館と少年
「綺麗なところね」
白い壁に赤い屋根、色褪せた茶色い扉。
目の前に佇むのは古く年季の入った西洋風の大きな館。海外のホラー映画にでも出て来そうな外観なのに、不思議と怖さは無い。
正門から館の入り口まで続く白いタイル。広い敷地には丁寧に管理された芝生が一面に広がっている。庭の所々に置いてある羽の生えた人型の石像は不気味だが、それら全てを囲う大きな木々が館を美しく引き立てている。
とても美しく、海外や異世界を連想させる開放感のある場所…………。
館と広い庭を囲う木々をさらに囲う高く大きな鉄格子の柵。そして高く大きな鉄の正門。
到底よじ登ることの出来ない、高さ約六メートル程の『鉄の檻』だ。
まるで、ガラスの水槽に捕らわれた金魚の如く。あるいは鳥籠に飼われた小鳥の如く。鉄の檻の中は、監獄の中の囚人にでもなった気分にさせる。
この巨大な鉄格子の柵を越えることは安易ではない、けれど不可能なことではない。
自力でよじ登るためにロープやはしごを使ったり、試行錯誤しながら誰かと協力をすれば、ここから出ることなど簡単だ。
――この時はまだ知りもしなかった。
足を踏み入れてしまえば最後。私達はここから出られないということを……いや、自らの意思で出ない選択をした、が正しいのかもしれない。
だが、もう引き返せない。
何故なら私を含む十三人の招待客は、既に館の中へ足を踏み入れてしまったのだから。
そして、正門は閉められた。
***
正午過ぎにも関わらず館の中は薄暗く、灯りがついていた。
玄関に入ると広いフロアにつながっている。その正面には二階へ登る階段がある。天井は高く吹き抜けになっているが、木製の手摺が邪魔をして二階の様子を見ることはできない。
フロアにはアンティークな丸型のテーブルや椅子があり、隅には先程庭で見た石像より、ひとまわり小さい羽の生えた人型のオブジェが飾られている。部屋の真ん中に敷かれた赤が差し色のペルシャ絨毯がいい味を出し、この部屋の雰囲気を引き立てている。
古く年季が入っているのはこの館のみで、家具は綺麗で新しいものが多い。
最近館に住み始めたばかりなのか、私達を招待する為に家具のみ新しい物に買い替えたのか、どちらにしても綺麗なものは心地が良い。館の管理がしっかりと行き届いていると窺える。
(この館の主人は西洋風な物が好みなのかな?)
一体、どんな人が私達を招待したのだろう?
こんなに大きな館を所持しているのだから、館の主人はかなりの富豪なのだろう。
例えば、老後独り淋しいお婆さんが趣味の一環で人を集めてパーティーでもするのか。あるいは、お爺さんが知人を集めて、有り余っている遺産の相続人を決めるとか?
いや、楽観的すぎるか。
そもそも私はこの館の主人と面識もなければ、招待主が誰かも知らない。
ただ招待状を受け取っただけだ。
招待状があまりに魅力的な内容だっただけに、ここへ足を踏み入れてしまった。
私を含め、ここに居る全員がそうだろう。十三人の招待客。
皆、大きなキャリーバッグを手に持ち、普段より少しお洒落をしてここへ来たはず。
そして、ここに居る全員が何ヶ月も前から楽しみにしていた旅行先へ来た、というわけではない。
誰ひとり声を発せず、不安や不信を抑えきれない雲がかった表情をしているということも、私と同じだ。
誰ひとり知る人のいない招待客と、主人すら知らないこの館で私は――神原美紀は六日間、宿する――――。
コツコツと足音が聞こえて、何者かが二階から降りてくると察した。そして招待客もまた、その足音に釘付けだった。
とうとうご主人様のお出ましかと、私は姿勢を整え口角を少し上げた。第一印象は大事だと、昔誰かに教わった。
やがて足音が止み、目の前に現れた館の主人を見て、唖然とした。
は? という反応の正しい使い場所はここだった。
空いた口が塞がらないとは、正にこのこと。
主人以外この館にいる招待客全員の思考が停止した瞬間だった。
階段を下から数えて四段目で足を止めた主人は――――少年だった。
十六歳の私よりも明らかに年下の、少年だったのだ。
いや、よく見たら少年と一緒に現れたご老人ががいる。
眼鏡をかけ、黒いタキシードを着た出立ちのご老人が、館の主人という可能性もある。少年は孫かもしれない。
だがそれにしては、ご老人は見るからに少年の引き立て役で、真っ直ぐとした姿勢で立ち、後ろで腕を組む堂々とした態度の少年に、どうしようもなく目を奪われる。
黒色のスーツに赤いネクタイという正装で現れた少年は背が低い子供のくせに階段から私達を見下ろしている。
(綺麗な子……)
整った顔立ちで、それはまるで彫刻のように美しい少年だ。
にもかかわらず、真っ黒な髪は所々悪戯のように跳ね、黒く塗りつぶされた生気を失ったような目を持つ。口角は上がっているのに目は一ミリも笑っていない。
なんて薄気味の悪い少年なんだ。
まるで私達を汚い家畜でもみるかのように見下している、とも感じる。
少年の立ち振る舞い、服装、私達を見下した目。
これは正真正銘、彼がこの館の主人だ。
館に着いてから誰一人として言葉を発していないが、少年の登場で空気は更に静まり返り、招待客の頭を混乱させた。この場をだれがどう収めるのか。
招待客から「お世話になります」というべきか。普通なら招待した側が「よくお越しくださいました」というのが一般的な気もするが。
すると少年は大きく手を広げて口を開いた。
彼の声音は変声期前の少し高い音を鳴らす子供そのものだった。
「皆さん、天国へようこそ! 僕は『アベル』と申します! どうぞよろしくお願いします! 突然ですが、皆さんは明日地球が滅亡するとしたら、最後に何がしたいですか?」
新連載始まりました。
毎日投稿していくので、読んで楽しんでください。
皆様の感想やレビューお待ちしております。
加えて、誤字脱字報告もよろしくお願いします。
リアクションもお待ちしてます。