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お前の母ちゃんデベソ

 とある田舎町の小学校に、フランスからの留学生がやってきた。彼の名前はピエール。金髪で背が高く、やることなすことすべてが洗練されていた。それまでクラスの女子からモテていた悪ガキ大将のカンタは二軍に落ち、ピエールは全女子生徒のあこがれの的になった。

 カンタは心の底から悔しかった。何より悔しかったのが、ピエールに欠点がないことだった。ピエールは人がいいので、カンタとも仲良くしようとした。だがカンタは素直になれなかった。彼の差し出した手を払い除け、いつも意地悪なことを言って走り去った。

 ある日、女子と一緒に校庭で遊んでいるピエールを見て、カンタは居ても立っても居られなくなった。

「やーい! お前の母ちゃん、デベソー!」

 カンタは叫んだ。

 ピエールは困惑した。

「どういうことだい?」

 ピエールが聞いた。

 周りにいる女子たちはカンタを睨んだ。

「ピエールくん、こいつ悪口を言ってるよ」

「カンタくん、ごめん。ボクまだ日本語がうまく出来ないから、勘違いしているかもしれないけど、ボクの母さんのヘソは出ていないよ。それに出ていたとしても、なぜそれが悪口になるんだい?」

 カンタはなんと返せばいいか分からなかった。

「ボクが最後にフランスにいる母さんを見たのは一ヶ月前だけど、そのときはヘソが出ていなかったよ。まぁ母さんの裸のお腹を見ていないから、もしかしたら出ているかもしれないけどね。けどボクの母さんのヘソが仮に出ていたとしても、ボクのことを愛してくれているし、こうやって日本へ送り出して、素敵な友達を作る機会を設けてくれたんだ。デベソでもいいじゃないか」

 ピエールが笑顔で女子生徒たちの手を繋いだ。

「そうよ。カンタ、さいてーね」

「ピエールくんのお母様に失礼でしょ!」

 女子生徒たちがカンタを非難し始めた。カンタは泣きそうになったが、そんな状況から救ってくれたのは、他ならぬピエールだった。

「けどデベソって言葉、面白いよね! カンタくんはきっと僕に面白い日本語を教えてくれたんだよね! ほら、デベソー!」

 ピエールは笑顔で、シャツの下に手を入れ、ヘソが突出しているフリをした。女子たちも笑顔になり、みんなキャアキャア騒いだ。

 カンタは自分の感情をどう処理していいかわからなくなり、走って帰った。


 次の日の朝。ホームルームにピエールの姿がなかった。クラスのみんながピエールがどこに行ったのか分からず、困惑していた。

 カンタは興味ないフリをしながら、ひっそりとピエールを探していた。昨日家に帰ってから考え、もう少し素直になろうと決心したのだ。ピエールの顔を見て謝ることはまだ出来ないが、昨日より少しでも優しくなろうと誓ったのだ。

 チャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。先生のあとに、沈んだ顔でうつむいているピエールがついてきた。

「みなさんに大変、残念なお知らせがあります」

 先生が涙をこらえながら言った。教室が静まりかえった。

「ピエールくんのお母様のお腹に、末期の腫瘍が見つかりました。残念ですが、ピエールくんはこれからフランスに帰ります」

 教室中から悲鳴が響いた。女子たちが号泣し始めた。カンタ以外の男子たちも、打ちひしがれていた。ピエールはうつむいたままだ。

「ピエールくんのお母様のヘソは異常なまでに膨らんでおり、かなり出ています」

 先生が嗚咽を漏らしながら言った。

「ピエールくん、最後に何か言いたいことはありますか?」

 先生がピエールの肩に手を置いた。ピエールが顔を上げた。目が真っ赤に腫れ上がっている。

「はい……。みなさん、こんな形でサヨナラをしてしまい、本当に申し訳ありません。ここで過ごした一ヶ月のことは、死ぬまで忘れないと思います。本当に、メルシーです」

 クラス中のみんながピエールの名を叫び、涙をボロボロとこぼした。カンタだけが泣いていなかった。

「僕が最後に言いたいのは一つだけ……。ヘソが出ていることは、何も面白くないです。僕が昨日、あんなふうに茶化したから、神様がバツを与えたのでしょうか? 今考えると本当に幼稚なことをしました。大きなヘソが出ていることは最低ですし、それを笑いや侮辱の材料にすることは人の尊厳を傷つけます。それだけ、覚えておいてください」

 みんな泣いた。ピエールも泣いた。先生も泣いた。カンタはうつむくことしか出来なかった。

 ピエールはそのままフランスに帰っていった。

 彼が去って何ヶ月経っても、大きな喪失感がクラス全体を覆っていた。彼がいなくなった今、なにか大切なものが欠けている気がして、みんな沈んでいた。

 カンタが誰よりも沈んでいた。恥ずかしかった。過去に戻りたかった。

 なにより辛いのは、誰もカンタが、ピエールのお母さんのデベソを馬鹿にしたことに触れないことだった。みんな子どもながらに、今更非難してもどうしようもないと分かっていた。その優しさが、カンタを苦しめた。


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