8 文化祭
家の前にある、ボタンを押す。すると、屋久が出てきた。
「翔希か、文化祭はどうした……」
ずいぶんと弱っているようだ。生姜焼きを渡して、はやく帰ろう。
「休憩もらいました、だから来ました」
「そうか、来てくれてありがとな、あがってくれ」
2度目の女性の家。それでも、階段を上がるにつれて、心臓がはやくなる。
「そこの椅子に座れ」
腰を掛ける。気持ちが落ち着きだすと嗅覚が戻り、フルーティーな柑橘系の香りが漂う。
「文化祭の調子はどう?」
「午前はダメダメだけど、午後は持ち直しました」
「その言い方だと、午後からは翔希がリーダーになったのかな」
鋭い勘だ。やっぱり、この人がリーダーだったらどれほどすごかったが、見てみたいとついつい考えてしまう。
「すまないな、一緒に頑張ろうと言っときながら一人にさせてしまった」
「いえ、屋久のリーダー論を教えてもらってなければ、無理でしたから、一人じゃありません」
「あれが本当に役に立つとは」
笑みがこぼれる。だけどいつも俺がみとれてしまう程の、あの笑顔とはなにか、程遠い感じがした。
俺はこれ以上聞くのをやめた方が良いと考え、生姜焼きを渡し、部屋を出ようとした。
背を向け帰ろうとした時、弱々しい声が聞こえた。
「悔しいなー最後の文化祭で熱を出しちゃうなんて、やっぱり自分なんかがみんなを笑顔にしたいとか何様だって感じだよね」
顔を見たくない。今、屋久の顔を見ると、親を失った時の絶望を思い出す気がする。それに俺は、マンガの主人公でもなければ、ヒーローでもない。だからここは一人にさせたいのだが、足が動かない。
「ねぇ、私はこれから何をモチベーションに頑張ればいいのかな……」
ますます過去の俺を見ている感じがして嫌気がさす。こんな姿を見せていたのか……姉ちゃんに。
じゃあ今度は俺が、姉ちゃんしてもらったことをしようかな。腹をくくる。
「良い絶望だ、あなたはきっとみんなを笑顔にするヒーローになれますよ!なんだって、史上最強の痛みを知ったからです」
「えっ」
「憧れの人の言葉です」
今、ようやく足が動かなかった理由が分かる気がする。きっと俺は、心のどこかでヒーローになりたかったんだと。
「では戻りますね、最後にお前の思いは俺が受け継いでやる!窓でも見とけ」
学校へと戻っていく。時刻は午後4時半、ラストスパートだ。
「やっと帰ってきたな翔希、もうヘロヘロだよ」
「長谷川!悪いな、店はお前に任せる」
間抜けな顔になる。けどこれは俺の役割で、宣言したからには覚悟して実行しないといけない。
今までにないぐらい文化祭にすることを!
「おい、どこに行くんだよ」
「内緒、でも今までにないぐらいの文化祭作ってやるぜ!」
俺には、こいつらなら逆転できる!そう確信も持った。だから行くのだ。
「なんでいなくなるの、もうちょっとで逆転できるのにーー」
「弱音を吐かないよ長谷川、ここは寺内のためにも頑張るよ」
「そうだよ、寺内や屋久のために絶対一番になる」
後から聞いた話だが、このときの皆の体力は限界をむかえてたらしいが、なんとか根性で頑張ったらしい。全く最高のチームになった。
俺の向かった先は__海だった。
時刻は5時50分。俺は、ある人に声上げる。
「いけーーーーーーーーーーー」
その瞬間、空に大きな花火が打ちあがる。実は、姉の大学に花火サークルがあり、その人たちに作ってもらった。学校から海が近いので良い場所で打ち上げることができた。もちろん許可済み。89発の花火に、俺だけじゃなく皆、時が止まったように動かない。
どうだ!文化祭で花火なんてレアだろ。時間は早いけど。屋久も皆も、これをみて楽しいんでくれたらいいな。
やがて花火が終わり、時刻は6時を超える。片付けして、学校に戻ると、そこには結果発表の紙が貼られていた。
結果は___一番だった。2組との差は俺が思っていた以上に僅差だったが、花火の時間で2組の追い上げは、止まったらしい。
ようやく報われた。俺の表情は柔らかくなり、今は安心と嬉しさで満たされている。クラスの顔も幸せそうで、屋久の気持ちが分かった。
「やったな!翔希」
「あぁやったな!長谷川、今回はお前に助けられたよ、ありがとう!」
「いいってことよ」
この時間がいつまでも続いてほしい。ただただそう思う。