22. 精界の四天王──しなつ
毎度ご訪問ありがとうございます。
今回は、あまり出てこない、しなつの契約です。
気に入っていいただけると、嬉しいです(-人-)。
くくりとひのかの契約が終わり、すぐにしなつが来た。
だが、こころがまだ、二人の修行でさわいでいる。
少し休憩したいとしなつを見ると、いつものように眠そうにぼーっとしていた。
(しなつ、こんな眠そうで、大丈夫かな)
残りの三人が、静かに藍を見た。その視線には明らかな緊張があった。
「ちゃんと戻ってくるんだよ」
藍はきょとんとする。どういう意味?
そのとき、誰かがぽつりと漏らした。
「しなつ、こう見えて、えぐいからね……」
不安が、頭をよぎった。
「ちょっと待って、こころの準備を──」
言いかけた時、突然、強い風が吹いた。思わず目を細める。耳元で空気がうなる。
しなつの目がぱちりと開いた。今まで見たことのない、焦点の定まった芯のある瞳だった。
「あなたはどうしたいの?」
まただ。またその問い。当たり前のようにすぐに答えた。
「私は、おばあちゃんを助けたい。兄の不安な顔を、もう見たくない。誰も傷つけたくない。私の力で、守りたい」
言ったものの、口にした瞬間、それがひどく薄く感じられた。言葉にしたせいで、芯が抜けたような感覚が残った。
「本当に? なぜ、そう思うの?」
問いが重ねられる。
「それは、わ、私は力を持っていて、調節師になるって……ネモが」
「それが事実だと、なぜ思う?」
「え……ネモが話してたし、私の力が闇を呼んで、それが暴走して──」
「それは、あなた自身の記憶?」
藍は一歩、思考を戻した。
「あのとき、木染さんが倒れて……誰かの手が私をつかんで……その後……」
「その後は?」
「その後……?」
思考をめぐらすが、浮かばなかった。その事実に気づいた瞬間、全身から血の気が引いていった。
兄の顔を見た気がする。だが、それが現実だったのか、人づてに聞いた話だったのか、曖昧だった。
「あなたのおばあさんは亡くなっていて、この家は空き家だった。そう記憶してたでしょう?」
「でも、それはネモが記憶を消した、と」
「どれが、本当の記憶なの?」
思考に集中しようとするほど、頭の中がぐるぐると揺れた。精界の姉妹たちの輪郭が滲んでいく。
目をこらそうとした次の瞬間、風が吹いた。最初は、強かった。頬を叩き、髪をかき乱す。身体が一瞬、ぐらつく。
その風が、妙だった。意識の奥にまで吹き込んでくるようだった。皮膚だけでなく、頭の中にも風が入ってくる。
吹きつけるたびに、何かが抜けていく。記憶だ。思い出の断片が、指の隙間からこぼれるように消えていく。
名前、顔、会話、約束──思い出そうとするたびに、それをさらう風が吹く。
やがて風はやわらかくなり、冷たさが消え、心地よい空気へと変わっていった。
気持ちがよかった。思考が軽くなる。頭の重さが消えていく。疑念、責任、焦り、そうしたものが次々と遠ざかっていく。
──もう、考えなくて、いいか。
反発する気力は湧かなかった。頭がふわあっと軽くなる。まぶたが自然に落ちていく。
──このままで、いいかもしれない。
その一歩先で、自分が消えていく気配があった。だが、それすらも、どうでもよくなっていた。
──何も、ない、な。
境界のない感覚。無音、無形の広がり。
──ない? ……そう思ってる……の……だれ?
──わからない……「わからない」と……思っている?
これ……?
…………。
──わたしだ。
全身の細胞に血が回った。
目が開いた。
戻った。
四姉妹が、同じ場所にいた。しなつの目が、真っすぐこちらを見ていた。
(そうだ。私は、しなつの修行をしていた)
言葉が頭に戻る。記憶が繋がった。
「すべてを吹き飛ばされたあとでも、あなたは自分をちゃんと感じていたね」
しなつが、手を差し出した。
「そして戻ってきた。おめでとう。ここに血判を」
藍がしなつの手の甲に触れると、儀式が静かに終わった。
「精調・しなつ、契了。これで四天王すべてと契約が完了した」
後ろで三人が、ほっとした表情で言った。
「おかえり」
「戻ってこれて良かった〜」
「ほっとしたな」
その言葉を聞いた瞬間、背筋がぞぞとなった。
(え?……もし戻ってこれなかったら、わたし、どうなってた……?)
急に、さっきの風の感覚がリアルに蘇る。あのまま、あの空間にいたら──。
視線をしなつに向けると、彼女はもう地面に寝そべっていた。
すかさず、くくりが駆け寄って「起きろー!」と叫びながら、身体をゆすっていた。
その光景は、見慣れたものだった。張りつめていた空気が緩む。
「ただいま!」
藍は目頭がじんとするのを感じながら、思わず四姉妹に駆け寄った。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
また静かな境界のほとりで、お会いできますように(-人-)。
※毎週火・金曜22時ごろ更新。お楽しみに。