表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/28

27. 芙蓉の訪問と木染の刀

今日もこの物語に耳を傾けてくれて、ありがとうございます。

第二章が始まりました。今回は木染の刀について、何かわかるかもしれません。

小さな絆が、あなたの心にも届きますように(-人-)。

空は澄み渡るような快晴だった。

青く広がる空に、時折やわらかく薄い雲が流れ、木々の枝の隙間からそれが見えた。


縁側には、慧と藍が並んで腰掛けていた。

雲を運ぶ風を肌で感じながら、ふたりは静かに訪問者を待っている。


やがて玄関の方からチャイムの音が響いた。

慧が腰を上げると、藍もその後ろを静かに追う。


引き戸を開けた先に、並んで立っていたのは──

湊と、一人の女性。そしてその傍らには、まだ幼い少年が無表情で立っていた。

少年の右肩には真っ白な子狐がちょこんと乗り、頭の上には黒いカラスが静かに止まっている。

それが女性の式神であることは、彼らの気配からすぐに察せられた。


湊が軽く会釈しながら口を開く。


「慧、藍ちゃん。姉の芙蓉(ふよう)だ。姉さん、こちらが同期の慧と妹の藍ちゃん」


女性──芙蓉は自らの名を名乗ると、ゆっくりと頭を下げた。


「この者たちは私の式神です。家に上がらせていただいてもよろしいでしょうか」

「構いません、どうぞお入りください」


慧が答えると、一行は室内へと上がり、座卓を囲んで向かい合った。式たちは芙蓉の背後に控える。


「……まずは、お詫びをさせてください」


芙蓉がそう言ったのは、座についた直後だった。


「十年ほど前の事件。当時、私たちには何も知らされていませんでした。父は木染と共に祓いに出たはずでした。その後、傷ついた木染を抱えて帰ってきたのです」


その言葉に、慧がわずかに顔を上げる。芙蓉はまっすぐに視線を返した。


「通常、祓いには数名の弟子と式神を連れていくのが通例ですが、あの時はふたりだけで出かけ、記録も一切残っていません。藍さんが標的だったのでしょう」

「木染を連れて行ったのは、結界を破るためだったのだろう」


湊が静かに補足する。


「木染は、藍さんに何か言っていませんでしたか?」


芙蓉の問いに、藍は一瞬だけ彼女を見上げ、すぐに目を伏せる。そして記憶を探るように、視線を左下に落とした。


「あの時、木染さんが私の手のひらに黒くてつやつやした石を乗せました。その顔は、とても悲しそうでした。私が目を合わせると、彼はすぐにその石を取り上げて、『こんなことはすべきじゃない』と言いました。そして……誰かと、言い争っていたようでした」


芙蓉はじっと藍の目を見つめ、口を開く。


「それは……父の(いつき)でしょうね」


湊と視線を交わし、ふたりは無言でうなずいた。


「その後、木の内側から大きな手が現れ、私に向かってきて、木染さんが助けてくれました」


芙蓉が続けた。


「あの石は恐らく、魔界のものです。結界を破るために、父が木染に持たせたのでしょう。魔界由来の力を持つ者しか、扱えないものですから」

「だが、木染がそんな命令を受け入れたとは思えない。一度でも受け取ったのは……なぜだ」


湊の疑問に、芙蓉も静かに頷く。


「確かに、あの木染が……。彼は常に冷静で慎重でしたから」


しばし、沈黙が流れた。

芙蓉もまた、答えの出ない問いを心に抱えているようだった。


「……祓い師が人に手をかける理由として、“調節師を根絶するため”というのは、腑に落ちません」

「うむ、当時は調節師の慧衣子もいたが、標的ではなかったようだった」


そう呟くと、ネモがふわりと舞い降り、藍の肩に止まった。


「それに……魔界とは異なる気配も感じた。何か裏があるのかもしれん」


白狐の尾がぴくりと揺れた。


「あなたは?」

「ワシは調節師のお目付役じゃ。この若輩者の師でもある」


そう言うと、羽で藍の頭をぽんぽんと軽く叩く。


「そうでしたか……あなたからは、さまざまな界の気配を感じます。とても不思議な……」

「ふぉっ、察しがいいの。そなたの式神たちは妖界の気配を持っておるな」

「よくお分かりですね。この子たちは妖界由来の式です。焔灰(えんかい)白尾(はくび)黒尾(こくび)。父の動向を追わせています」


その時、焔灰が低く声を発した。


(あるじ)よ。白尾が何かを探知したようです」

「事件の痕跡が残っているのかもしれません。敷地内を調べさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「うむ。くくりに案内させよう」


ネモの言葉とほぼ同時に、くくりが音もなく現れ、式たちとともに姿を消した。


芙蓉は静かに包みを取り出し、布を広げた。

そこには一本の短刀が収められていた。


「これは──木染の刀です」


湊が驚いた顔で姉を見た。


「姉さん……この刀を? どうして?」

「湊、あの時、彼が私に託したの。口には出さなかったけれど、確かに“湊に刀を”と。そう伝えられたの」


湊は沈黙のまま、芙蓉を見つめていた。その蒼白な顔には、まるで過去の記憶を辿っているかのような気配が滲んでいた。


芙蓉が続ける。


「木染はいつも慎重で、正しかった。“刀”とだけ告げられた時、私は迷わずこの短刀を掴んだ。そして……あなたに渡したの」

「じゃあ……あの時……俺が……木染を祓ったのは……」

「そう……この刀……よ」


藍と慧の表情が強張る。場に沈黙が広がった。


ネモが変わらぬ調子で言葉を紡ぐ。


「魔に取り憑かれた式は、主が祓わねばならん。暴走するからの。木染はそのために己の刀を主に持たせるよう、姉であるそなたに託したのじゃな。そしてこの刀を選んだのにも、理由があるはず、と」


芙蓉はうなずいた。


「ええ、この刀は彼が愛用していた特別なもので、祓い専用のものとは異なります。私がこれを湊に握らせた時……木染は微笑んでいた……。確かに、微笑んでいたんです。そして、自ら刃を引き寄せた……」


ネモは刀のそばに降り立つと、人の姿へと変化し、刀身を抜いた。


「ふむ……良い刀じゃ。術式が複雑に組み込まれておる。魔界式じゃな。ただ、すぐに内容までは判別できん……」

「そうですか……何か手がかりになればと思ったのですが……」


芙蓉は湊の方に向き直る。


「湊、あなたが祓いから離れて以降、私がこの刀を預かっていました。いつか渡そうと、そう思って」


刀を差し出され、湊はそれを静かに受け取った。

誰もが沈黙し、湊とその刀を見守っていた。

湊は手に残る感触を確かめるようにしばし扱った後、意を決したように藍の方を向いた。


「藍ちゃん。君が六界を巡るのなら、この刀を持っていってくれ」


その言葉に、藍は戸惑いの表情を見せる。


「あの、それは……木染さんの……形見ですよね? 東雲さんにとって大切な……」

「俺は祓い屋を辞めた。君に託すよ。異界で、何かの助けになるかもしれない」

「でも……私、刀なんて……」

「うむ。この刀は普通のものとは異なる。術式の詳細は不明だが、魔界に入れば何かわかるやもしれん。藍、受け取っておけ」


そう言われ、藍は刀を受け取った。

その重みは不思議と軽かったが、そこには確かに──湊と木染の想いが宿っていた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

また境界の先で、お会いできますように(-人-)。

※毎週火・金曜22:00ごろ更新予定。

※人界の事情により、更新をお休みする週もあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ