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命を繋ぐ恋

 一年で一番力強い真白い巨大な雲が空の青さをより強調している。

雲の向こうには、果てしなく続く青空。

美しく輝いている。


二〇二二年七月。私はホスピスに入居している。

両親はすでに亡くひとりっ子の私は頼れる親戚もいない。

ガンを抱えているので、近々自分の身の回りのことが出来なくなるだろうと思い、ここに入ったのだ。

二十四時間ケアつきのこの場所で、多くの人々に支えられ

快適に暮らしている。

 そして、何より私は恋をしている。

恋なんてどんな字を書くのかと思うくらい長い長い間、縁がなかったし、もう出来るとも全く想像だにしていなかったのに。

 彼は超イケメン、細身の長身でとても格好良い二十四才の青年だ。

長年夢にまで見た私の理想の人。

勿論、外見だけではなく内面もしっかり自分の目標を持って、それを叶えるためにがんばっている。

地に足の着いた所もすてきだと思うし、とにかく優しい人なのだ。

 親子程の年齢差があるが、それはそれとして恋する人の居ること、時々でも彼の顔が見られるならもう幸せ。

生きていて良かったと心から思っている。


『青空の続く三キロ先に居る君に会いたい 会えない君に』


 彼との出会いは二ヶ月前。

私が救急車で運ばれた病院。

自宅で介護していた最愛の母を亡くし、独身の私は生きる目標も力もなく母のあとを追って死ぬことばかり考えていた。

体調はすこぶる悪い。

でも、これで死ねたら本望と思っていたのだ。

 どころが その日、言いようのない息苦しさ、しんどさにおそわれ、我慢しきれず救急車を呼んだ。

受け入れ先がなかなか見つからず一時間後やっとある病院に搬送され、そこで救命士をしている星斗くんと出会う。

入院一日目、二日目と輸血や薬の点滴で少しずつ身体の辛さはとれてゆく。

しかし、生きる気力は戻らない。

先の不安もあるし、生きたいとは思わない。

そんな時、星斗くんから思いがけないことを言われる。


「元気になって下さい。今度、救急車にのって来たら僕が追い返しますから」


私は耳を疑う。

「お世話しますから」と言うのかと思ったら「追い返しますから」と言う。

でも、これが彼流の励ましなのだと気付く。

元気になってほしいと思っている人は、この世にはもう居ないと思っていたのに、職業柄とはいえ少なくても彼だけは、それを望んでいてくれると思うと嬉しかった。

 その言葉が印象に残り、いろいろ話しをするようになってゆく。

死ぬことばかり考えていたのに、彼に出会い、生きることを考え始めたのだ。


『明日また生きてあなたと話したい命を繋ぐ春の病室』


『薬でも戻らぬ気力よみがえる君の居ること恋をすること』


とにかく、まずはあなたの容姿はとてもキレイですよ ということを伝えたいが、ダイレクトには言えない。

考えた挙句

「ジャニーズ事務所に入ったら良いと思うけど」と言ったのだ。

ところが、彼の返事は

「僕は、ああいうのに興味ありませんから」とキッパリ、ハッキリ言う。

続けて「僕は救急救命士を目指していますから」と言う。

現代的な見かけの美しさとは違って、浮いた所がなく自分の夢をしっかり持ってがんばっていると知り、強く魅かれてしまう。

「ジャニーズに入っても皆同じように見えるから、救命士の方が良い。第一 人の役に立つし」と言うと彼は嬉しそうに聞いている。

とても素直でまっすぐな人だと思う。

その後も、私がどんなことを言っても、いつも優しい表情でいてくれる。

それも嬉しかった。

年の離れた私の話など、聞いていやな顔をされたら、もう話せなくなるから。

私より、ずっと人間が出来ているとさえ思う。

 そして、どうやってこの想いを彼に伝えるか、その事ばかり考えるようになった。

ガンが大出血をおこしたら覚悟してほしいと言われているし、いつ命が尽きるか分からない。

とにかく私には時間がない。

かと言って、彼に面と向かって「好きです。」とはとても恥ずかしくて言えない。

どうしようと悩んでいると・・・

退院する日の朝、天の助けか運良く間接的にだが告白することが出来たのだ。

それを聞いた彼は私の世話は終わっていたし、夜勤明けにもかかわらず、帰る前にもう一回私の病室に来ると言う。

 約束の時間にやって来て優しくしてくれる。

それらが何より嬉しくて、もう会えないことが悲しくて、

つい彼の手を握って泣いてしまう。


「ありがとう、ありがとうね」と言うのも涙声。


ガンで余命いくばくもないと聞かされても、大出血のおそれを告られたときも泣かなかった私なのに…

しかも、男性の前で泣いたのも人生で初めてのことだった。


『自らにフェイスシールド外してくれわが眼に映る涼しき瞳』


『好きだから本当の気持ち言えなくて君の背丈を眼で測る朝』


 その後、私と彼はメールで短歌を詠み始める。

彼は詠んだことがないので見様見真似で詠んで送ってくる。

それが楽しみで、生きる糧となっている。

死ぬことしか考えられなかった私の運命が、大きく変わっていった。


『暗闇を駆ける救急車 我のせて異次元に着き運命変えぬ』


 私は短歌を詠むことを趣味にしている。

季節の移り変わりは勿論、自分の心の変化、悲しいこと、苦しいこと、嬉しいこと、楽しいこと、何でも小さな発見を詠めるのが短歌の魅力だと思う。

背伸びしたり、良い格好をすることもなく、等身大のあるがままの自分を表現出来るのだ。

二十年近く経っても飽きることはなく、まだまだ納得のいく短歌は年に一、二首出来れば良い方で、全く満足していない。

それでも、全国紙の短歌投稿で、その年の最優秀作品を選者が決める賞を頂いたこともあり、今まで新聞誌上、短歌雑誌に活字になった入選作は二百五十首程で、結構名前は知られていると思う。

 しかも、私が彼に恋したことで、それまで一首も読めなかった恋のうたが、急に詠めるようになった。

というより、あふれる彼への想いを短歌に詠まざるを得なくなっている。


 そんな九月の月曜日の朝。

いつものように新聞の短歌投稿欄を見ていた私の眼が、ある名前に釘付けになる。

「木暮文也」 住所は金沢市とある。

 それは、私が若い頃、片思いをしていた人と同じ名前、住んでいた所も同じだ。

同じ人なのか、同姓同名の別人か私には分からない。

それに、私の知っている人ならその後、交通事故死したと噂で聞いたことがある。

一体どういうことだろう……

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