2. ネモ、目覚める
今日も、この小さき世界に足を踏み入れてくださり、ありがとうございます。
第二話での、小さき出会いが、あなたの心に届きますように(-人-)。
白い羽根に覆われた、小さなフクロウ。
つぶらな瞳が、闇の中でかすかに光を灯していた。
ぽて、ぽて。
ほとんど音を立てず、フクロウは小さく歩き出す。
その足取りは、まるで何かを導くように、ゆっくりと時計の前まで進み、コツン、コツンとつついた。
まるで、「ここを見るのじゃ」と言わんばかりに。
──時計の針は、まもなく8時を指そうとしていた。
「……っ!?」
藍は跳ね起きた。
心臓が強く打ち、呼吸が浅くなる。
(夢……?)
視界に映るのは、見慣れない天井。
部屋の隅には、昨日積んだ段ボールが山のように並んでいた。
(あ……そっか。引っ越して……)
ぼんやりした意識が、ようやく現実に追いついていく。
「大学……今日、オリエンテーションじゃん!!」
スマホを手に取る。
表示は、まさかの「8:00」。
(うそ……夢と、同じ時刻……)
現実の針も、きっちり裏切ってこなかった。
「ひええええええええ!!」
布団を蹴り飛ばし、反射的に洗面所へ走る。
冷たい水を顔にぶつけて、意識をはっきりさせた。
バッグにノートと筆記用具を突っ込み、服を探してる――その途中で、手が止まった。
(夢の中で……白い鳥、みたいなのが……)
枕元に、ふわりと何かが転がっていた。
手に取ると、それは小さなフクロウの置物だった。
陶器のようでもあり、ぬいぐるみのようでもある。
どこか曖昧な質感だったが、手のひらに妙になじむような温かさを感じた。
裏返すと、小さな文字が刻まれている。
──ネ……モ。
「ネ、モ……?」
口にした、その瞬間、置物が手のひらの中で、もぞりと動いた。
「うぇえ? なに!?」
思わず手を放すと、フクロウは布団の上にぽすんと落ちた。
そして――
「ゴルァァァァァ!! ワシを投げるとは何事じゃ、小娘ェ!!」
布団の上に落ちたそれを、藍は黙って見つめた。
……それも、藍を見返している。
「……」
「……」
しばらく睨み合うようにして、沈黙を破ったのは、やはりフクロウのほうだった。
「娘! かたまるな!」
寝坊の焦りと、正体不明の“何か”に対する混乱で、藍の頭はほとんど機能していなかった。
出てきたのは、ただの絶叫だった。
「しゃ、喋ったああああああ!?!?!?」
「当たり前じゃ! ワシを誰と心得る! “七界に名を轟かせる大いなる知恵の結晶”、ネモ様じゃ!!」
「し、知らない!」
「それを知るはおぬしの務め……ふむ、ようやく継がれたか、この家の血が!」
「え? 継ぐ? ていうか、大学の時間が!! もう8時10分じゃん!! やばいって!」
「なんと! この大事な時に優先するのが大学とは……現代の調節師はこれだから!」
「ち、ちょう……? とにかく時間ない!! 服! 歯磨き! メイク! ごはん!? いやジュース!!」
バタバタと部屋を走り回る。
靴を履いて、玄関を飛び出す。
電動自転車にまたがった、その瞬間。
──頭の上に、ずしりとした重みが落ちてきた。
「……げ! やめてよ、目立つってば!!」
「ならばこうしてやろう──見よ、ワシの変化の術を!!」
ぴかり、と柔らかな光が弾ける。
次の瞬間、左耳に「カチッ」と冷たい感触が走った。
「……え? ピアス……?」
「いかにも。ワシの意識を宿す器じゃ。髪で隠せば人目も避けられよう」
「すご……いや、なんでピアス!? ていうか、本当に夢じゃなかったの!?」
「夢に見せて真実を示す。それが、七界のやり方じゃ。まあ、おぬしの頭で理解できるかはさておき──」
「今はとにかく大学! お願い静かにしてて!!」
頭の中がまだ混乱したまま、藍は慣れない道と、ただペダルを踏むことだけに意識を向けた。
風を切って、スピードに乗る。
電動アシストの滑らかさが、現実の手触りを保っていて、少し安心させてくれた。
生ぬるい風が頬をなでたとき、
世界は──ほんの少しだけ、違って見えた。
──第3話へつづく。(次話:3. 科学と、目に見えないもの)
ここまで寄り添ってくださりありがとうございました。
ネモと自分で名付けておいて、何度もモネと書き間違えました。
ネモの名には実は深い意味が込められています。
それはまたどこかで触れてみたいと思います。
次回は『3. 科学と、目に見えないもの』です。
第四話まで毎日22時に更新します。どうぞお楽しみに。