4:森の我が家と、女騎士。
「はいしどおおおおお!」
「ぐるぅああああああ」
――ズズゥゥゥゥゥン、ドドーン。
森に轟く奇声と轟音。
で、その発生源と言えば、言うまでもなく郷音と、そして新たに相棒となった熊五郎である。
「ふはは、まさか、ここに来て騎馬の栄誉を得ようとは」
「がぁぁう」
「あいやすまぬ、騎熊であろうかな」
「がぅがぅ」
言葉通り、今、郷音は金太郎よろしく熊五郎の背にまたがっている。大きく乗りにくい背ではあるが、熊五郎の魔力によって尻が張り付いていて落ちる心配は無い。
なんとも便利な、騎獣である。
で、そんな一人と一頭は、今、全力で森を駆け巡っている。
騎獣である熊五郎が器用にも走りながら前足と頭で木々をなぎ倒し、背に乗る郷音がいきり立って襲ってくる森の魔物たちを一刀のもとにバッサバッサと斬り捨てる。
それは、大胆な環境破壊と殺戮。
この森に生きる魔物たちにとって見ればたまったものではない二人の行動であるが、しかし、それには訳がある。
それは、郷音の一言がきっかけだった。
「うむ……つまらぬ」
そう、郷音は飽きてしまっていた。
この森で最も強い、まさに主ともいえるべアル・ベリアルは、数度の戦いの末、今や熊五郎として自分の相棒となった。つまり、もうどれだけこの森を探ろうとも、これ以上の強敵と相まみえることはないのだ。
説得力はないが、別に、郷音は殺戮を好むわけではない。
これまでの魔物との戦いは、たしかに魔物にとっては、生存本能からくる殺戮目的のものであったのだろう。しかし、郷音にとって戦いとは純粋なる《《果たし合い》》。結果死ぬことや殺すことになっても、それは本当に純粋な結果にすぎず、目的ではない。
つまり、郷音にとって戦いとは……趣味である。
物騒かつ厄介で、生涯をかけて極めたいという熱い想いを伴った、趣味なのだ。
「これならば、日々熊五郎と仕合っておったほうが良いわ」
なので、そう気づいてからというもの、郷音は一気に魔物狩りに飽きてしまった。
そして、思ったのだ。
「ふむ、仕合うにちょうどいい空き地のある、住むにふさわしい場所を見つけてそこに熊五郎と住むのが良かろう」
思い立ったが吉日、ということで、その日以来、一人と一頭はそんな場所を探していたのだが、まあ、この森にそんな都合のいい場所はおいそれとはない。
なんとか水場となる湖は見つけたものの、やはり周りは鬱蒼と生い茂る森、どこまで行っても薄暗い、森。
「なれば、拓く他ないなぁ」
と、いうわけで、今、郷音は伐採の真っ最中なのだ。
「近くば寄って目にも見よおおおおおおおお!」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁう!」
そう、これは伐採、つまり開拓だ。
決して、熊の背に乗るという、なぜ今まで考えつかなかったのだ?と問いたくなるようなことを発見した郷音が、嬉しさのあまりテンションが振り切れているのではない。
決してない。
「敵将はどこであるかぁぁぁぁ、伝法寺郷音ここにありっ!!」
「がふぅぅぅぅぅぅ!!」
たぶん、ない。
というわけで、嬉しさのあまりテンションがはち切れて、しかも体力無尽蔵な郷音と、同じく喜ぶ郷音につられて嬉々として暴れまわる体力無尽蔵な熊五郎は、三日三晩森の中を奇声を上げて走りまわり、気づけば。
「うむ、家を建てるには広すぎる」
「がぅ?」
と、本人評価が下った、お前は野球場でも作るのか、といいたくなるような、ちょっとした地方都市の運動公園レベルの平地が出来上がってしまったのである。
つまり。
「やりすぎたわい」
「がぅ」
である。
しかしながら、転んでもただでは起きないのが郷音の良いところ。これまでの森の散策で見つけてきた様々な木の実がアイテムボックスこと袂のズタ袋に入っていることを思い出した。
「ふむ、畑でもこしらえるか」
戦国時代、武士という専門職はない。
武士のほとんど、それこそ、幾人かの戦国大名に至るまでが、畑でクワを振るった経験があるというような時代だ。一説には初代将軍徳川家康は、農業が得意だったとも聞く。
もちろん、郷音も大の得意だ。
「よし熊五郎、耕してくれ」
「がぅ」
というわけで、相当な広さの畑は一瞬でできた。
そしてもう一つ大発見。
「釣りでもするか」
「がぅ」
と、はじめた釣りで釣れたのは、なんと、魚。そう、魚だったのだ。
というと、そんなの当たり前だと思われるかもしれないが、これは郷音にとってはかなり重要なことで。
「おおお、食える肉であるか!」
そう、それは魚、魚型の魔物ではなかったのだ。
「これは、良きところを見つけた」
郷音は、大きく息を吸ってあたりを見渡す。
鏡面のごとくさざなみも立たない大きな湖、広々と開拓された平地、豊かな森。
「それよりも、なによりも」
好敵手にして友、相棒にして騎獣、師にして門弟。
釣り上げた魚を、小さな体でちょんちょんとつついては跳ねる魚に驚いて尻餅をつく姿を見れば、持ったことのない我が子であり孫のようでもある。
凶獣ベアル・ベリアル、こと、熊五郎の存在。
「わしは、幸せな男であるな」
主家は絶え、戦に破れ、討ち果たされて野垂れ死に、それでも満足と思えた前世。
それから考えれば、信じられないような境遇。
「女神様に、感謝であるな」
そこから郷音は、切り倒した木々を集めて材木とし、熊五郎の怪力を頼りに家を建てた。
もとより、山中に小屋ほどの山家を立てることくらいお手の物の郷音ではあるが、それだけではなく、横に小さな祠を立てた。
なぜなら、祠造成の直前の三日三晩。
郷音は、女神への感謝を示すべく、寝ずに女神像を彫り上げていたのである、が。
「ふむ、女神……には見えんか」
そう、それは、もはや邪悪の化身と言いたくなるようなおぞましいオーラを放ち、お世辞にも美しいとはいえない、むしろ、女にすら見えない、いや人であるかも定かでないような、曰く言い難い不吉ななにかであった。
それを見て、郷音は落込んだ。
「はぁ、この道に才はないとは思っていたが、それでもあまりにひどい出来であるな」
「ぐるるるるるるぅ!」
「これ熊五郎、神ぞ、威嚇するな」
「がぅぅ……」
というわけで、家に飾ってはみたが、熊五郎が怖がって家に入りたがらなくなったため、しかたなく祠が出来たのだ。
「ま、まあ、始めからそうするつもりであったわ」
郷音そうつぶやいて、祠に像を安置した。
魔除けには、なるかもしれない。と。
と、いうわけで、その後、郷音と熊五郎は、畑に種をまき、その際に畑を守るべく木柵を立て、端材やらなにやらで家財道具一式を作り上げた。
そして、とうとう、ここに郷音と熊五郎の住む新しい住処が出来上がったのである。
「うむ、みごと」
「がぅ、ががぅ」
そして始まる、郷音と熊五郎の日々。
朝起きて顔を洗い、外に出て日を浴びてから、何はともあれ熊五郎と全力で仕合う。そして、瀕死となって回復し、魔物ではない魚に出会ったのをいいことに、共に、魔物ではない獣を探しに森に入る。
結果、見つからずに戻る。
郷音は落胆し、熊五郎はウキウキで。
「お前は、狩りが好きであるな」
「がぁう」
そして、必要のない飯を食い、必要のない睡眠をとって。
また、朝が始まる。
そんな何気ない一日の連続が三月ほど過ぎたある日、それは突如やってきた。まったくもって予想だにしない、かなり異質な訪問者が。
「……ふむ、おなごではあるが……」
それは、白銀の鎧に身を包んだ、女騎士。
「女にしては固くしまった掌の肉、節が盛り上がった指、剣ダコが消えてまたできてを繰り返した痕……つかえるな、此奴」
突如現れ「助けて」と一言残して気を失った女騎士。
それを、郷音はとりあえず家に連れて入り、じっくりとその様子を観察した。そして、その手の様子から、それなりに腕の立つ女だと認識して助けたことを喜んだ。
「これは、良いな、目を覚ましたらぜひ手合わせ願おう」
「がぁぅ」
熊五郎もまた、嬉しそうである。
郷音はそんな熊五郎の様子を満足気に見つめ、またしてもじっくりとその体を観察し始めた。しかも今度はずいぶんと時間をかけ、鎧の胸当ての隙間を覗き、垂れをめくって股ぐらを覗き込むなど、少しばかり様子が怪しい。
そして、一言。
「さて、脱がすか」
言うが早いか、女騎士を剥きにかかる郷音。
実は郷音は今、小屋に一人きり。
熊五郎が、ジロジロと女を観察する郷音の様子に飽き、外に出ていってしまったのをいいことに、郷音は一心不乱に女の肢体を包む白銀の鎧を剥ぎ取ってしまったではないか。
目に前には、胸と股に薄布を貼りつかせうように纏っただけの女の肢体。
薄布の下にくっきりと先端の形の浮き出た女の柔らかそうな胸の膨らみ。
ぺたりと張り付き、秘すべき割れ目がはっきりと浮き出る股ぐら。
そしてそれ以外は、しっとりと汗に濡れ、呼吸とともに柔らかく上下する、つややかな若い女の柔肌がむき出しとなった、匂い立つような身体。
それを見下ろして、郷音はなんとも嬉しそうに呟いた。
「ふふふ、これはこれは、楽しめそうであるな」
そう言ってニヤリと笑う郷音。
そのまま彼は、お目当ての美しいそれに手をかけ、おもむろに顔を寄せる。
そして……。
「失礼……仕る」
一心不乱に、鎧の見聞をはじめた。
「いやぁ、美しいだけでなく、軽い上に頑丈である。まこと、素晴らしい鎧よな!」
「そっちかぁぁぁぁい!!」
と、激しいツッコミとともに、突然女が起き上がった。
「ぬっ?」
「へっ?」
そう間抜けに言い合って、互いの顔を見合わす二人。
そして、その頃、小屋の外では。
「がぅ?」
小屋の中のただならぬ様子に、熊五郎もまた、同じように間抜け声を発し首を傾げていたのであった。