12. クラとネモ、仙調・流を舞う
ご訪問ありがとうございます。
ネモとクラが舞もの。それはどのようなものでしょうか。
少しずつ成長する藍の姿を見守っていただけますと幸いです(-人-)。
藍とネモは、クラと一緒に再び庭へ出ていた。
「仙調には、型がある」
白い長衣の袖を払って、クラが言う。
さっきまでの飄々とした調子は引っ込み、今は少しだけ真顔だった。
「“流”はその一つ。力を受け、流し、逸らし、返す。……ネモ殿、頼む」
クラの視線の先で、ネモが動いた。
ふわりと白い羽が舞い、光がねじれて──姿が変わる。
そこに立っていたのは、見たことのない男だった。
白銀の髪、切れ長の瞳、長い睫毛。
すらりとした体躯に、黒袴。
「……だれ?」
思わずつぶやいた藍に、彼は微笑んだ。
「ワシじゃ。ネモじゃよ」
聞き慣れた口調で話すその姿は、“超イケメン”そのもの。
さっきまで肩にいた、ふわふわの白フクロウとはまるで別物だ。
(こんなイケメンならもっと早く化けてよ)
「まずは実演じゃな。手合わせ、願おうかの」
「よかろう」
ネモが一歩、踏み出す。
無音の一歩。すべてが洗練されていた。
クラもまた、自然に身を低くする。
柔らかく、けれど隙のない構え。
二人の間に、風が吹いた。
ネモの踏み込みは鋭い。
そのまま、掌底を突き出すようにクラの胸元を狙う──
だが、クラは止めず、受け止めず、反撃もせず。
ただ、流した。
重心を外し、腕を添えて、軌道をわずかに逸らす。
次の瞬間、ネモの動きが空に泳ぎ、体勢が崩れる。
「ぬぅ、やるのう」
ネモがひとつ、笑った。
クラは何も言わず、再び静かに構え直す。
今度は逆手を取り、肩越しに組みにかかるネモ。
しかし──
クラの動きは、やはり“流れる”ものだった。
腕の下から抜け、体を半身にしながら、ネモの力をそのまま“空”へ逃がしていく。
ぶつからない。止めない。けれど、効かない。
それが、数合、続いた。
──そして。
ネモの右手が、クラの肩口に伸びる。
だが、クラはその手首を取った。
そこから先が、見えなかった。
一瞬、時間が跳んだような気がした。
クラの足がわずかに動き、肘が流れ、重心が捌ける。
ネモの手を“返す”。
力を受け入れ、軸をずらして、導くように──
ネモの身体が、宙に舞った。
「あ」
思わず声が出た。
ネモが一回転して、地面に──
ついた手で身を転がし、軽やかに着地する。
「ははあ。見事じゃ」
しゃらりと衣の砂を払いながら、ネモが立ち上がる。
見惚れるほどの美貌に、あの口調はどうしても不釣り合いだった。
けれど、その笑顔は、心から愉しんでいるようだった。
クラは一礼し、静かに言った。
「見事な受け身や。──調節師の娘よ、今のが“仙調”、型のひとつ、“流”や」
*
「では今度は、影で向かうかの」
ネモが掌を上に向ける。
そこに集まる黒い気配──煙のようで、霧のようで、異界の“質”を持つ重たい波。
「これはワシの影法師じゃ。藍、気配もよう見ておくのじゃぞ。クラ、ゆくぞ!」
「うむ、来い」
クラが正面に立つ。
両腕は静かに下ろされていた。
その姿は、もはや“構え”ですらない。
場と一体になったような、静けさだった。
ネモの影が放たれる。
ねじれ、渦を巻きながら、真っすぐクラへ迫ってくる。
黒い尾を引いて──
クラの体が、流れた。
足が一歩、静かに運ばれる。
背筋を伸ばしたまま、風を撫でるように手が動く。
影の軌道が、逸れた。
拒まず、壊さず。
ただ、受け、調え、流す。
影は伏せを命じられた犬のように、静かに地に沈んだ。
壊されもせず、抗いもせず、ただそこに、佇んでいた。
*
「こんなの、私にできるのかな」
気づけば、声に出していた。
ぶつからない力。流れるような、美しい動き。
それはまるで、舞。
「さて、やってみるかの」
クラの声は、あたたかかった。
ためらいのない瞳が、まっすぐに私を見ていた。
藍は、頷いた。
「まずは、“流”の基本型から。ワシの手首を、しかと掴め」
クラが手を差し出す。
藍は、その手首を掴んだ。
「これからワシが動く。抵抗せず、そのまま感じることに集中しろ」
そう言って、クラが動く。
藍は手首を掴んだまま、ただ感じようとした。
ほんのわずかに、角度が変わる。
肘が落ちて──
……あれ?
体が、勝手に引き込まれた。
重心が揺れ、足が持っていかれる。
地面が近づいてきて、次の瞬間、
「──あ」
視界が空を仰いでいた。
痛みはなかった。
やわらかく、倒された。
クラが膝をついて、手を差し出す。
藍は少し驚きながら、それを握る。
「これが、流」
「力を止めず、争わず、相手の流れに添って、導く。それが“流”じゃ」
「わかったような、わからないような。でも、もう一回、やってみたい」
「うむ。何度でも付き合おう」
クラが微笑む。
その横で、ネモが腕を組みながら、満足げに頷いていた。
「ふふん。こうしてワシの弟子も、次代の調節師になっていくのじゃな」
「私、いつネモの弟子になったの!?」
思わず言い返していた。
でも、なんだか、心は軽かった。
──第13話へつづく。(次話:13. 祓うこと、調えること )
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回は『13. 祓うこと、調えること』
また静かな境界のほとりで、お会いできますように(-人-)。
※毎週火・金曜の21:00更新。お楽しみに。