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ナイフとアベル

 夢を見た――。

 部屋の扉がギーッと音を立てて、少しずつ開いていき大きくて黒い影が入ってきた。


(誰だろう。もしかして私、殺される?)


 抱いているバットを思いっきり振りたいのに、金縛りが起きたかのように体が動かない。

 大きくて黒い影は徐々に私へと迫ってくる。逃げたいのに動かない。

 動くことも、抵抗することもせず、薄っすらと開けた目だけを動かした。


 やがて大きな影は私に覆い被さった。

 そして、私を包んだ。時にやさしく、乱暴に。

 初めての経験に嫌悪感は抱かなかった。

 気色悪いと思った。でもそれを快楽とさえ感じ、気を失うように再び眠りについた。

 得体のしれない何かに飲み込まれるような夢――――。



 夢だと思っていたのに。

 目が覚めると、私の上に美少年が乗っていた。私の腹に馬乗りのなって右手にナイフを握りしめている。ナイフの刃先は私の首へ向いていた。


 まだ夢か…………。


「――くださーい」


 ああ、そろそろ夢から覚めないと……ナイフを持っている意味は分からないけれど、上に美少年とは良い眺めだ。


「美紀さーん! 起きてくださーい!」


(ん?)


「み! き! さーん!」

「はい?!」


 何度も名前を呼ばれ、やっと意識がはっきりしてくると、顔だけ起こして目をパチクリさせた。意識を覚醒させて、私は思った。ああ、昨日の何もかもが夢じゃなかったんだ、と。


「アベル……聞きたいことが沢山あるんだけど」

「やっと起きましたか! 美紀さんおはようございます!」

「何で……私の上に乗っているのか教えてくれない?」

「皆さんはもう起きていますよ!」

「なんで……ナイフを持っているの?」

「これですか? 何度呼び掛けても起きないので、刺したら起きるかなと!」


 アベルは右手に握りしめたナイフを慣れた手つきでくるくると回し、美しい顔に似つかわしくない物騒な冗談を気味の悪い笑みで言った。


「どこを刺すつもり?」

「迷っていたところなんですよ~。顔を刺したら美紀さんの美貌に傷がつくし、首を刺したら死んでしまうし」

「……………」


 脳が状況を把握するまでに数分要した。

 何故なら、私の上に馬乗りの美青年に見惚れていたから……ではなく、アベルが右手に持ったナイフを見て、死と隣り合わせの館にいることをすっかり忘れていたからだ。

 寝起きとはいえ、油断していた。

 枕元にあるスマホの時計を見ると午前八時半を回っていた。


「あれ? 朝食の時間……」

「皆さん既に食堂に集まっていますよ!」

()()()?」

「はい! あと美紀さんだけですよ」

「ああ、食事は()()()()()()()でするルールだったわね」

「はい! この館のルールです!」

「……わ、わかったから、退けてくれない? 準備するから」

「おっと、失礼いたしました」


 アベルは私の上から降りると、「では、食堂で待っていますよ。急いでくださいね!」と言葉を残して部屋を出て行った。

 アベルの後姿が消えるのを見届けて、心の底から深くい息を吐いた。


「はぁ――。びっくりした。寿命が縮まった。それにしてもこんなに寝てしまうなんて」


 十時間は寝ただろう。

 昨日はひどく疲れたせいか、本当にぐっすり寝てしまったようだ。寝すぎたせいで筋肉痛のように体が重い気がする。


「腰も痛い……」


 スマホのアラームにも気づかず、ナイフを持ったアベルに起こされるなんて、危険行為だ。起きるのが後数分遅れていたら、と考えるだけで恐ろしい。


「皆集まっているといっていたわよね。早く支度しないと」



 食堂に行くと、見慣れた顔ぶれが並んでいて私は胸を撫で下ろした。館に招待されて今日昨日の関係だけれど、全員生きていることに安心した。

 誰でも出入り可能な、鍵のついていない部屋。いつ誰が犯罪を犯そうと咎められることのない、それが許された館。

 生きていることが当たり前じゃないと思わされる。


「おはようございます。遅れてすみません」

「美紀さんといったかしら? よく眠れたようですね。顔がすっきりしているわ」

「はい……すみません」

「いいんですよ。若い子は沢山寝たほうがよく育つのだから!」


 菊は優しい笑みを浮かべた。昨日はただ怯えていたが、今日は落ち着いているようで心なしか顔色が良い気がする。

 一方、めぐみがかけてきた言葉は嫌味だろうが、腹を立てるほどの物言いではない。悪いのは寝坊した私だし、菊が和ませてくれたおかげで、それ以上嫌味を浴びることはなかった。


(皆もよく眠れたのかな)

 館内が昨日よりも生き生きとした生気に満ち溢れているような気がした。


「朝食は毎朝八時からです! 美紀さん、明日は寝坊しないように気を付けてくださいね! では、頂きましょう!」


 私は昨日と同じ席に座った。

 白米や焼き魚、卵焼きにお味噌汁が並んでいて、無意識に顔がほころんだ。味噌の溶けた匂いがなんとも落ち着く。

 昨日の夕食がパンだけだったせいか、何度も腹が鳴るほどの空腹だった。日本人にとって当然で最高の朝食に、感謝の気持ちを込めて手を合わせていただく。


「今日はイベントがあります! 朝食が終わった後、動きやすい格好でフロアに集合してください!」


 この館のルールは三つある。そのうちの一つが『この館で行われるイベントには必ず生きている全員が参加すること』だ。

 イベント……。何かのゲームをするつもりなのか、あるいは殺し合いでもさせるつもりなのか。


「イベントって何をするの?」



ブクマ、誤字報告、誠にありがとうございます。

とても励みになります。

感想、評価もぜひ、よろしくお願いいたします。

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