夏休み外伝1 ユリアスの料理道
……助けるか?
目の前にいる、今にも殴られそうな老人を前にそんなことを考えている。
まあ状況的に助けたいけど……ほら変に助けたらさ、AED訴訟みたいになったら怖いじゃん?
まあ、爺さんだからそんなことないか。
「へへへ……持ち物全部よこしなぁ」
「ほう。儂の人生を寄越せと言うのか」
「何を言ってやがる。殺すぞ」
老人は不敵に目をつむり、呟く。
「ところで料理は好きか?」
「何言ってんだ? そろそろぶん殴るぞぉ!」
「やってみろよ。若造」
殴りかかってくるチンピラをまるで武術の達人のように流す。
「料理は水がいいと美味い」
「……この!」
「締めがいいと、魚は新鮮!」
老人とは思えぬ体捌きだ。
こいつ……強い!
「すべては料理に通ずる。わかったか。若造」
「ずらかるぞぉ」
手を貸すまでもなかったな。
「で? お主もやるか?」
「面白いことを言うな。……残念ながら老人をいたぶる趣味は無いんだ」
「そうか。ならいい」
「しかし「料理」を教えてくれるというならやるぜ」
「ぬ!」
手刀で首を狙うッ!
「活きの良い魚だな。儂も久しぶりじゃわい」
「そちらこそ……活きがいいじゃないか」
俺の攻撃は案の定、簡単にいなされた。
……手を抜いたつもりはないんだけどなぁ。
老体とは思えぬ、素早い攻撃が乱れ飛ぶ。
だが、俺はスピード特化型、回避は得意なのさ。
「グッ」
……技量の差が大きすぎる。
ステータスで上回っても、使いこなす「技術」がないといけない。
本当にゲーム道理にいかないなぁ。
ゴリ押しは無理。頭を使わないとな。
周囲を確認する。
地形、人、落ちてるもの。
勝利に使えるものは、何でも使う。
「そろそろ料理を決しようか」
俺は横の壁を垂直に駆け上がる。
ここは路地裏。目立たず、狭い。
「そして適度に暗い!」
がら空きの胴に蹴りを入れる。虚を突いた攻撃。避けれはしない!
「………儂も耄碌したものよ」
「平然と止めておいて、よく言うぜ」
攻撃は寸でで止められていた。
……どうしたものかねぇ。
「いや、儂は手が痺れて反撃できん。お主の勝ちじゃ」
「片腕があるだろ。冗談きついぜ」
俺は体制を直し、土ぼこりを払う。
「料理を教えてほしいんだったな。ついてこい」
「え? いや、あれは隠語って感じで……」
「なに。心配するな。ついてこれるならの話だ」
老人は屋根に飛び移るとこちらを見降ろして、走っていった。
「まったく。スピード特化をなめるんじゃねぇ」
*
「……で? 一時間走りまわされた挙句、結局近くの山の頂上に到着……期待はしていいんだな?」
スピード特化といえど、体力特化じゃないんだけどね。
結構辛かったから報酬は期待したい……期待するんだけども。
「この山はいい山じゃ。不思議な地下水が頂上で湧き、よい食材が育つんじゃ」
「軽く走ったからわかるさ。空気が綺麗だ」
確かに。俺は自然鑑賞が趣味だが、こういう静かでいい山は、そうそうない。
人気が無い山は魔物があふれているし、人気があるのは嫌いだ。
「お主には一週間、ここ飯山で料理を修行してもらう」
「まあ、そうだよな。宿は?」
「そこら辺で寝とけ」
……俺は一週間、この素晴らしい山、飯山……ダジャレかッ!
まあ、修行することになった。
狩りをしたり、調味料の種類を叩き込まれたり、料理に便利な魔法を教えられたり。
まあ、料理は性に合ってるしいいんだよ。
で、今は……
「そんな動物。いるのか?」
空を泳ぐ鮫、そいつを狩ってこいって言われた。
見た目から想像できないほどうまいらしい。
フカヒレってやつだな。
……そういえば俺……フカヒレって食ったことないよな?
初フカヒレだ。気合い入れるか。
「と……言ったもののなぁ」
相手は高い機動力、そして空を泳ぐという高い隠密性を持つ鮫。
そして、ここは野生動物の巣窟。風の音、虫の音、鳥の声、獣の嘶き。
見つかるはずがない。見つける手段がない。
「どうにかならないかねぇ」
草むらが揺れ、わざとらしく音を立てる。
もしかして……?
「ヒヒーン!」
水色の馬だ。まあ、相場ケルピーだと思うけど。
《水棲妖馬》
うん。やっぱね。
鮫っていうくらいだから水源の近くにいるかなって思ったけど、鮫じゃなくて馬が出るとはな。
ケルピーって水で溺れさせて食べるんだっけ? ……自分に跨らせて。
……それどころじゃないな。食われそうだ。
馬刺しにしたらうまいだろうか?
「まあ、雑魚だから一発で終わるだろ」
俺は、飛びかかってきたケルピーの横腹に剣を添える。
生物の急所であるところに綺麗に赤い線が走る。
「協力的な奴だ」
ここまで傷が入ったのは、刃の角度とケルピーの力ゆえだろう。
訓練の成果が出たかな?
生きた動物の腹を裂く感覚。やはり料理とは違うな。当たり前のことだが。
……血の匂いが鼻を撫でる。あまり嗅いでいたい匂いではない。
止めを刺そうとした矢先、ケルピーの頭から血が噴き出す。
なんだ? 何が起こった? ッ!
俺は本能のまま屈む。
「えげつねぇ」
後ろにあった木がぽっきり折れていた。
かみちぎられたのか? 荒い切り口だ。
………治安悪。まあ、魔物に治安なんてないけど。
「ケルピーと引き換えに見逃してもらえたのか」
やっぱ水辺に棲んでいるんだな。予想は合ってた。
なら作戦は決まりだな。
「血生ぐさい獲物を持ってくるとしよう」
……いや? 生きた生物のほうがいいのか?
鮫は静電気で獲物を感知しているというし。
空を泳いでいるから別かもしれないけど、やらないよりはマシだろ。
足を切れば問題ないかな?
俺は計画を進めるためにできるだけ体力が多く、あの鮫にも殺せそうな獲物を探しに行った。
俺が今、やろうとしているのはおとり作戦というやつだ。
おとり捜査じゃないので、ノットギルティーだ。
まあ、人間は道具とか卑怯な策を使えるから人間の強みである。
異世界だからその限りじゃないけどね。
*
足が切られた水色の馬。ケルピー(二世)だ。
やっぱこいつが丁度よかったわ。食いなれてると思うしな。
そして俺は、草の汁をしみこませた迷彩色の布をかぶって待ち構えている。
そろそろ来るか?
濃密な気配。飢えた獣が近づいてくる恐怖が肌を撫でる。
「来たか」
気づかれないよう小さな声でつぶやく。
空を泳ぐ鮫は獲物を見つけるなり、こちらに気づくことなく遠慮というものを知らない獣のように食らいつく。
お持ち帰りされる前にさっさと仕留めようか。
獲物を咥え、安全な場所へ持ち帰ろうとする鮫の背後に近づく……
こいつは目が悪いようだ。鮫種の弱点だな。
「死ね」
脳天を一発で貫く。野生生物に近い紙耐久力だな。
無事、フカヒレゲット。やったね!
*
「爺さん。取ったぜ」
小屋で本を読んでいる爺さんに報告する。
フカヒレのさばき方……知らないからな。
「……その魚、お主ならもう捌ける。感覚でな」
「そんなことねぇと思うけどな」
「儂がいうんじゃ。できるじゃろう。……それより重要な話がある」
いつも閉じている目を開け、重々しく告げる。
「最終試練を与えよう」
*
最終試練。人聞きはいいが、言い渡された側から言わせてもらうと……
「なんだよそれぇぇぇぇぇ」
だ。
……本題に入ろう。
最終試練は、料理修行テンプレ通り「儂を唸らせる料理を作れ」だ。
さて、どうしたものか……
しかし、「俺」は世界に名を連ね、バラ色人生を送るもの。
テンプレなぞ、従う義理はない。
異世界の料理。それを見せつけてやろう。
「天ぷらじゃぁぁぁぁぁぁ」
《ユリアスの”3”行クッキング》
鍋に3cm油を入れる。
よく溶いた全卵1/2個分の中に冷水200mlを加え、天ぷら粉をつくる。
小麦粉を全体に薄くまぶし、天ぷら粉にくぐらせて揚げる。
完成。
「爺さん。できたぞ」
椅子の上で眠る爺さんに、話しかける。
因みにこれを作るのに一か月かかりました。夏休みがもうすぐ終わってしまう。
ここまで掛った理由は、やはり「油」だろう。
植物油を採ることに苦労しました。
「どれどれ……ッ!」
思わず唾を飲み込む。
お眼鏡にかなうといいんだが……
「うまい」
ぽつりと呟かれたその言葉は、心から漏れた言葉だと容易に分かった。
「表面はさくさくで香ばしく、中は油が染みてうまい。……この料理の名は?」
「”天ぷら”だ」
「そうか……儂が知らない料理があるとはな」
老人は満足気に呟く。
「ああ、弟子の料理が……それも知らない料理が最後の晩餐とはな」
「は? なんか言ったか?」
「……なんでもない。本棚を調べろ。そこに渡したいものがある」
「?」
「儂は外の空気を浴びてこよう」
なんだ? よく聞こえなかった。
……気のせい……だよな。
まあいい。調べよう。
俺は、レシピ本や小説、古文書の写本などが入った本棚を調べる。
ついでに盗む。
すると……
「スイッチだ。なんでここだけハイテクなの?」
疑問を投げかけるが本棚は答えない。
……奥の部屋には、宝箱がポツリと置かれていた。
「なんだこのばっちい袋」
大き目の箱に見合わない小さな袋。
鑑定してみるか。
《マジックフードクッキンガー》
……名前ダサッ。
まあ名前から料理に関する道具なのはわかるよ。
《持ち主が知る”料理”に関するものを再現できる》
ばっちりチートで草。
これだけで料理がいつでも、どこでも……って感じか。
もらったからには有効活用しないとな。
「爺さんは……探しに行こう」
礼を言わなきゃならない。
どこに行ったかは分からないが……ここは森だ。
足跡くらいは残るはず。それか、足跡が残らないほどの道があるはず。
案の定、足跡が残っていた。その足跡を辿っていけばたどり着けるだろう。
生い茂る木を抜けて、足跡を目印にし、ただ前に進む。
「ッ!」
突如として広がる絶景。
どうやらここが頂上のようだ。
朝日が昇ったばかりの空。程よい涼しさが心地よい。
「儂のアイテムは気に入ったかね?」
「! ……かなりな」
「それはよかった。少なくとも儂の人生はここで報われた」
……わかっている。最初から。
こんなテンプレ通り、ご都合主義の世の中じゃ、簡単に予測できることだ。
「我が人生に悔いはない!」
爺さんは山から飛び降りた。
空を舞い、自由を得て。地面に潰されたが如く、血だまりとなった。
この世界にとってイレギュラーな存在。
それがなければ老衰で死んだ。痛みを感じることなく、寝るように。
一瞬といえど、身を壊す苦痛を与えたのは、そのイレギュラー。
さて? 俺はこの世界に存在すべきなのか?
分からない。分からないように感じる。
俺の人生の道に、死体が増えただけ。そうだろう?
ただ一つ言えることは……
「弟子にグロシーン見せんじゃねぇ………まあ、ありがとな”師匠”」
*
「んん! おいしいですよ。ユリアさん!」
「落ち着いて食え」
澄んだ空気の塔。敵意が透き通る敵地の中で、香ばしい香りが立ち込めている。
「しかし、珍しい道具ですね。それ」
「ん? まあな」
肉にかぶりつく修道服の少女……エルセリアは、箸休めに聞く。
「どうやって手に入れたんですか?」
「それは………まっ! お前には関係ないことなのは確かだ」
「気になりますねぇ!」
「……ほら。おかわりだ」
俺の歩みは俺にしか止められない。
外伝を書いてみたかったから書いた。それだけ。