24. 祓いの残響と温もりの記憶
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今回は、東雲家の家族が出てきます。
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東雲家の門をくぐるのは、湊にとって何年ぶりのことだっただろう。
石畳を踏みしめるたび、靴底が音を吸い込まれていく。この場所は、かつて彼が育った家であり、式たちとともに祓いの型を学び、父の背中を追っていた場所だった。
そして何よりも、温かな木染との記憶と──己の手で命を奪った記憶が刻まれている場所でもあった。
出迎える者はいない。玄関の引き戸に手をかけた瞬間、湊の指がわずかに止まった。
中にいるのは父、東雲 斎。かつて「祓いとは正義だ」と言い切った男。そして、木染を祓うよう、湊に命じた張本人だった。
扉を開けると、すぐに現れたのは姉の一人、芙蓉だった。
「久しぶりだな」
その口調は淡々としており、目の奥にある感情は読み取りづらい。だが、その立ち姿は昔と変わらず、祓い師としての凛とした雰囲気を纏っていた。
「親父は?」
「奥に。茉莉がとりなしてくれた」
そのとき、奥から別の声が響いた。
「おかえり、湊。顔が見られてよかった」
柔らかな声音とともに現れたのは、もう一人の姉──茉莉だった。彼女は優しい眼差しで、まるで過去と変わらぬように微笑みかけてくる。
「茉莉姉さん、無理を言ってすまない」
「いいのよ。さ、こっちへ」
微笑む茉莉の隣で、芙蓉は黙したまま視線を伏せた。
沈黙と微笑みの間を抜け、湊は廊下を進む。父の気配は、その先の座敷にあった。
「家を出たお前が、何の用だ」
座敷にいた斎が、変わらぬ厳しい声音で問う。
「木染のことを聞きに来た」
父は目をわずかに細めたものの、表情は変えなかった。
「いまさら何だ」
「伏間家の兄妹と会った。彼らは力と記憶を取り戻したよ」
しばしの沈黙の後、湊は問いかける。
「なぜ木染を使って彼女を襲わせた」
芙蓉は眉をわずかに上げ、茉莉は息をのみ、手を口元に当てた。斎はゆっくりと、だが確かな口調で答えた。
「当然だ。あれは、芽のうちに摘むべき存在だった」
「理由を聞かせろ」
「伏間家は調節師の系譜。本来なら祓い滅ぼすべき存在を異界に逃している。調節などと称しているが、異界と通じる闇の手先にすぎん。放っておけば、世界は闇に沈む」
「人が引き寄せる歪みを彼らが調節していることを、あなたは知っているはずだ」
斎は一点を見つめたまま、感情を抑えた声で言葉を続ける。
「歪みは祓うものだ。調節するものではない。調節師の存在こそが歪みだ。存在してはならぬ。あのような力など目覚めなければよかったものを」
湊の唇がかすかに震えた。
「なぜ俺の式を使った」
斎は初めて息子を見た。その瞳は凍った水面のように、感情の波を一切映していなかった。
「あれは魔界由来の式。精界の結界を破るには、最も適役だった。ただ、それだけだ」
それはまるで台詞を読み上げる人形のような声だった。
「お前は医者だろう。もうこの家のことには関わるな。帰れ」
斎はそう言い残して立ち上がった。
「待て。まだ彼女を、伏間藍をどうにかするつもりか」
「お前には関係ないことだ」
斎が立ち去ったあとの座敷には、ただ静寂だけが残った。湊は正座を崩さず、うつむいたまま動かなかった。
──「適役だった」?それだけで?
それだけの理由で木染はいなくなったのか。
それだけのために、俺は──この手で──。
湊にとって、木染はただの道具なんかじゃなかった。
茉莉が沈黙を破った。
「……本当に、お父さんが木染を使ったの?」
「ああ、姉さんも聞いていただろう。それに、俺は伏間 藍本人の口から聞いた」
「じゃあ、あの日……一体何があったというの?」
湊は二人に当時の出来事を語り始めた。茉莉は驚愕し、芙蓉は考え込むような表情を浮かべた。
「対立していた伏間家とはいえ、子どもを襲わせるなんて」
「木染がそれを納得したとは思えない」
「すべてを知らされていなかったのかもしれない。木染は彼女を助けたのだから」
「……木染らしいな」
「ああ……」
茉莉はふと、過去を振り返るように目を細めた。
「お父さん、お母さんのことがあってから変わった気がする……ね、芙蓉」
「うん。私もそう思う。私たちの知らないところで、何か事情があったのかもしれない」
「正しさを掲げ、息子の式を使って子どもを襲わせ、失敗すれば祓わせる。あいつは、そんな男だ」
湊は吐き捨てるように言った。
姉たちは悲しげな表情を浮かべながら、言葉を失っていた。
──しかし、芙蓉だけは感じていた。あの日、木染が深手を負って戻ってきたときから胸に渦巻いていた違和感。それは真相を聞いた今も、決して消えることはなかった。
あの日──。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
また静かな境界のほとりで、お会いできますように(-人-)。
※毎週火・金曜22時ごろ更新。お楽しみに。