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郷音ーSATONEー ~落ち武者転生、異世界にて失礼仕る~  作者: 綿涙粉緒
第一章:郷音、異世界に立つ。 第一段:郷音、森を征く。
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1:異世界の森、最初の敵。

 上下墨染の肩衣姿。


 黒く艶のある総髪を後ろで無造作に束ね、腰の大小に手を掛けてまさに仁王立ちと言った風情で大地に根を下ろす若武者。


 伝法寺郷音でんぽうじさとね


「ふははは、森に落とされてより二日、人ではなく小鬼殿と相見あいまみえようとはな」


 いま、深い森の只中で、三体のゴブリンと相対していた。


 ファンタジーのテンプレからいえばゴブリンは低位の魔物。しかし、そんなもののいない、いや、そんなものの知識すらない世界から来た郷音にとってそれは、小なりとは言え初めて目にする異形の鬼。


 本来ならば、警戒すべき、敵。


 しかし、意外にも郷音は落ち着いてゴブリンに話しかけた。


「さて、小鬼殿、言葉はわかろうかな」

「ギシャアアアアアア!!」

「できればここがなんという場所か教えてほしいのであるがな」

「ギャギャギャギャギャ」


 その様子を見て、郷音はふぅっと小さく息を吐いて呟く。


「ふむ、言葉は通じか……なれば」


 そして、すっと右足を引いて腰を沈めた。


失礼仕る(しつれいつかまつる)


 途端、郷音の体から立ち上る無色の陽炎。


 それに気づいたのか、目の前にいた3匹のゴブリンも姿勢を低くして身構えた。


「ほほぉ、殺気が見えるかや」


 郷音は嬉しそうだ。


 というのも、元いた世界の武芸者でも殺気を出した途端に身構える人間は少なく、あんがい不用意に近づくものが多かったからである。


 ふむ、この世界のもののけは、ぞんがいにたちが良いとみえる。


 郷音はにやりと口の端を吊り上げる。


「まことあっぱれ」


 郷音はそう漏らし、一瞬ふっと力を抜くと、つられてゴブリンの力が緩んだのを見るや、ここぞとばかりにゴブリンに向けて猛然と突っ込んだ。いや、突っ込んだと言うよりも、郷音の身体がそのままの形で平行移動したように見えた。


 いうなれば、瞬歩。もしくは、縮地。


 流派によって呼び名はわかれるものの、体重移動によってぬるりと動き、即座に距離を詰める剣術の足運びだ。……と、わかっていれば対処もできるが、初見のゴブリンにとってみれば、突然郷音の体が大きくなったように見えたことだろう。 


「ギャギャ?!」


 その光景に、驚くゴブリン。


 それを見て、郷音は静かに気合を入れる。


「ふんっ」


 次の瞬間、郷音の右手がすっと動いたかと思うと、三匹横並びになった内、郷音から見て左側の二匹の上半身が下半身から離れ、驚愕の表情を浮かべたまま宙を舞った。


「ピギャ!」


 突然の惨劇に、生き残った右端のゴブリンは悲鳴を上げてものすごい速度で後ずさる。


 が、しかし、その右手は皮一枚でぶら下がっているだけで、今にもちぎれて落ちそうだ。


「ふうむ、三匹まとめてとはいかなんだか。小鬼め、なかなか強い体をしておるな」


 どことなく不満気に郷音は呟いて刀の血糊をブンと切り、後ずさった手負いのゴブリンを見つめる。


「どうする、まだやるかね」


 その言葉に、ゴブリンはその目に殺気をたぎらせて、千切れそうになっていた右手を邪魔だとばかりに自ら引きちぎると、一気呵成に突っ込んできた。


「くはっ、やりおるわ」


 それを見て、いかにも楽しそうに笑みを浮かべた郷音。


「心意気に免じ、ひと思いに終わらせようぞ」


 言いながら郷音は、ゴブリンの決死の特攻を紙一重でひょいとかわすと、すれ違い様滑るように斬り上げ、一刀のもとゴブリンの体を真っ二つに割った。


 上半身を失い脚だけで数歩走って倒れる下半身。


 あとに残されたゴブリンの無残な亡骸。


 そして、息も切らさぬ郷音。


「うむ、初の手合わせとしてはなかなかであったわ」


 郷音は満足げに言うと、ポツリと意外なことを口にする。


「さて、この子鬼めらは食えるであろうか」


 そう、今郷音の心を悩ませているのは『食』である。


 いきなり放り出されてしまった森。実は、この三日、郷音はなにも口にしてはいない。


 ただ、ありがたいことに、神の御加護のおかげか、不思議と体力の衰えは感じない。しかし、しっかりと腹は減っている。よって、空腹のせいで死ぬような気はまったくしないのだが、時折り切なげに鳴き声を上げる腹の虫は、できれば黙らせておきたい。


 とはいえ、ここは、初めての森。


 幼い頃より修練を積み、慣れ親しんだ寒田の庄の山の中であれば、裸で放り出されても生き長らえることはできる。獣を捕り皮を剥ぎ、肉と衣にして生きていくことなど郷音には造作も無いこと。


 ただ、この森。


「瘴気がえらく強いのでなぁ」


 おそらく妖気に似たただならぬ雰囲気が満ちるこの森に、果たして食える獣はいるのだろうか、というのが郷音の悩みであったのだ。


 そこで出会ったのがこのゴブリン。となれば、やることはひとつだ。


「まあ、食うてみるか」


 郷音はそういうと、はじめに倒した二体の死骸を見る。


 と、その時だ。


 そこに散らばっていたゴブリンの死体は、見る間に形を失い、青い燐火に包まれて消えてしまったではないか。ふと見ると、最期に倒したゴブリンの体もまた、同じように消えてしまった。


「はっはっは、試すまでもなく食えぬか」


 郷音は笑いながら頭をかく。悲壮感と言うよりも、むしろ楽しそうに、だ。


「しかし、何もかもめずらかで面白い世界であるな」


 そう、たしかに空腹に頭を悩ませてはいるが、今、郷音は楽しくて仕方がないのだ。


 元いた世界のように地面があり土があり、木が生え草が生え、空があり雲がある。


 しかし、郷音の優れた感覚は、その一つ一つが微妙に元いた世界とは違うことをしっかりと感じ取っていた。それは、あちらの世界に存在しない、例えばゴブリンのような生き物がいるとかそういうことではなく、世界の成り立ちそのものが根本的に違うという……肌感覚。


 まったく違う世界、異世界。


 それが郷音には楽しくて仕方ない。


「とは言え、腹が減ってはどうにもおちつかん」


 郷音はいいながら、燃え尽きたゴブリンの死体のあった場所を見る。


 と、そこには赤い宝石のようなものが落ちていた。


「おおこれは、小鬼めらの胸に埋まっておったものであるな」 


 斬り合う最中に見ていた、ゴブリンの胸元にむき出しになっていた赤い石。いかにも怪しげで、あきらかにそこいらの石ころとは違う異様な気を発する石。


 そもそも石、食べ物ではない。


 しかも、そこから感じる石でなくとも食べたくない雰囲気。


 それを、郷音は。


 躊躇なく、パクリと口に入れた。


「うむ、石だ」


 そして、ガリガリと噛む。


「うむ、削れる……が、うまくはない」


 さらに、削れた欠片を少し飲み込んでじっと待つ。


「むー、すぐに死に至るような毒もなし、か」


 しまいには、まるごとゴクリと飲み込んだ。


「かはっ、胃の腑は通るがその下で詰まりそうだわい」


 そして、ゲロリと吐き出して、一言。


「これは食わぬほうが良いものである」


 と、食う前からわかりそうな結論にたどり着いた。の、だが。


「まあでも、口さみしい故、口に含んでゆくか」


 そう言うと郷音は、その決して口に入れたくはない雰囲気をまとう赤い宝石のようなものを再び口に放り込んだ。そして、飴玉のようにコロコロと転がしながら、残り2つの宝石を拾うと何気なく袂にしまった。


 その時だ。


 目の前に突然文字が浮かぶ。


「おお、なんであるか」


 見れば、馴染み深い文字。つまり日本語で何やら書いてある。ちなみに郷音は、古流の秘伝書などを読むためだけに、読み書きは習得済みだ。


「なになに、アイテムボックス、収容物、魔石ゴブリン二個か……ふむ」


 郷音は、文字を見ながら呟く。


「ははぁ、なるほど、これが女神様の言っておられたアイテムボックスであるな」


 どうやら、女神より頂いたこの服の袂がアイテムボックスという収納庫のような物になっていて、そこにはかなりのものがしまえるということらしい。


「で、あの小鬼めらはゴブリンというのであるか、そして、この石が……魔石、と」


 それは、ある意味理解と言うより気付き。


 その機能を使って初めて分かる、ああそういうことなのか。という感覚。


「ふむ、このアイテムボックスというやつは便利であるな」


 そして、郷音は一つ思い出す。


「そういえば鑑定がどうとか……」


 呟いた途端、見えている風景に文字が浮かんだ。


【道端草 毒にも薬にもならない雑草】


「ほっほぉ、焦点のあったものがなにかわかるという仕組みであるか、これはいいな」


 郷音は、鑑定という物の道理もまた自然と体得し、さっそくそのあたりの植物を徹底的に鑑定していった。


 理由は、なんてことはない。


「いやぁ、これは食えるぞ!」


 腹が減っているからである。


「ふはっ、これで当面は問題なさそうであるな」


 嬉しそうに、郷音は、森の草をくわえながら森の中を鑑定して回る。


 そして、その結果、郷音はかなり大量の木の実や果実を手に入れることができた。


 ちなみに、瘴気の濃い、いわゆる魔力が十分に満たされたこの森には回復薬となる貴重な薬草も多いのだが、女神の恩恵で回復に心配のない郷音には必要がない。


 それこそ、採集して売ればひと財産にもなるのだが、郷音が知るわけもない。


 が、とりわけ貧乏性な郷音は、そういった薬草もどんどんと乱獲し袂のアイテムボックスへと放り込んでいった。


「いやはや、楽しい世界であるなぁ」


 もはや散策気分の郷音。


 しかし、そんな傍若無人な散策をこの森の魔物たちが許すはずはなかった。


 というのも、ここはベリアルの森。


 神が人違いで送り込んだ異世界ダックエールにある禁足地の中でも一、二を争う、まさに人外魔境ともいうべき禁忌の魔の森なのだ。


 理由は、とある凶悪モンスターが治める森であるということ。


 そしてそれは。


 郷音に、敗北を教えるものでもあるのだ。

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