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郷音ーSATONEー ~落ち武者転生、異世界にて失礼仕る~  作者: 綿涙粉緒
第一章:郷音、異世界に立つ。 第二段 郷音、運命の人と出会う。
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1:もののふ転生者と、もふもふ転生者。

「あ、えっと、サトミ・イーナ・ロウメッセと申します、はい」

「ああ、うむ、そうであるか」


 激しいツッコミとともに起き上がった女騎士。


 彼女は真っ赤な顔をして俯きながら、サトミ・イーナ・ロウメッセと名乗った。奇っ怪な名前、しかし、ここは元いた場所とは違う世界、それは理解できる。


 ただ、不思議ではあった。


 相手の見た目はどう見ても異人、つまり外国人。


「言葉は、通じるのであるな」

「え、ええ、あなたの言葉はきれいな中央聖典語ですから」

「そうであるか」


 答えながら、郷音はサトミの体をジロジロと詮索するように見つめ、同じくサトミも郷音の体をマジマジと見つめる。


「えっと、お名前を聞いてもよろしいですか」

「その前に素性を申せ」

「あ、あ、はい、すいません」


 問われてサトミは、少し宙を睨んで考え、それでも素直にその素性を告げた。


「わたしは、エルアード聖王国マキベス公爵領内ロウメッセ騎士伯領で生まれたアルノア・ハイデ・クルウク・ロウメッセ騎士伯の三女で、現在、エルアード聖王国王女付騎士団、白銀騎士団の副団長をしてます、はい」

「ふむ、そうであるか」


 と、答えながらも、郷音は困惑していた。


 なにに困惑していたのか、そう、お察しのとおり、そんな名乗りを上げられても、カタカナだらけのその名のりはもはや呪文で、郷音にはそれがなんなのかさっぱりわからないのだ。なので、郷音としては曖昧な返事する以外なにも言いようがない。


 と、そこで助け舟のようにサトミがボソッと問いかけた。


「それ、着物ですよね、も、もしかして日本の方……ですか?」


 この言葉に、郷音は驚愕して答える。


「おお、いかにも、いかにも日の本の生まれである」


 そしてこの返答に、サトミもまた、目の玉が零れ落ちそうなほど瞳をひん剥きつつ、口角泡を飛ばしてさらに問いかけた。


「ま、まさか転生者じゃないでしょうね!」

「て、転生者とは?」

「死んでこっちに飛ばされたってことよ!」

「おおお、それである!」


 郷音は若干サトミに押されつつ、答えた。

 

 しかし、サトミは、突然正気を失ったように激しく反応し、郷音の肩をつかんでブンブンとゆすりながら、これまた耳をつんざくような大声で驚きの言葉を発した。


「じゃぁ、もしかして、あんたが伝法寺郷音なの?!」

「おお、いかにも、いかにも!わしが伝法寺郷音である!」


 突然出てきた自分の名前。

 

 別に人恋しいわけでも寂しいわけでもなかったが、この世界に来て出会った初めての人間、言葉の通じる存在が自分の名を出したのだ、郷音はついつい喜びの声を上げた。

 

 のだが、次の瞬間、サトミの表情を見てゾッとした。


 そこにあったのは赤黒く色を変じ、怒りと恨みと悲しみと、積もり積もった激情が渦巻く般若の顔。そしてその般若は、郷音の顔中につばきを吹きかけながら大声で怒鳴った。


「おまえかああああ!」


 その迫力に、郷音は放心しながらもその美しい顔の、美しい唇の、美しい口内の、美しい咽頭を眺め、その様子に段々と愉快になりつつも、女の心の底からほとばしる激情を黙って受け止めていた。


 それをいいことに、サトミは続けざまに叫ぶ。


「こぉの!転生泥棒おおおおおおおおお!」


 郷音は笑う。


「はっはっは、なんのことやらサッパリであるが元気のよい愉快な娘よなぁ」

「やかましわぁぁぁぁ!!」


 こうしてサトミは激情のまま郷音に殴りかかり……。


 ……あっという間に組み敷かれ、床の上にその美しい顔を押し付けられたのであった。


「詳しく話せ」

「り、了解っす……」


 そして語られだす、サトミの身の上話。


 それは、なんとも数奇で、郷音にとっても他人事ではない、悲惨で愉快な話であった。


「わたしはその、日本の福岡県ってところの生まれでさ」


 そう語るサトミは、わざとか偶然か、やたらと胸を強調する形で荒縄に縛られ、おとなしく床に正座させられていた。


「福岡……であるか?」

「ああ、もうわかってるけど、城井谷よ城井谷」

「な、なんと同郷であるか。しかし、聞いたことがない」

「ああ、わたしが生まれたのはあなたが死んだ五百年後なのよ」

「そ、それはまた」


 サトミは語る。


 自分は、郷音と同じ土地の生まれで、五百年後の人物なのであると。そしてその地で十七までを過ごし、十八になって都会の大学に出ようとしたその矢先……。


 病に倒れたのだ、と。


「病名言ってもわかんないだろうから、結果だけ言うと、まあ三年生きられない病気でさ」

「なんと、それは不憫な」

「いいのよ、済んだことだし」


 病に伏した彼女は、その後二年半ずっと病床にあった。


 そして出会ったのが、ライトノベル。


 サトミはその本の中で、死んで再び新しく生まれ変わり、その地でまるで楽園のような生活を送る主人公たちに憧れ、そして、その姿に死病の恐ろしさを癒やされて過ごした。


 そして、願った。


「わたしも転生したい……ってね」

「ほぉ、ならばかなってよかったではないか、願いが」

「いや、まじで縛られてなかったらぶん殴りたいわ」

「はっはっは、縛ってなくとも殴られはせぬよ」

「チッ、ムカつく」


 で、そんな彼女の願いとは、剣と魔法の中世ヨーロッパ的世界に動物と心通わすことのできる人物として転生した、もふもふハートフルなほんわかのんびり転生ライフ。


 だったのだが、死んですぐ、出てきた神はこう告げた。


「よかろう、そなたを剣の修羅場に落としてしんぜる」


 サトミは耳を疑った。


「は、なにそれ?てか、あんた、だれ?!」

「これは面妖な、そなたが我を呼んだのであろう。我が産土にて生を受け、その根方で遊びし我が子よ、我は大楠の大樹にやどりし土地神であるぞ」

「は、はぁぁ?」


 そう、それは、郷音が呼んだ神だったのだ。


 そして、それは、たしかにサトミにも馴染み深い神。


 大楠に宿りし土地神が言う通り、サトミもまた、樹齢千五百年を超える霊樹『本庄の大楠』それを祀る大楠神社の氏子の家に生まれ、子供の頃その根方で遊んだ子供だったのだから。


 つまり、それは偶然。


 たまたま同じ土地で生まれた人間が、たまたまこの世に未練を残し、たまたま転生の願いを強く抱いて死んだ。それも、神にとっては五百年という《《ほぼ同時》》のタイミングで。


「ち、違います、わたしはラノベみたいなほんわか転生を……」

「ぬ?ラノベ、ああ、あの不調法の分野じゃな」


 聞けば、神の国には、ラノベのような物語に感化されたものを転生させる担当の女神がいるらしく、その女神は神の間でも評判のおっちょこちょいらしい。


 おかげで、転生先の異世界に迷惑かけまくりなのだとか……。


「しかし、もうそこには転生者が転生しておるわい」

「へっ?」


 そして、そこでサトミは事の全容を聞いた。


 剣の道に未練を残した戦国武士が剣の修羅道へ落ちることを夢見て転生を果たした、と。しかも、よりにもよってサトミが夢見た剣と魔法の中世ヨーロッパ的なもふもふパラダイスに、だ。


「じゃ、じゃぁ」

「うむ、そなたが転生する先は、その武士が夢見た剣の世界。百年来戦が絶えず、そこかしこで人が死に、腐肉と血膿の臭気漂う修羅の世界に、犯罪奴隷の剣奴としてじゃな……」

「むぅぅりっ!!」


 サトミは、必至で抗議した。


 いくらなんでも、注文したもふもふパラダイスへの転生から、腐肉と血膿の臭気漂う修羅の国に、それも剣奴、つまり戦奴隷としての転生へとコースチェンジだなんて、認められない。


 認められる、ワケがない。


 速攻、クーリングオフ必至の案件だ。


 しかし、冷徹にも、神はこう言った。


「そうは言われてもじゃな。うーむ、できるとすれば行く先か目的地、どちらか一方を変えるくらいのことしか……」


 ……出来ない、という。クーリングオフはなしだ、と。


 条件付きでは、あるが。


 となれば、サトミが選べるのは『剣の道を歩む中世ヨーロッパ的世界』か『もふもふパラダイスを求めて修羅の世界に剣奴として転生するか』なのだが。


「後者は無理があるでしょう!」

「そう言われてもじゃなぁ」


 と、言うわけで、サトミは前者を選択した。


 そして彼女は、郷音と同じ世界、ロウメッセ騎士家の三女として生まれ、そこで剣の道を半ば強引に歩まされて育った。さらには、そのまま騎士団の一員となり、柔肌に生傷をこさえ、白魚の手指が節くれるまで剣を握って生きてきたのだ。


 転生の際、サトミは叫んだ。


「そのバカ女神、いつかぶっ飛ばす」

「ははは、それは無理じゃな、しかし……」

 

 薄れゆく意識の中で、神の声がする。


「転生先には、お主が歩むはずじゃった道を歩む武士がおる。名を伝法寺郷音、もし会えたら変わりにぶん殴ればよかろう」


 伝法寺郷音……名前まで似てるなんて!


「強くなれよ、ならねば殴れぬぞ」


 そして、サトミは、郷音を殴るためだけに今日まで生きてきたのである。


 が、それも構わず、今は縛られて床の上。


「ふうむ、愉快な人生じゃな」

「……誰のせいよ」

「わしではなかろう」

「ま、まあ、そうだけどさ」


 そう言ってふてくされるサトミを見て、郷音はふーっとひとつため息をつくと、目にも留まらぬ速さで腰のものを抜いてサトミに切りかかった。


「ぎゃっ!」

「騎士とは武士の如き者であろう、その程度で悲鳴をあげるな」

「あ、へ、え?」


 郷音が斬ったのは、体に巻き付く荒縄のみ。


「聞けば、わしがまったく関わってないわけではなし、そなたの身の上も不憫ではある。というか、むしろわしの方こそ、その腐肉と血膿の臭気に満ちし修羅の国を棒に振ったのである、お互い様であろうに」


 郷音は、そこが残念でならなかった。


「ま、うん、そうよね、なんかごめん」

「お主が悪いわけではなかろう」

「ま、そうか……で……その」


 と、突然、サトミはもじもじと腰をくねらせながらたずねる。


「で、そ、その、も、もふもふはどこ?!」


 そう、郷音がサトミの代わりにもふもふパラダイスを生きているならば、いるはずなのだ、もふもふが。


「いや、もふもふとはなんぞ」

「あ、そっか、えっと、だから、ワンちゃん、つまり犬とかそういうのよ!」

「ああ、そうかワン公か、それであれば」


 郷音は清々しいまでの表情で言い放った。


「斬ったわ」

「き、斬ったぁぁぁ?!」

「うむ、百ほど刻んだの」

「ガッ」


 サトミは喉から異音を発してその場にうずくまる。


 しかし、同時に「相手は武士、ただ強くなりたいだけの頭のおかしな人、仕方がないんだ」と自分に言い聞かせ、フラフラになりながらもさらに聞いた。


「ほ、ほかには?」

「ほか、か……うんそうよな、外に子熊がおるわ」

「くまちゃんがっ……て、死体じゃないわよね」

「バカを申せ元気である」


 それを聞いた途端、サトミは「もふもふパラダイス来たぁぁぁ!」と叫びながら、一目散に扉に向かい表へと飛び出した。


 のだが、そこで待っていたのは。


 別になんの意味もなく、気まぐれに巨大化していた熊五郎。


 つまりサトミの目の前に現れたのは、三メートルを優に越す巨大な熊で、騎士団でも最重要モンスターとして名の知られた、凶獣ベアル・ベリアルであったのだ。


「がぁぁぁう?」

「ピッ」


 サトミは、奇っ怪な高音を喉から発して気絶した。


 本当に、不憫で、愉快な娘である。

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