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26. 藍の決意

今日もこの物語に耳を傾けてくれて、ありがとうございます。

今回は湊が藍たちに報告をしにきます。そして藍は新たな旅路へと──。

小さな絆が、あなたの心にも届きますように(-人-)。

慧が午前の診療を終える頃には、その顔に疲労の色が滲んでいた。マスクとメガネを着けているものの、最近は視界が冴えすぎており、かえって神経をすり減らしてしまう。記憶の回復に伴い、抑えられていた力が徐々に戻りつつあるようだった。


「先生、今日はまた目が鋭いですね」


受付にいた中原が、冗談めかして声をかけた。


「……そうか?」

「ええ。なんというか、見透かされているような気がして。気のせいかもしれませんけど」


慧が返答に戸惑っていると、湊が診療室の入口から顔を覗かせた。


「よう。ちょっと、話せるか?」


どうやら、診療が一段落するのを見計らって来たらしい。


「実家に帰ってきた」

「……そうか」

「二人に、報告したいことがあるんだ」


慧はすぐに頷いた。


「午前診療が終わったら、一緒に向こうの家へ行こう」

「助かる」


* * *


藍は庭で、くくりとクラに囲まれながら、気配の調律の修行に取り組んでいた。

仙界と精界、それぞれに気配を合わせては戻すという作業を繰り返す。その繊細な訓練には、深い集中力が求められた。


「大体いいな。わずかに乱れたが、修正も早い」


くくりが短く評価を下す。


「そろそろ、来客じゃな」


クラが言うと同時に、門の方から足音が聞こえてくる。現れたのは、慧と湊だった。


「よう、やってるな」


湊の気軽な声に、藍が振り返る。慧は静かに藍を見つめていた。


「報告に来た。……父のこと、そして木染のことも含めて」


藍の表情が複雑に揺れる。湊は一瞬、視線を伏せた。


「まず、謝らせてくれ。父が君を襲ったことを、本当に申し訳なく思ってる」

「湊さんがしたことじゃないし……木染さんは私を守ってくれた。おばあちゃんも、どこかにいると信じてる」

「……すまない」


湊は深く息を吐き、慧と藍を見据えた。


「それから、姉が君たちに会いたいと言っている。父のしたことについて詫びるとともに、木染について確認したいことがあるそうだ。姉は信頼できる。安心してくれ」

「藍がよければ、俺は構わない」

「私で何かわかることがあるなら」

「……ありがとう。それと……父は今も調節師を敵視していて、再び君を狙うかもしれない。気をつけてくれ」


そのとき、ネモがふわりと羽音を立てて舞い降りた。


「ふむ、その点は心配無用じゃろう。藍はこれから、六界を巡って修行に入るところじゃ。しばらくは人界を離れる」

「異界……そうか、異界にいれば父も手出しできないはずだな」

「え? 私、六界に行くの? 大学は? バイトは?」

「うむ、夏休みじゃろ。夏の間に異界を巡るのじゃ。残りの界とも契りを結ばんとな。この家の結界は四天王とクラが守るゆえ、安心せい」


「診療所もまっかせてよ! 私たちが交代で手伝うからさ」


ひのかがヒョイと顔をだす。


「それは助かる」

「そんな話、聞いてないよ……というか、ひのかとしなつは……やめた方がいいと思うよ、たぶん」

「そうだな。あの二人は引っかき回すか、寝てるだけだからな」


くくりが苦笑しつつ言うと、ひのかがすかさず反論する。人と人ならざるものたちの和やかな空気に、湊は懐かしさを覚えていた。


* * *


藍は家の庭に立っていた。目の前には、いつもの木が静かに佇んでいる。風がそっと枝葉を揺らしていた。


そこへ、慧が現れた。


「異界へ修行に出るとはな」

「うん……お兄、これって夢じゃないよね。なんかまだ、全部夢の中みたいな感じで」

「俺もだ。十年以上、封じられた記憶で生きてきた。戻ってきても、気持ちが追いつかない」

「この家に来てから、色んなことがあって……信じられないような気持ちと、そうじゃない気持ちが半々」


「人間にとって、十年は長いからな」


ネモがふわりと肩に乗る。


「ネモは変わらないね」

「わしは人間ではないからの。──ところで、慧。すでに気配を消しておるようじゃが」

「まあ、感覚は残ってた。意外とすぐ戻ったよ」

「え、お兄、気配を消してたの?」

「基本中の基本だよ。呼吸と同じさ」

「すご……」

「わしが教えたからじゃ! 師匠の腕が良いのじゃ!」


「はいはい」


ふたりの声が重なった。その響きに懐かしさを覚え、藍は思わず笑みをこぼす。


「……おばあちゃん」


藍は木に手を添え、そっとつぶやいた。


「ばあちゃんは言ってた。木の中から、俺たちを見てるって」

「今度は、私が助ける。待ってて。おばあちゃん」

「まずは、六界すべてとの契りを済ませてから、じゃな」


藍は静かに空を見上げた。その瞳には、確かな決意が宿っていた。



──第二章 異界修行編に続く。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

今回で第一章が完結しました。第二章からは異界修行編が始まります。

また境界の先で、お会いできますように(-人-)。


第二章は2025年8月1日(金)から更新開始。

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