20. 東雲家と伏間家
毎度ご訪問ありがとうございます。
今回のお話では、東雲家と伏間家について少しずつわかってきます
気に入っていいただけると、嬉しいです(-人-)。
「……うちの父だ」
湊がそう告げた瞬間、場の空気が一変した。視線が彼に集まる。
「やはり、そうであったか……」
ネモが小さく首を振った。「慧衣子は、気づいておったようじゃったな」
「……この前、湊が言ってたな。家同士がどうこうと」
慧が思い出したように呟く。湊はうなずいた。
「祓い師の東雲家と、調節師の伏間家──カタヨリに対する姿勢がまったく違う。俺は祓いから手を引いたからすべては知らない。けど……木染の件を追っていくうちに、伏間家に辿り着いた」
慧が身を乗り出す。
「それじゃ、大学より前から俺のことを?」
「ああ。知っていた。でも、お前が伏間家の人間だとわかったのは、大学で出会ってからだった」
「なぜ、黙ってた」
「お前からは、何の気配も感じられなかった。記憶もないようだったし……それに、俺はもう祓いとは縁を切ったつもりだった。関係ないと思いたかったんだ」
「ふむ、それはあとでじっくり聞くとして──」
ネモが羽ばたいて割って入る。「今は、あのときの話の続きをせねばなるまい」
「……そうだな」
慧が頷き、藍に向き直る。
「藍。湊の式が倒れたあの後、お前はどうした?」
藍は額に手を当てる。
「あのとき、地面から……手が出てきた。顔と足を掴まれて、何かに引き抜かれるような感じがして……怖くて、あの人が倒れて、目の前が赤くなって──」
言葉が途切れる。呼吸が浅くなる。
「大丈夫か」
慧が声をかけると、藍は小さくうなずいた。
「内側から、何かが湧き上がってきた。こないだの歓迎会のときと似た感覚だった。それからは……あまり覚えてない」
「おそらくそのときじゃな」
ネモが言う。
「藍の力が目覚め、暴走した。封じられていた異界との結界も一時的に破れた。そして──東雲の父が、式を連れ去ったのじゃ」
「その後、俺は藍の力を封じるために、自分の力を“蓋”として使った」
慧の声は低い。
「でも、そのとき……記憶も一緒に、消えていた」
「うむ、封じたのはわしじゃ」
ネモが続ける。
「藍が幼かったゆえにな。器が整うまで記憶が戻らぬようにして、異界との通路もそのときすべて閉じた」
「おばあちゃんは……」
藍がぽつりとつぶやく。
「その時、亡くなったの……?」
「慧衣子は、生命の樹の“中”に入ったのじゃ。杭としてな」
「じゃあ……生きてるの!?」
「それは……なんとも言えん。通路は再び開きつつある。じゃが、慧衣子は戻ってきてはおらん。木に取り込まれてしまったのか、それとも異界のどこかにいるのやもしれん」
「そんな……」
慧が小さく呟く。
「……あのとき、“しばらく”って……ばあちゃん、言ってたのに……」
「うむ。確かにそうじゃ」
ネモの声も、やや沈んだ。
「取り込まれたとしても、“消滅”したとは限らん。希望が消えたわけではない」
藍はうつむいていた顔をそっと上げた。
「……私のせいだ。私が、こんな力を持っているから……」
「それは違う」
湊がはっきりと遮った。
「君の力は、君のせいじゃない。本来なら、君は何事もなく守られて今日まで過ごしていたはずなんだ」
「でも、あの時、東雲さんの式も私を助けるために──」
湊が藍を見つめる。
「東雲家──俺の父が、木染を使って何かをしようとした。それは……俺が謝らなきゃいけない」
藍はうつむいたまま、表情は見えない。
「ネモ……私の力って……何?」
白い羽根が静かに揺れる。
「──そろそろ、話さねばならんの」
ネモは一拍置いてから語り始めた。
「調節師とは、人間界を除いた六界すべての力を“調える”能力を持つ者じゃ。祓わず、滅さず。異質なるものと共鳴し、時に共に揺れて、そのものが“本来在りたい状態”へと向かうよう導く存在じゃ」
静かな声だったが、その響きは深く胸に残った。
「過剰に働いた力を“元に戻す”のではない。より適切な状態へと整える。──それが調節師の本質じゃ。強さと柔らかさの両方が要る。……藍、そなたにはそれだけの力が宿っておる。それゆえ、器が調うまでに時間がかかったのじゃ」
藍の声が揺れる。
「でも、昔この家でいろんな存在と遊んでいた記憶がある……人じゃないものたちと」
「うむ、そうじゃな」
ネモは頷いた。
「あの頃は、慧衣子が調節師としてここにおった。異界との通路も常に開かれていた。調節師がいる時代は、七界の気も穏やかじゃ。歪みが起これば、その場で調えられた。じゃが、あれから調節師は絶えた。そして──異界の動きに、少しずつ変化の兆しが見え始めたのじゃ」
ネモの羽根がわずかに震える。
「それが東雲家と関わっていたのか……今となってははっきりとは言えん。じゃが、兆しは確かにあった」
沈黙の中で、湊が口を開いた。
「東雲家は祓い師の家系だ。俺がまだ小さかった頃は、父もそこまで強引ではなかった。もっと……穏やかだった。でも、ある時期から変わった。父の顔がいつも険しくなり、何もかも祓おうとするようになった」
湊の声は静かだったが、どこか苦しげだった。
「理由はわからない。ただ、今の父は……俺の知っている父じゃない気がする」
誰も言葉を返さなかった。
それは、ある一つの事実を全員がうすうす感じ取り始めていたからだった。
慧が口を開く。
「……じゃあ、残るのは、東雲の父さんが──式を使って何をしようとしていたのか、ってことだな」
「うむ」
ネモが短く頷いた。
「あくまで、わしの推測じゃが──」
その声音はいつになく低く、慎重だった。
「藍のような力はな、異界からすれば“取り込みたい獲物”じゃ。逃せば脅威にもなりうる」
「本来、調節師はどの界にとっても“敵ではない”。じゃが、それを理解しない者もおる。人間界の祓い師がそうであるようにな」
慧は静かにうなずく。
「……つまり、藍の存在は隠されてきたが、どこかで誰かに知られた。その誰かが、取り込もうとしたか、あるいは──消そうとした」
「うむ。異界の者を東雲が利用した。おそらく、それが自然な筋じゃろう」
部屋の空気がまた一段と重くなる。
慧が目を伏せたまま問う。
「でもなぜ、東雲家がそこまで? 確かにスタンスは違うけど、調節師と祓い師は昔からそれぞれの役目を果たしてきたはずだろう?」
その言葉に、湊の視線がわずかに揺れた。
「……それは、もしかしたら……父が変わったことと関係しているのかもしれない」
少し息を詰めて、湊は前を向く。
「──俺が、会って確かめてくる。素直に話してくれるかわからないけど、黙っているわけにはいかないと思う」
そして、声に力を込めた。
「どうして木染を使ったのか、確かめないといけない」
ここまで読んでくださりありがとうございます。
また静かな境界のほとりで、お会いできますように(-人-)。
※毎週火・金曜の22:00更新。お楽しみに。