花庭の騎士
緑のアーチに沿うように咲く白い花の、妖精の羽のような花弁が風に揺れる。心地よい香りは丈の低い紫と青の小花の群生からだろうか。用意された白いテーブルセットには気に入っているティーカップと軽い焼菓子。そして一輪の赤い花。
私は小さく微笑んで、持ってきた本の革表紙を開いた。
§§§
恵まれた生まれと言えるかどうかはさておき、身分ばかりは立派な家系の端くれとして生まれた。
幼い頃には理不尽な目にもあったが、幸い容姿や才能に関しては御大層な血統に恥じないだけの質があったので、私はじきに周囲を自分の都合の良いようにコントロールするすべを身につけることができた。
あとは単なる遊戯のようなものだった。
無慈悲だ、悪逆だと、陰で私をそしる者はいたが、そんな声は圧倒的多数の賛美と追従の声にかき消されたし、批判者自体も簡単に消えた。なんの力も持たない敗者が何を嘆こうが、きらびやかな王宮での社交にも政治にもなんの影響もなかった。
もちろん、私自身の心にも。
私は潜在的な敵の足を掬い、弱ったところを助けるふりをして、要らなくなったら丁寧に希望の芽を摘んでから追い落とす作業を淡々と進めた。私を冷遇してきた輩は、私の台頭に焦り、余計な策略を仕掛け、自滅していった。……そう、あれはみな自滅だ。私が関与したという証拠も証人も残ってはいない。
だから、かの騎士が、おぞましいものを糾弾する目つきで私を睨むのは、なんの根拠もない思い込みなのだ。本当に、とるに足りない些細なことで、私が気にするほどの問題ではない。
その騎士は王族の近衛だった。
騎士の主は私と父が同じというだけの他人で、清廉と言えば聞こえはいいが、世の中も人の業も見えていない愚か者だった。家族とたくさんのおべっか使いに囲まれて、無邪気に私を蔑んで、一方的に憐れんで満足していた相手を、私は丁寧にゆっくりと孤立させた。
つまらない醜聞で見放され、相続権を失って僻地に幽閉されることが決まったとき、その異母弟の顔は絶望に歪んでいた。しかし、どこか無邪気な目はそのままで、ああこいつは、自分は正しいのだから、いつか誰かが助けてくれると信じているのだなと思わせた。
私は異母弟がずっとそばにおいていた騎士を自分の配下にした。
騎士は、私がなぜそんなことをするのか全くわからないと言いたげな顔をした。
「なぜ信用できない者を近衛におくのですか」
元の主とともに廃されずに、今までよりも高待遇で雇われたのが不満なのか。
新しい主におもねる気も、自分の信条を曲げる気もなさそうな、真っ直ぐな気性の騎士の目を見て、私は薄く笑った。
「信用している者などいない」
高潔な騎士の美しく澄んだ目が嫌悪に濁るのが面白かった。
私は騎士をずっと傍らにおいた。
なぜかと問われたときは、元の主を助けに行こうなどとはさせないためだと答えた。
わざと酷い命令をし、無理やり従わせ、不条理でも従順であるよう忠誠を強要した。
「そんなことをしても無駄です。元より私の忠誠は唯一人の……」
「今は私が主だ」
「あなたは哀れな方だ」
「他人を哀れむことができるほど良い身の上ではあるまい」
「あなたは……」
「私は哀れな者に想いを馳せたりしない」
騎士の顔がこわばるのが楽しくて、日頃、他人には漏らさないような言葉を与えてしまう。
「だからお前は哀れな者などではないのだ。人を憐れんで己の心を慰めるようなさもしい真似をしなくてもいい」
騎士の顔に朱がさす。
「傷つけられたと感じる矜持がまだあるならば、強くあれ」
私の笑みは深くなる。
「存分に踏みにじってやる」
こんな話をするのは決まって二人きりのときだ。閉ざされた扉の奥、ひと気のない通路、見晴らしのよい庭園。「今日は良い天気だ」というように何気なく、私は我が騎士にささやく。我が騎士は顔を歪めるが、多くは言い返さない。
「騎士などにならねばよかったと思うことはないか」
「他に道はありませんでした」
「もし選べたなら他になりたかったものはあったのか?」
大きな花瓶に飾られた大輪の花に顔を寄せて愛でながら、不自然に落ちた沈黙に目線を送ると、騎士はじっとこちらを見ていた。
「花を咲かせるような、誰も害さない仕事をしたいと思ったことはあります」
「庭師か……似合わないな」
「私は騎士です」
ひと目のある場では私達は表面上は主君に従順な騎士と、騎士に信をおく主だった。騎士は日に日に己の内の憎悪を隠すのがうまくなり、無感動に私の命を果たすようになった。
私が死にぞこないの黒魔術師を配下に加えたときには、流石に不快さを表に滲ませたが、「才があるから使うだけだ。分をわきまえないようなら処分する」と言えば何も口を挟まなかった。
騎士は私の一番近くで、私が他人を選り分け、取り上げ、突き放し、処分するのを黙って見続けた。
「お前は私の騎士だ。そこを違えねば私はお前をそばに置き続ける」
どれほどの嫌悪と憎悪がそのうちに溜まっていったのだとしても、近衛の職責に縛られた不調法者は、私室で無防備に背中をさらしても、私に何をすることもなかった。
それでも時折、その冷たく澄んだ目が、衝動や逡巡で熱を帯びるのを見るのが楽しくて、私はわざと隙を晒して相手を挑発し続けた。
私が権力基盤を確かなものとしていく過程で、私を密かに害そうという者も増えた。
直接手を下しに暗殺者を差し向けるほど幼稚な輩もいたが、そんな浅薄な悪党の刃が私を傷つけることを、我が騎士が許すわけがなかった。
「侵入者を切り捨てたのは構わんが、もう少しやりようはなかったのか」
「申し訳ありません」
「ああ、こんなところまでベタベタだ。気持ちが悪い」
血臭のする寝台の上で、濡れた夜着を脱ぐ。
「侍女を……呼んだら気絶しかねんな」
床に転がっている断ち割られた侵入者の上に、濡れたシーツを投げる。脱いだ夜着で適当に身体を拭うが、窓からさす月光しか明かりがない中でも、白い肌にまだらに汚れが残っているのがわかる。不快だ。
「そこの水差しをもって来て、拭いてくれ」
後続や残党がいないことを確認していた騎士にそう声を掛けると、ぎょっとされた。
「そんな顔をするな。お前が汚したんだろう」
渋々やってはくれたが、侍女のような仕事をやらされたのが余程嫌だったのだろう。その後、しばらく目を合わせてもらえず、少し距離を空けられた。
狭量な態度に少し腹がたったというわけではないが、後日、夜会の席で、暗殺者を差し向けた貴族当主を切るように命じた。
我が騎士は黙って私の命に従った。
どのみち謀反や悪質な陰謀に加担している証拠は掴んだ上での処断だから、そんな目立つマネをしなくてもよいのだが、見せつけてやれば、他の小物への牽制と見せしめの効果はある。何度か似たようなことをさせると、可哀想に我が騎士は"狂刃"だの"冷徹な執行者"だの言われ放題になったが、かの者はその程度のことでは顔色一つ変えなかった。
私は騎士を傍らに置き続けた。
一通の密書が不快な知らせを運んできた。
「いかがなさいましたか」
隻眼の黒魔術師が濁った眼差しで私を見上げた。
「なんでもない」
私は魔術師に「研究は好きに続けよ」と告げて、裏手の仕事をさせている配下にいくつか調査を命じてから、薄暗い塔を出た。
塔の外で私を待っていた騎士に予定の変更を告げて、私は塔のある離宮の裏手に向かった。
「お戻りください。ひと気のない場所に向かわれるのはおすすめできません」
「お前がいる」
私は記憶をたどって、王宮の敷地内とは思えない寂れた小道に歩を進めた。
そこは荒れ果てた庭だった。
手入れするものもなく放置された庭園は、雑草がはびこり、落ち葉が吹き溜まっていて、枝が野放図に伸び放題の植え込みは醜い怪物のようだった。
「ひどい有り様だな」
「ここは……?」
「忘れられた庭だ」
私は、雑草に埋もれて咲く小さな花にそっと触れた。
「お前も来たことがあるはずだが……その様子では忘れているのだろうな」
騎士はハッとした様子で、あたりを見回した。サビの浮いたアーチの鉄柵、雑草がこぼれる鉢植え、大きな果樹。特徴的なシルエットの四阿……。思うところがあったのだろう。騎士の顔色が変わった。
「なぜ、あなたがここを知っている!どこまで私のことを調べた!!」
「さして調べるほどのこともなかった」
「私を従えたければそうするがいい。だが私の思い出に土足で踏み込むな!」
「なんだ。すっかり忘れていたのだと思ったが……その後、一度もここには来なかったのだろう。たいした思い出でもあるまい」
「それ以上の愚弄は許さぬ!!」
大きな手が私の胸ぐらを掴んだ。激昂する騎士の燃えるような眼差しが私を射る。
「しょせんは思い出だと過去にして蓋をしていたくせに、そう怒るな。どうせもう会えぬ者とのことだろう」
「この庭にいた方の消息を知っているのか」
怒りと激情に微かに交じる恐れと期待。
なんだ。やはり知らなかったのか。
「知っている」
「もう会えぬとはどういうことだ」
「不要だから消した」
「貴様っ!」
私の胸ぐらを掴んでいた手に力がこもる。
締め上げられる形になって、息ができない。
ああ、そんなに怒ることでもないだろう。他愛ない子供の戯言の思い出に過ぎない。
お前は道に迷ってここがどこかもわからずに入り込んでしまっただけだったし、ここにいた子供だって、ずっと他に会う人もいなかったからお前に懐いただけだ。それは運命の出会いでもなんでもないし、お前が軽率にした騎士の誓いだって、いわば子供のごっこ遊びで、なんの効力もない。
いつまでも大事に胸の奥で抱えている必要などない、つまらない出来事の一つに過ぎない。
息ができぬまま、もう少しで気を失いそうになったところで、騎士は私の乱れた胸元から覗く密書に気づいた。
「これは……」
主人宛の手紙を勝手に見るとは、躾のなっていない犬だ。
私は咳き込みながらその場に崩れ落ちるように座り込むことしかできなかったので、そのいまいましい知らせを我が騎士が読むのを止められなかった。
「あの方が幽閉先を抜け出されただと……?」
「異母弟を担いで私を追い落とそうという奴らの差し金だろう。追手は出した。じきに居場所はわかる」
喉をさすりながら見上げた先に、騎士の深く澄んだ目があった。
ああ、ひどく惨めな気持ちだ。
お前は私の騎士のはずなのに。
「子供の戯言を忘れたとしたら……」
私はみっともなく地べたに倒れたまま、こちらを見下ろしている精悍な騎士に問うた。
「お前の主は誰だ?」
「あなただと答えさせたければ、そう命じるがいい」
その苛烈さに私は目を伏せた。
「我が騎士に命じる」
私は異母弟の捜索とその処断を命じた。
騎士は私のもとから去り、異母弟は支援者とともに地方で反旗を掲げた。
私は国軍を動かして逆賊を討ち果たし、国内に平和と安定をもたらして、治世の権力基盤を盤石にした。
「宵闇の王よ。それは禁忌の術です」
黒魔術師は私の頼みを拒んだ。
「それがどうした。禁忌など知らぬ誰かが勝手に定めた理屈ではないか。お前が恐れたとしても私は恐れない」
「それは世界の理と人の倫理に背くことです」
「ならばどうして貴様はその術を極めようとしている」
隻眼の魔術師は人がましい方の目を伏せた。
「今さら人の心が残っているふりをするな」
私はとうに自分の狂気を受け入れたぞ。
「転生の術など正気の沙汰ではないと知っていて手を染めたのだろう」
私は暗い塔の地下に横たえられた騎士の冷たい鎧を撫でた。
「彼の者の魂を今一度、我がもとに」
§§§
王の長子でありながら、私は奥まったところにある小さな離宮で育てられた。
母の血筋に由来する政治的理由だったのか、父親の独断だったのかは知らなかったが、子供心に不条理だとは思った。召使いの態度や時折こぼす言葉から、自分が疎まれて冷遇されていることは察せられた。離宮に隔離されているのは知っていたが、陰鬱な宮内に籠もる気にはなれなくて、私は多くの時間を離宮に付属する小さな庭園で過ごした。
「君は……妖精?」
ある日、庭に迷い込んできた子供は、私よりも幾分か年上のようだったが、随分と子供っぽい夢見がちな質問をしてきた。
「だったら君は人の世に戻れないよ」
少し皮肉っぽくそう返してやると、その子は大いに慌てた。
「ふふ、そんなことあるわけ無いだろう」
「か、からかったのか!ひどいじゃないか」
気を悪くした相手を私はなだめた。
同じ年頃の子供と、こんなふうに話したのは初めてで、胸がドキドキした。
その子は武門の家系の生まれで、今日は親に連れられて王宮に来たそうだが、待たされていた部屋を抜け出して父親のいる騎士団のところに行こうとした結果、果てしなく道に迷ったらしい。
「バカだなぁ。子供は大人しく用意されたところに居るべきだよ」
「でも、そんなのつまらなかったんだ」
晴れた空のように澄んだ目をしたその子は、私をまっすぐ見つめて言った。
「それに、抜け出して道に迷ったおかげで君に会えた」
日差しが眩しくて、私はうつむいた。
私は自分の小さな庭園を案内し、その子はどうでもいいような冗談や、平凡でつまらない愚痴や、沢山のキラキラした夢を語った。
「君のことも教えてよ。僕は君が妖精みたいなきれいな菫色の瞳をしていることしか知らない」
「菫なんて見たことあるの?」
「ないけれど……宵闇と黄昏の間の空みたいな色なんじゃないかな」
「私はそちらのたとえのほうが詩的で好きだな」
「そうかな」
「もうすぐ日が暮れるよ。君を君の世界に返してあげないとね」
「そんなふうに笑うなよ。まるで本当に妖精のお姫様みたいだ」
「私はお姫様なんかじゃない」
「つまらないな。お姫様だったら僕は君の騎士になるのに」
「……君は王の近衛騎士になるのではないの?」
「どうせなら姫君に剣を捧げるほうがカッコいいじゃないか」
「ふふ、バカみたい」
「笑うなよ」
頬に朱がさした顔をふいと背ける様が可愛らしくて、つい魔が差した。
「いいよ。君の姫君になってあげる」
「えっ」
「そうしたら私の騎士になってくれるんだろう?」
「え、ああ……うん!なる!!なるよ」
でもそれは子供の戯言で、その子供は二度と私の庭にはやってこなかった。
私は、ただ命じられた場所にいるだけの自分の子供時代を葬り、冷徹な君主への道へと踏み出した。
そして再会したときには、彼の人は私の異母弟の近衛だった。
§§§
黒魔術師は私の命じたとおりに、我が騎士の魂をこの世に呼び戻した。
だが、その術は不完全で、目を覚ました彼の者は一切の記憶を失っていた。
それでもいい。
狂気の淵をとうに越えていた私は、ぼんやりと目を開いているだけの騎士の転生体を愛でながらそう思った。
私は我が騎士を離宮の庭園に囲った。
庭を手入れするように命じ、人が来たときは目につかぬように姿を隠していることを教え、徹底させた。
我が騎士は、日々こつこつと花に水をやり、雑草を取り、庭を美しくすることのみに専念して歳月を過ごした。人を殺めることもなく、血なまぐさいことを知らず、私の悪意に触れることもなく、ただ私の望むとおりに美しい命を慈しむ優しい日々をおくった。私は時折庭に足を運び、その美しさを愛でた。
触れあえば、その澄んだ目を見つめてしまえば、きっと取り返しがつかなくなるほど狂ってしまうのがわかっていたから、私は物陰にいる相手に、独り言のようにそっと声を掛けることしか自分に許さなかった。
月日はめぐり、私の権勢も衰え、それまでの悪逆に反発する者たちによって、私はまた陰鬱な離宮に押し込められた。
絶え間のない悪意にさらされるのも、生きていることを疎まれるのも、馴染み深いことではあったし、特につらくはなかった。ただ、毒で体を損なってからは、庭に行くことができなくなったのが寂しかった。
私が死んでも、あなたは何も知らぬまま、あの庭で独り生きていくのだろうか。
禁忌の反魂の術で創られた彼の者を、外の世界に出すわけにはいかなかった。ともに死ぬことも考えたが、冷たい躯となった姿を思うと、あのときのとてつもない絶望を思い出してしまって、体が震えた。ただ生きていてほしいという思いのほうが強かった。私は私の資産や権力とは無関係に、庭と庭師に便宜を図るための資金とそれを運用する仕組みを用意し、王が変わってもあの小さな庭で庭師が生きていけるようにした。それは本当に些細なことで、膨大な法と王宮の複雑な官僚仕事の隙間で誰にも気づかれずに維持されるはずだった。
無理矢理に呼び戻してしまったけれど、あなたが幸せに生きてくれたならそれでいい。
そう思っていたけれど、死の床につく間際になって、私の狂気はそんな綺麗事を許せなくなった。
もう一度!今ひとたび、共にありたい!
私は黒魔術師を呼んだ。
「我が宵闇の王よ。私はあなた様から多大な支援を賜りました。その恩義にかけてそのようなことはできませぬ」
「よい。術が失敗すれば、異形の悪霊に成り果てて永遠を彷徨うことになるであろうことは理解している。……それでも私は望むのだ」
「王よ」
「私は王ではない」
「いえ、私にとってあなた様はいつまでも我が王です」
「そなたの忠誠に感謝する」
私は隻眼の魔術師の想いがけして忠誠などという清廉なものではないことを承知の上で、王らしく威厳を込めた微笑みを返した。
「私の最期の望みを叶えてくれたならば、死した後、この身体をそなたにくれてやろう」
黒魔術師は息を呑んだ。
その目を見て、私は自分の望みが叶えられるであろうことを確信した。
§§§
ギムナジウムは、滅びた王国の王宮の跡地の一角にあった。新入生用の新校舎は真新しい赤レンガ造りだったが、図書室がある北棟は王国時代の石造りの建物をそのまま使っていた。
私は通い慣れた図書室から表に出ると、制服の短マントを翻し、しっかりした足取りで、あまり人の通らない小道を奥に進んだ。
季節外れの転入生は目立ったのか、教室はもとより、図書室のような場所にいてさえ、よく声をかけられて煩わしい。特にしつこい上級生の誘いを断るのは面倒なので、私はプライベートな時間は、できるだけ他人のやってこない場所で過ごすことにしていた。
木立を抜けた先の鉄柵の向こうに、ひっそりと隠されている小さな庭が、私のお気に入りの場所だ。
花に彩られた緑のアーチをくぐった先には白いテーブルセットが私を待っている。いつもここを訪れる私のための心尽くし。
私はテーブルの上に置かれた一輪の赤い花を手に取り、十分に愛でてから胸に飾る。
背後の気配に、読んでいた本を置いて目を閉じる。眠ったふりをしていると、気配はためらいがちに近づいて来る。
涼しい風と眩しい日差しが遮られ、とても小さな、本当に小さな甘い囁きが、ポツリと私の額の上に落とされる。
『私の主』
そして私は我が騎士の優しい抱擁に身をあずける。
ハッピーエンドタグはつけていませんが、二人は幸せです。
お読みいただきありがとうございました。
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オマケ1:
主人公が最後に読んでいた革表紙の本は、隻眼の黒魔術師が王のために書き残した転生の秘術の書です。
黒魔術師……着々と研鑽を積んでクライアントに成果を還元する偉い研究者やったんや。(大分アレな人ではあるけれど)
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オマケ2:
じつはこの話、原題「主と庭守」です。
庭守り側の話はこちらをご覧ください。
「庭守りと主」
https://ncode.syosetu.com/n9301ii/
こちらから上記は確定ですが、あちらの短編を先に読んで、もっと違う想像をしていたよ、という方はこちらを別物と考えていただいて結構です。読んでくださった方の想像した庭守が正答です。