21. 精界の四天王──くくりとひのか
ご訪問ありがとうございます。
今回のお話では、ようやく止まっていた四天王の修行が再開します。
気に入っていいただけると、嬉しいです(-人-)。
くくりとの修行が始まった。
精界――地の力を司る長姉は、静かだった。重く、深く、大地そのもののようなずっしりとした気配。
「あなたは、調節師について、どう思うの。なりたいと思う?」
問いかけに、藍は答えられなかった。
「……わからない。記憶が戻ったばかりで、頭の中がごちゃごちゃで。どうすればいいのか……まだ、道が見えないんです」
返事を聞いたくくりは、黙って杖を地に突いた。
景色が変わった。
地平のない大地。空と土だけの、境目のない世界。
広すぎて、息が詰まりそうだった。
ここは心の中でもある、くくりが言った。
「ここでは、あなたの思いが、そのまま地に現れる」
すぐに、もう一度問われた。
「あなたは、どうしたいの?」
藍は口を開きかけ、止まった。
(わからない……できる? 私に)
頭をよぎるのは、千早の術。洗練されていて、自分とは比べものにならなかった。
それから、木染さん。自分のせいで倒れた。私の力が何かを引き寄せてしまった。そして、恐怖から暴走した力。また、そんなことが起きたら。
足元が、揺れた。
ぱきぱきと、地面が割れる。立っている場所がどんどん狭くなる。
(うそ、崩れる。やだ、落ちる!)
崩れる足場に、身体もよろけて四つ這いになる。揺れは止まらない。
そのとき、くくりの声が割って入った。
「大地の揺れには、二つある」
声の方に視線を移す。
「ひとつは、地球そのものが自らの浄化のために行うもの。精霊はそれに寄り添い、整えを手伝う」
「もうひとつは、人間の闇が異界を引き寄せたときの揺れ。地球の意思ではない。だが、地球はそれを止められない。その歪みは人間に返る。それを調えるのが、調節師」
言葉が、重かった。逃げ場のない現実のように。
「あなたは、自分の力をどうしたいの」
再び問われ、藍は周りを見まわした。
(この揺れは、私の心が異界を呼んでいるってこと? 何が起きているの?)
(あの時、“手”に掴まれた。息ができなかった。木染さんが血まみれになった)
足場がどんどん崩れて、迫ってくる。下は真っ暗で何も見えない。上からも岩の塊が落ちてくる。
(落ちる、逃げないと)
足場がない。逃げられない。
「どうした。心が揺れているか」
ハッとした。
(私、揺れてる? 焦って、わけがわからなくなってる)
目を閉じて、深く息を吸い、ゆっくりとはいた。
浮かぶのは、おばあちゃんと兄の姿。
呼ばれた。意識が遠のいたとき、兄の腕に受け止められた。
そのとき、少し意識が戻ったのを覚えてる。
泣きそうな顔が目に浮かぶ。
(あんな顔、もう見たくない)
記憶の断片がつながっていく。
ネモと遊んだ。異界の子たちと庭で笑い合った。精霊の姉妹たちもいた。
懐かしい日々。あのとき、本当に楽しかった。幸せだった。
戻りたい!
その瞬間、亀裂が静まった。
(止まった……?)
「私は、自分の力を、どうしたい……か」
くくりの方を見つめた。その目は真っ直ぐに藍を見つめていた。
藍は、もう一度心の中に意思を立てた。
「私は、あの頃を取り戻したい。風通しのいい七界を。そしておばあちゃんを助けたい。兄を、もう悲しませたくない。できるかはわからない。でも、やってみたい」
言葉は、自然に口から出ていた。それだけだったが、自分の中の全てだった。それ以外は、なかった。
すると、大地がゆっくりと戻りはじめた。割れていた地面が閉じ、足元が広がる。芽吹いた草が、風に揺れた。
変化は、静かに、確かに始まっていた。
周囲の様子をとまどいながら見ていると、くくりが穏やかに言った。
「藍、おめでとう」
近づいて、手の甲を差し出す。
「ここへ。血判を」
藍は静かに指先を立て、印を押した。
「精調・くくり、契了」
その場の空気がすっと落ち着いたときだった。
「はーい! じゃ、次はうちー!」
勢いよく現れた声とともに、鮮やかな赤が視界をよぎる。ひのかだった。
「ねえ藍、今のすっごく良かった! 芯、できたんだね? ならさ、次はそれ、試してみよ!」
返事も待たずに手を引かれる。藍の足がまだ重いうちに、ぐいっと身体が引っ張られた。
「ちょ、ちょっと待って……まだ、少し休ませて……」
「ダーメ! 火は勢いが命!」
後ろで、他の姉妹たちが顔を見合わせていた。
「ああ……また始まった」
「ま、ひのかだからね」
「くれぐれも燃やしすぎないでね」
誰も止めようとしない。
気づけば、景色が一変していた。今度は熱気。赤く燃える空。足元には、ひび割れた溶岩石。
「ここでは、さっきの“軸”が本物か、試されるよ」
ひのかがにやりと笑った。
「燃え尽きないでね、藍」
熱風が吹きすさぶ。
汗がにじむ前に、もう、火の気配が藍の肌にまとわりついていた。
「まずはねー、爆ぜてもらうよ。内側から」
ぱちり、と空気が弾けた。
次の瞬間、足元から火柱が立った。反射的に身を引く。だが、熱は追いかけてきた。
「こらえるだけじゃ、だめ。芯ってのは、守るためだけのもんじゃない」
ひのかの声が近づいたかと思えば、今度は頭上。
熱の奔流。逃げても無駄だった。
「立ってるだけの芯は、ただの棒。自分で動いて、自分で炎を制す。それができなきゃ、燃やされるよ」
炎が渦を巻いて押し寄せる。
「制すって、どうすれば?」
息が、苦しい。肌が焼けそうだ。足元も、もう安定していない。
「それを言っちゃ修行にならないよ。自分の力で、どうしたいの?」
(私の力、芯、どこにある?どうする?)
一度立てた意思。圧倒的な熱と炎の勢いに、見失いそうだった。
(でも、終われない)
藍は、炎の中に踏み込んだ。
(さっき、守りたいと思った。 あの日、内側から何か溢れ出した)
その瞬間、藍の周囲を囲んでいた炎が外に押し広がり空間ができた。
「うん、なかなかやるね。 でもこうしたら?」
目の前に、慧と慧衣子、そしてあの木染が炎に焼かれる様子が浮かんだ。
「?!どうして、そんな」
内側から爆発的に何かが吹き出した。その力で、目の前の三人はさらに焼かれていった。
(違う違う!そうじゃないんだ。これをコントロールしないといけない。あの時のままじゃダメなんだ。みんな死んじゃう──)
「ひのか、みんなが、みんなが!! どう──う……うぅ……」
いいかけて、恐怖で涙が出て声が出なくなってしまった。
内側から出てくるものをどうにもできない。
「藍!こっちを見て。あなたは、”どうしたい”の?」
さっきからくくりにもひのかにも、何度も聞かれてた言葉だった。
「私は、みんなを守りたい! おばあちゃんを助けたい! この力を使って!」
藍の叫びと同時に、噴き上がるように火柱が一度だけ爆ぜた。
だが、それきりだった。
炎が引いた。
熱も、風も、音さえも。
世界が静まりかえった。
炎に包まれていた慧たちの幻影が、すっと消える。
「うん、それが芯なんだね」
ひのかの声も、いつもの明るさではなかった。
「炎はね、暴れるためにあるんじゃない。願いを灯すためにあるの」
ゆっくりと藍のそばへ歩み寄りながら、ひのかが続けた。
「芯ってのは、踏ん張ることじゃない。自分の中の願いを、自分の手で引き出して、燃やし尽くす覚悟を持つこと」
藍は膝に手をついて、呼吸を整えた。
足元の熱はまだ残っていたが、それに怯える感覚は消えていた。
(私は、燃えなかった)
静かに目を閉じた。
中にある力が、暴走ではなく、形になった。
それが”芯”なんだと感じた。
「ふふっ。やっぱり、ちゃんとできるじゃん」
ひのかが軽く肩を叩いた。
「契約、しよっか」
手の甲が差し出される。
藍はうなずき、血判を押した。
「精調・ひのか、契了」
燃えていた空が、すっと透明に変わっていった。
──次の姉妹が、ゆっくりと近づいてくる気配があった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
また静かな境界のほとりで、お会いできますように(-人-)。