。私はそれを手のひらで触れ、確認した。
涙…………?
「びっくりした! もう! 何で泣いてんの~?」
「……何でだろう」
込み上げる感情は、悲しいのか、嬉しいのか、楽しいのか、自分でもわからない。
けれど今は、涙を見せてしまった瑠夏に向けて、笑いたいと思った。
初対面でソリが合わないと思ったことに、心の中で詫びた。
瑠夏は私の笑みを見て驚きはしていたけれど、彼女の持ち前の人懐っこい笑みを浮かべてこう言った。
「美紀ちゃんは、笑っていたほうが可愛いよ」
生々しい女子同士の会話を表現してみましたが、どうか引かないで下ださい……。
現実も実際、こんなものかと……。
ええ、女子同士の入浴シーンということで、この作品男受けも狙ってます。
ぜひ、読んでください。
評価、ありがとうございます。
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