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23. 祓わず、滅せず、調える

毎度ご訪問ありがとうございます。

今回のお話では、藍が初の調節をします。

気に入っていいただけると、嬉しいです(-人-)。

構内のベンチには、いつものメンバーが揃っていた。


「ね、ね、今度さ、デートしようよ!」


背後からひのかのいたずらっぽい囁きが響いた瞬間、千早の肩がビクッと跳ねる。顔が真っ赤だ。


「お前、ホンマに反応わかりやすいなぁ〜!」


立川がケラケラと笑いながらツッコむ。その様子を、少し離れた場所で藍が水筒を手に眺めていた。

ひのかは今日もマイペースだった。


そのとき──


「こんにちは。みんな揃ってるね、楽しそうだ」


講義帰りの湊が、ひょいと現れて軽く手を振る。前に歓迎会で顔を合わせていたからか、場の空気はすぐに和んだ。


湊は藍の前まで来ると、どこか真面目な声で口を開いた。


「藍ちゃん、このあと、ちょっと付き合ってくれないかな。君の“力”を借りたいんだ」


唐突な申し出に、藍は「え?」と目を見開く。すると、紗夜がピクリと反応。


「え、なになに? 二人でお出かけ? どうぞどうぞ〜!」


興味津々で乗り出してくる紗夜に、ひのかがふ〜むと目を細めて呟いた。


(力、ね)

「藍〜、じっくりゆっくりしっかり、やってきな!」


おどけたように言いながらも、その目はどこか応援しているようだった。


一方、立川と千早は完全に置いてけぼり。


「なんだなんだ?」

「さっぱりだ……」


顔を見合わせて首をひねる二人を横目に、藍はそっと立ち上がった。

湊の言葉──『君の“力”を借りたい』のは”調節”のことだとわかっていた。


自信はない。でも、何かの役に立てるなら。ネモもいるし──

そう心の中で呟きながら、彼のあとに続いた。


車の中、湊と二人きりになると、話は自然と過去のことに及ぶ。


「木染のことは、まだちゃんとわかってなくてね。実家の父とは、折り合いが悪い。この件が終わったら、話をしに行くつもりなんだ」


ハンドルを握りながら前を見据える湊。その声は静かで、少しだけ苦さを含んでいた。


「はい……」


藍は何と返せばいいのか分からず、小さく頷くだけだった。


しばらくして車は止まり、目の前にそびえる巨大な建物に藍は思わず声を漏らす。


「……えっ、ホテル……?」


ロビーに足を踏み入れると、高い天井と広々とした空間に圧倒される。

湊は慣れた様子で藍をソファへ誘導した。そして少し振り返りながら、


「あそこ、カウンターの中。彼女がいる」


小声で指を刺した。藍の視線が向かった先、フロント業務をしている女性。その周囲に、確かに何かがまとわりついていた。


「あの人は、東雲さんのところに紹介した──」

「そう、診察は続けている。治療も施している。でも、あの“気配”をどうにかしない限り、根本的な解決にはならない」


すると、ネモが藍のカバンから顔を出す。


「ならば、なぜ自分で祓わぬのじゃ」


湊は苦笑いを浮かべながら、短く答えた。


「もう、祓うことはやめたんだ。今は医者だからね」


そして藍の目を真っすぐに見つめた。


「だから、君に“調節”してほしい」


──私に?


藍の頭の中に疑問が浮かぶ。


「私に? どうして……」

「君のお兄さんから紹介された。それに、祓わずに“調節”するというやり方を、君から見せてほしいんだ」


その瞳は、図書館で出会ったあのときと同じ。まっすぐで、真剣だった。

ネモが言う。


「ふむ、実践をせねば、腕は上がらんぞ。やってみい」

「でも、どうやって……」

「まずは観察じゃ。気配を探れ」


藍は目を閉じ、意識を集中させる。──黒い何かが渦を巻いてる。怨みや憎しみ……そんな感情が、隣の若い女性に向けられている。


「うむ、良いぞ。その黒いものは“憑いている”ものじゃ。しかし、どこから来ておるか……“内側”を探れ」


深く息を吸い、さらに意識を沈める。

すると──女性の中に、澱のように沈んだ“何か”が見えた。見えた瞬間、周囲の空間が歪み、黒いものがその澱と繋がっていることに気づく。


「……あれは、魔と妖の繋がりじゃな。運がいい、精調と仙調で対応できる」

「えっ、調節できないこともあるの?」

「そりゃそうじゃ。界によっては、おぬしの契約が足りぬ。今回はたまたま、相性が良かっただけじゃ」

「そんなの……聞いてないよ」


ネモは軽く笑い、「まずは彼女を一人に誘い出せ。お前たちは顔が割れておる。なぎに来てもらおう」と言った。

精調でなぎを呼び出し、人間の姿になったなぎが女性をホテルの庭園へと誘導する。

藍、ネモ、湊の三人は物陰からその様子を見守っていた。


「藍、境界をひけ」


藍は再び意識を集中させ、女性の内側に沈む澱を捉えた。

次の瞬間、女性の周囲を覆っていた黒い気配がこちらへと動く──


「来るぞ、流じゃ!」


影が迫る。藍は一瞬、体がこわばる。


──まずい!


ネモが飛び立ち、影を弾く。


「しっかりとらえよ!」


藍は息を吸い、静かに構えた。


「仙調・流!」


発した術に呼応して、影は伏せた犬のようにおとなしくなった。


「内側の調節をせい!」


藍はなぎと視線を交わし、同時に術を放つ。


仙調・境(せんちょう きょう)!」

精調・凪(せいちょう なぎ)!」


女性の中に潜む澱へ意識を注ぐ。その輪郭が浮かび、黒いものが引き剥がされていく。

なぎはその中心にある渦に共鳴し、波を静めていく。

二つの術が重なったとき、影はその役目を終えるように色を変え、空間の裂け目へと還っていった。

女性はふと我に返り、藍に気づく。


「あなたは、確か──」


その瞬間、ネモが術を唱える。


「封文──記憶のかけら、静かに沈め」


女性の目がふわりと和らぎ、なぎが笑顔で声をかける。


「素敵な庭園まで案内していただき、ありがとうございました」


女性は静かにお辞儀をし、ロビーへと戻っていった。


「ふう」


藍が息を吐くように呟く。


「よくやったな。初めての実戦にしては、なかなかじゃったぞ」


ネモが満足げに言った。


「これが調節師なのか……」


湊がぽつりと呟く。


「憑き物が気配を変えて、自ら還っていった」


「そうじゃ。調節師は、祓わず、滅せず、封じない。ただ、人の内側を調節する。そうすれば、繋がっていたものたちは、それぞれの界へ還ってゆく。元々憑いていたものたちは、人の無意識が歪んだときに引き寄せられてしまっただけじゃからな」


「人の歪みが引き寄せるのか」


「そう言うことじゃ。引き寄せる前になんとかするのが、おぬしら医師にしてほしいところじゃがな」


「確かにそうだな。あそこまでこじれる前に来てくれればいいんだが。精神科にくる時は、だいぶこじれてから来る患者が多いからな」


そういって湊は藍の方を向く。


「そこは未来のカウンセラーさんの力にかかってるな」


藍の背中をぽんっと叩いた。


「うむ、調節師のような仕事が必要なくなる世になればそれに越したことはないのじゃがな」


とネモはため息をついた。


「藍ちゃん、ありがとう。今度は僕の番だ。あの日、何があったのか──近いうちに、父と話してくるよ」


湊はそっと空を仰ぐ。その拳には、確かな決意が込められていた。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

また静かな境界のほとりで、お会いできますように(-人-)。

※毎週火・金曜の22:00更新”予定”。お楽しみに。

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