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聖女の庭   作者: 遠田
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契約破棄

「なにが定めだ。なにが国のためだ。平民のように名しか持たぬ下女と誰が婚姻を結ぶものか」

 

 市井で流行りの物語のごとく、声高に婚約破棄を告げたのは、広大な地を治める皇国レグヌムの皇太子フィリウスだった。

 それを真正面から聞いたのは、婚約破棄を突きつけられた当事者である皇国に隣する宗教国家の姫巫女シビラである。シビラの背後に控える侍女のオルサ、同じく侍女のフィーニスが揃って婚約破棄を告げた皇太子に目を向けた。シビラは宗教国家に属するものの証である灰色の目隠しのせいで、顔を上げたことがわかった程度であるが、同じく目を向けているのだろうことがわかる。

 その目線の先、皇太子の隣には、婚約者であるシビラではなく、同盟国からの来賓である侯爵令嬢が立っていた。

 城内の祭壇室に呼び出され、五人が揃ったところで扉を閉められたと思いきや、この三文芝居が突如として始まったのだ。

 フィーニスは漆黒の瞳を瞬かせて、皇太子の横に立つ同盟国からの来賓である侯爵家の令嬢に目を向けた。

 遠い同盟国コテリオから訪れた令嬢は、確かシビラと同じ聖女として交流をはかりたいと紹介されたはずだ。しかし令嬢はこの茶番劇に少しも驚いてはいない。貴族の娘とあって感情を表情に乗せることはしないとはいえ、同盟国での婚約破棄騒動になにも思うところはないのだろうかと訝しむが、よくよく見てみれば、僅かながらの嘲りが目に浮かんでいる。気づいてしまえばあからさまに蔑んでいた。


「なるほど? 他国の侯爵令嬢を娶りたいがために、このような茶番劇をはじめられたのですか」


 あからさまな嘲りを雑ぜた笑いを含めてシビラを下げて、フィーニスが前に出る。

 漆黒のフィーニスとも呼ばれる侍女は、その呼び名の通り髪と瞳が真黒である。肌は白く、服はフィーニスだけではなく、さんにんとも宗教国家の衣装であるデービスグレイの修道着を着ているので、フィリウスはいつも色彩の抜け落ちた宗教国家レギリオの人間を視界に入れることを嫌っていた。

 婚約者であり、宗教国家レギリオの聖女シビラは肌以外、髪色すらグレイである。もうひとりの侍女オルサは肌も髪も瞳も真白である。純白のオルサと呼ばれてはいるが、ただの色のない薄気味悪い女だとフィリウスはこれも嫌っていた。


「愚かな。これは未来永劫違うことの許されない定め、建国よりの約束なのですよ」


 くつくつと、笑むにあわせて闇のような色の髪が揺れている。純白のオルサが、フィーニスの言葉に同意を示して目を伏せた。そのふたりに、フィリウスは薄気味の悪い女どもめと吐き捨てる。

 フィリウスとて、皇太子として生きてきているのだから、定めが生まれ落ちたときより己に課せられたものだということはわかっている。

 定め。

 皇国レグヌムを継ぐ者は、宗教国家レギリオから巫女を皇妃として迎えなければならない、という決まりのことだ。

 次期皇帝となるフィリウスは、宗教国家レギリオの巫女であるシビラを娶らなければならない。

 現皇帝の皇妃も、宗教国家の巫女であった。

 前皇帝も、それ以前の皇帝も、何代にもわたり皇国レグヌムが建国されたときより制定された、なによりも古い定めごとであった。


「姫巫女を娶らなわばこの国は終いだが、それは承知のことかな。レギリオは姫巫女のおらぬ国など加護はせん」


 その定めのために姫巫女シビラは漆黒のフィーニス、純白のオルサを伴い皇国レグヌムに幼い時分から入国し、皇妃となるための教育も受けていた。

 時期皇妃としての資質は申し分ない。

 しかし、フィリウスはその定めが疎ましくて仕方がなかった。修道女と同じ服装を纏う姫巫女シビラも、それに伴うふたりも、心底忌ま忌ましくて仕方がない。すでに存在に怒りしか持てないのだ。


「構うものか。そのような下女に頼らずとも、王国コテリオのアゼーナ・ブルテーツォ侯爵令嬢が、我が国の新たな聖女となるのだからな」


「聖女」


 片眉をあげたフィーニスの声音は未だ嘲りを含んでいる。


「コテリオと言えば、脅威から最も遠い彼の地だろう。そのような地の聖女が、われらの愛する姫巫女よりも上等だと言うのかな。まさかそれがこの皇国を守護するだけの器と思っているのか皇太子よ」


「ブルテーツォ侯爵令嬢……いや聖女アゼーナは、王国コテリオの国王を救った希代の聖女。ありがたくも我が皇国の姫巫女との交流を希望されていたが、会ってひと目でその姫巫女シビラはただの飾りものであると告げられた。たしかに宗教国家レギリオ随一の姫巫女ではあるのだろうが、その能力は未だ発揮されてはいない。母……皇妃も毎日祈りを捧げているようだが、一体なにを祈るのか。そもそも、皇妃は巫女の器だったのかすら疑わしい点がある。あのような祈りなどなくとも、皇国に脅威は元よりいかなる不安もないと言うのに」


 皇太子の言葉の端端に侯爵令嬢を優遇する感情が乗せられている。シビラは視線を地に落とし、言葉を失くしている。その様子に、オルサがそっと背に手を添えた。

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