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共犯者

「オエッ。美味しくないな」

 葵は顔をしかめて舌を出した。


 人生で初めて飲んだ葡萄酒は、酸味や渋みが口の中に広がり葡萄どころではなく、早く飲み込んでしまいたいと思うほどに、不味かった。

 残りの葡萄酒を一気に飲み干しワイングラスを空にした。


 やがて全員のグラスが空になると、大人たちのワイングラスには引き続き葡萄酒が注がれた。未成年の飲み干したグラスは片づけられ、新しいグラスが用意された。


 次はどんなお酒が注がれるのかと心構えしていると、牧村は新しいグラスにオレンジジュースを注いだ。もうお酒は飲まなくてよいのだ、と安堵の息を吐いた。

 未成年は二杯目からアルコールを飲まなくてもいい、という私達へせめてもの配慮だろうか。


 強制的に犯罪を犯すことになってしまったが、これで私達は全員共犯者ということになる。

 何故、葡萄酒を飲む必要があったのか。

 何故、食事はパンだけなのか。

 何処かで見たことのある晩餐……これは何かの儀式のように思える。

 アベルとこの館への謎が増えていくばかりだ。


「美味しいけど……やっぱりパンだけじゃお腹は満たされないな」

 苦笑しながら言う葵は、すでにパンを十二個胃の中に入れている。


「そうかしら? 私は満足できたわよ。人間の体はお腹いっぱい食べるよりも腹八分に抑えるのが健康的なのよ。食べ方もそう。頬張るよりも少しづつ食べるのが常識よ」


 まるで高級料理でも食べるように丁寧にナイフでパンを切ってフォークで口まで運んだ。めぐみは、両手でパンを持ち、口いっぱいに詰め込んだ杏奈を一瞥して言った。

 杏奈は気まずそうにパンをお皿に置くと、不器用にナイフとフォークを手に持った。


 めぐみがテーブルに並ぶパンに手を伸ばした際、服の袖から肌がチラついた。思わず「え」と小さく声が漏れた。

 その理由はめぐみの腕に赤い痣が見えたからだ。

 私の声に反応しためぐみと、一瞬目が合ったものの、すぐに逸らされたため私もパンに視線を戻した。


 痣を見て母を思い出した。生きていたころはよく痣ができる人だった。

 父と母は寝室が一緒で、朝になると痣が増えていたこともあった。めぐみのように腕にできることが多く、私はそれが気になって母に尋ねたことがある。

 決まって母は、どこかにぶつけちゃったみたい、とはぐらかすのでそれ以上は踏み込まなかった。

 ――そういえば、母が亡くなった時も痣があったな


 めぐみの腕の痣に対してこの場で、その痣どうしたんですか? と聞いたところで母のようにはぐらかされるのだろう。踏み込んではいけない領域、関わるべきではない問題だと、自分に言い聞かせる。

 そもそも問題を解決するほどの脳もなければ正義感もないが。



「牧村さんと言いましたね、あなたもそこに立ってないで一緒に座って食事をしませんか?」

  

 守護神のようにアベルの後ろに立つ牧村に声をかけたのは創だった。


「いいえ、私は後ほどいただきますので。ご配慮いただきありがとうございます」

「そう仰らずに。椅子なら持ってきますので、ここに座ってください」


 創は自分の椅子を譲り、牧村に座るよう促した。

 一度は断ったものの、二度目は断りづらいというのが人の性だ。断らせないように創自ら行動を起こし、誘導しているようにも窺える。


「……では、お言葉に甘えて……」


 恐る恐る腰を下ろそうとする牧村にアベルが告げた。


「何のつもりだ? ――牧村、お前は招待客じゃないだろう。座るな。絶対に、だ」


 アベルは威圧的な声音で言った。

 やはり、と納得するように牧村は「失礼いたしました」と謝罪し、そそくさにアベルの背後へ戻った。


 創は自分の椅子に座りなおすと、深いため息を吐いた。苛立ちすら見えるその様子は、作戦や計画が失敗したかのような態度で、不機嫌さを隠しもしない。


 だが一体なぜ、夕食の席に牧村が参加してはいけないのか。何故、腰を下ろそうとする牧村を強い口調で止めたのか。

 この時代に王と奴隷、貴族と平民、主人と世話係、そんな関係性は存在するのだろうか。確かにここには実在している、か。一緒に食事すらできない牧村に私は少し同情した。


 一方、テーブルの左端に座る舞香と優作は葡萄酒を飲み続け、すでに出来上がっている状態だ。

 頬を薄紅色に染めた舞香は接着剤のように優作に張り付こうとしているが、それを何度も振り払う優作。一見イチャイチャしているように見えるが、優作は煙たがっているようにも窺える。


 婚約したてのカップルなら、すでに部屋へ向かうのではないか。

 本当にもったいない。美女の無駄遣いだと、私は二人へ冷めた目を向けた。


 そうこうしているうちに、皆食事の手を止めはじめた。


「皆さん、夕食は満足していただけましたか? 僕は皆さんと食事を共にできて本当に幸せです! ただ、日本人の食事にパンだけというのは厳しいものがありますね。明日の食事はもっと豪華なものに致しましょう! 眠たい方もいらっしゃると思いますので、そろそろ部屋へ戻ってください! お風呂はフロアの正面、階段の左にありますのでご自由にどうぞ! 明日の朝食は八時からとなっております。遅れないようにしてくださいね! では皆さん、また明日。おやすみなさい」


 そう言い残して、アベルと牧村は食堂を後にした。


 招待客も各自部屋へ戻り始めた。

 私も部屋へ戻ろうと椅子から立ち上がった時、ふと視線を感じた。

 私に視線を送っていたのは優作だった。


 一瞬、優作と目が合ったが、私は先に視線を逸らし二階にある私の部屋を見た。

 早く部屋へ戻って眠りたい気持ちだった。だが、彼はまだ私を見ている気がする。


 ――なんだろう。

 彼の気に障ることでもしてしまったのだろうか。先程冷めた目で見ていたことがバレたのだろうか、気性の荒い人な故に仕返しでもされたら嫌だな、と考えていると。


「どうかしましたか?」 

 葵が声をかけてきた。

 同い年なのに敬語で話しかけてきたのは、自己紹介の場での注意が聞いたのだろう。

「いや、何でもないよ」


 私はもう一度優作を一瞥した。

 すると、既に彼の視線は私から逸れ、目の前の葡萄酒の入ったワイングラスに向いていた。

 優作は舐めまわすような視線をグラスに向けて、葡萄酒をくるくると回している。


 彼の視線から逃れられたことに安堵して肩の力が抜けた私は食堂を後にした。

 部屋の前で葵と別れ、扉を開けると待っていたのは神聖な白い空間だった。

 真っ先にベッドに横たわり、スマホの時計を確認する。


「まだ八時なのに、すごく眠たい」


 この館に来てまだ半日しか経っていない。ここで過ごす日々は後六日も残っている。

 生き延びられるだろうか。


 考えたいことも調べたいことも山ほどあるのに、館までの道のりと、今日起きた殺人やアベルの言葉を受けたせいで、肉体的にも精神的にもかなりの疲労感が溜まっている。

 正直、すぐにでも眠ってしまいそうだった。


「あ……これは持って寝なきゃ……」

 

 睡魔に抵抗し、最後の力を振り絞ってベッドの下にある野球バットを取り出し、抱きしめた。


「無事に明日を迎えられますよう……に……」


 そして私は眠りについた。


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