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聖女の庭   作者: 遠田
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忌児

「では聖女、おまえが本物かどうか確かめよう。お国を守られよ。たった今、この瞬間から」


 フィーニスの言葉にオルサは目を伏せた。

 ウルティカは彼女の意のままである。

 この皇国、この地の奥にあるオルサの血の流れた聖なる場所と、フィーニスが守っている場所を汚そうとするものをすべて排除することは彼女の当然の権利であって、汚れた血を持ち込もうとする原因の根本から潰すのは当たり前の事柄だった。


「なにをおっしゃっているのか」


 嘲りはフィーニスの笑い声に飲み込まれた。

 なんだわからんのか。


「皇国レグヌムまでの連絡はどれほどかかるのだろうな。そしておまえの祈りが届くのはさらにどれだけの時間を要する? この皇国を侵しに来たのだろうが、……それは許されぬことだ」


 衛兵が皇帝を呼んだのか祭壇室が騒然となる。

 皇帝は揃っている面面を確認すると自身と皇妃、皇帝付きの衛兵と皇妃の侍女長、宰相、司教以外を退室させた。

 皇太子は皇帝に一礼をしたのちに、姫巫女との婚姻は破棄いたします、と堂堂たる態度で告げた。


「同盟国コテリオの聖女と縁を結ぶことが我が国のためになると」


「我が国のためになると思ったのならば、皇帝であるわたしに話を通すべきではないか。愚かな。貴様のしでかしたことはこの国を破滅させる初手でしかない」


 言葉を遮られた皇太子がそのままくちを閉ざしたが、皇妃が歩んでくると憎しみを込めた声音で、たかだか姫巫女になにができる、と唸った。


「祈るばかりでなにができるというのですか! その皇妃も忌児を産むような下女ではないですか」


「下女」


 そう呼ばれた皇妃、前姫巫女よりも皇帝がその言葉の悪しさに吐き捨てるように繰り返す。

 その怒りを掬うようにフィーニスが嘲笑った。


「皇帝がどれほど偉いものなのだか。たかだか逃げ延びた王国の負け犬の、その薄れた血しか持たぬ分際で」


「なんだと」


「……二千年を超えたのなら持ち堪えたほうなのかな。オルサさま、この国はもう終いにしましょうか。あのような皇太子は禍いしかもたらさない」


「フィーニス、待って」


「お優しいオルサさま。でもいけません。男の約束はたった今破棄されたのです。皇妃、ご苦労でした。おまえももうよろしい」


 フィーニスの声に皇妃が頭を垂れると、ざわりとスカートの裾が轟いた。その動きに誰もが目を瞠った。ひとならざるものの動きだと僅かな動きだけで悟るには容易かった。


「お願い待って、皇帝は悪い方ではないわ。皇太子を叱ったではないの。それに、忌児というのは…なに、わたしは知らないわ」


 オルサの言葉にフィーニスも首を傾いだ。確かに、忌児とは誰のことだ。ふたりはこの国のすべてではあったが、そのすべての事柄を知っているわけではない。ふたりの作る人形も出来の良し悪しがあり、皇妃はどちらかというとフィーニスの割合が強い。今の姫巫女はややオルサの割合が強く、そこをフィーニスは気に入っていたが、オルサのように好意的にひとを見るきらいがある。そして皇妃は小賢しく、……フィーニスに隠しごとをしたのだろう。

 この皇妃と皇帝、そして皇太子はなにかを隠したのだ。忌児、ということは最も重要なこの国を左右するなにか。


「隠しごととはひどいな。重要な事柄はレギリオへの報告が義務付けられているが皇妃、おまえがそれを忘れるはずがないだろう」


 フィーニスの声に皇妃がうなだれる。おおよその見当はついたが、それがどのようなものかの確認をしなければならない。

 くちを割らない皇妃がとうとう負けたとき、それを告げたのは皇太子フィリウスだった。


「その皇妃が忌児を産んだのだ」


「おまえの他に? 皇妃の出産は記録されるはずだが……ああ忌児、忌児か。当時の医師は存命か」


「いいえ、フィーニスさま、医療技術のさらなる向上のために招かれた他国の方でしたが、すでに亡くなられております」


「だからくだらぬ考えを持っていたのか。それで忌児は生きていような 理由なき殺人をこちらの許可なく行うことは許していないはずだ」


「産まれてすぐに屠られたに…」


 フィリウスの言葉を手で制して、皇妃が侍女長になにをかを告げる。オルサが無駄な殺戮を望まないことをフィーニスは充分にわかっていた。皇妃がふたりの作った人形といえども、それを違えることはしないはずだ。重苦しい空気の中、くちを開いたのは宰相だった。


「高貴なる血を屠ろうなどとしたので、医師にはそれ以上関わらせませんでした。死産とだけ書類を作成し、皇帝にはその捏造書類を提出した次第です。わたくしの責でございます。どのような処分もお受けいたします」


「捏造……」


「罪なき命を捨てることをこの皇国レグヌムは許しておられないはず。しかし医師が忌児と言ってしまった御子をそのままにしておけば、禍いがあったときの原因とさせられる可能性がありましたので、長子フィリウスさまをそのままに、第二皇太子を死産と偽ったのです」

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